暴かないでよ、バカ


アイドリッシュセブンの人気は上々で、それに比例するように仕事の量も増えてきた。もちろん嬉しい悲鳴なのだけれど、…如何せん、小鳥遊事務所は圧倒的に事務員が少ない。募集はもちろんかけているのだけれど、そう簡単に優秀な人材が捕まるわけでもなく、いまだに広報+事務仕事担当の万理さん・マネージャーの紡くん・事務員兼マネージャー補佐の私の3人で全ての仕事を請け負っています。社長も営業などで外へ行くことが多いしね。
つまり、3人共パソコン作業などの疲れから慢性の肩こりや腰痛に悩まされていたりする。まとまった休みが取れたら、温泉でも行きたいね〜と話をしていたのも、記憶に新しい。でもきっと、そんなのは夢のまた夢。忙しいのはいいことなのだから、喜んで駆けずり回らないと!と…今思えば、ものすごくズレたことを3人して考えていたなぁと思うけど。
そんな時、社長直々にアイドリッシュセブンのメンバー全員のスケジュールを調整してほしい、と言われた。特に問題があったわけではないらしい、なら何故そんなことを?と思っていると、あの人はとんでもない爆弾を落としたのです。


「慰安旅行に行こう」


…だそうです。聞いた時は、何言ってんだこの人。と私達3人の心は1つになったことでしょう。でも社長がただの気まぐれでそんなことを言っているわけではない、というのは読み取れたので、何とかなるだろうか…と紡くんと2人で頭を悩ませることとなったんだけどね。さて、前置きはここまでにして…結論からお話しましょうか。


「うっわー!すごい!マネージャー、縁さん!本当に此処に泊まるの?!」
「そうですよ、陸さん。今、チェックインしてきますから、ここで待っていてくださいね」
「七瀬さん、あまり興奮するとまた発作が起きますよ。落ち着いてください」
「わかってるけど、こんなとこ来たことないし…!」


はい。お聞きの通り、何とかメンバー全員揃って3日ほどのオフをもぎ取りまして、事務所総出となる慰安旅行に来ることができました。
…まぁ、仕事が詰まり過ぎてて決行するまでに半年近く、時間がかかったんだけどね。急に言われてもオフなんて作れるわけがないっつの。事務所を無人にするのはとてもとても気が引けたんだけど、今回ばかりは社長が事務員も全員行くんだからね、と社長に念押しされちゃったし。なので、社長と万理さんと紡くんと私も同行していたりする。


「なー、これドッキリとかじゃないよね?」
「事務所総出でドッキリなんてあるわけないですよ。疑うのもいい加減にしましょうね、二階堂さん」
「いやー、そうなんだけど…」
「大和さん、全員一緒の旅行なんてそうそうできるわけじゃないんだし、楽しもうぜ!完全プライベートだぞ?」
「そうですよ、ヤマト!素晴らしいこの旅館で、羽を伸ばしましょう!しかもマネージャーとユカリも一緒だなんて、夢のようですよ!!」


私達が選んだのはこじんまりとした旅館。ここは部屋がそれぞれ孤立、というか、全てが離れになっていて、部屋同士がくっついていない所なんです。今となってはトップアイドルの階段を駆け上がっている方達ですから、一般の方やファンの方に見つかってしまっては大問題の大騒ぎに発展する。だから、完全個室となっているこの旅館をチョイスしたというわけなのです。
せっかくの旅行なんだもの、六弥さんの言う通り、皆さんにはゆっくりとしてもらいたいから。…最後の一言に、社長が反応していたことには気づかぬフリをしよう。面倒なことになるから。


「皆さん、チェックインが済みましたのでお部屋に向かいましょう」
「マネージャー、部屋割りはどうするんです?」
「3部屋ある離れなので、メンバーの皆さんで一部屋、社長と万理さんで一部屋、私と縁ちゃんで一部屋になります」
「え、そんなに広いの?!」
「はい。小さいですがキッチンもあるそうなので、皆さんの寮のような感じですね」


1階に共有スペースとキッチンと大部屋が1部屋があって、そして2階に2部屋という形なんですって。面白いですよね?1階のキッチンで料理をしてもいいし、旅館に頼んで食事を運んでもらうこともできるそう。
今回はちゃんと旅館に食事を頼んであるのだ。皆さんで料理、というのもなかなか楽しいと思うんだけど、それじゃあ旅行の意味がなくなってしまうから。


「すげー!じゃあ皆で雑魚寝?!」
「ふふ、そうなるね。何だか修学旅行みたいだ」
「この前のお泊り会みたいだね!」
「ほら、ここで騒いでいたらご迷惑になるからね。移動しようか」


社長の一言で私達はロビーから移動して、一度外へ。ここはロビーやお風呂がある本館も泊まる部屋からは、完全に離して建てられているらしくて部屋へ行くには中庭を通らなければならないそうです。
とはいえ、部屋にも小さな露天風呂がついているらしいんだけど。皆さんでわいわい入るなら、本館のお風呂がオススメかなぁ。かなり広いそうだから。楽しそうにしながら離れに向かう皆さんを見ながら、スケジュール調整を頑張ってみて良かったなと心から思います。

部屋に荷物を置いた後は、とりあえず自由に散策していいことになりました。ただし、絶対に1人にはならないこと!と社長から注意はされましたけどね。そんな社長は部屋でのんびりしているそうです。まぁでも、部屋から見る景色も綺麗だし…それに今の時間だったら、本館のお風呂もそう混んではいないだろう。もしかしたら今のうちに堪能するつもりなのかもしれないな。移動時間も割と長かったし。
父である前に上司であり、雇い主なのであまり強くは言えないのです。表向きは。これがただの家族旅行だったら、せっかく来たんだから!と紡くんと共謀して連れ回してるよ。あんまり記憶にないんだもん、家族で旅行って。私が覚えていないだけの可能性も、もちろんあるけど。


「では皆さん、あまり遠くにはいかないでくださいね!あと変装も忘れないでください」


まるで先生のような紡くんの言葉に、7人は声を揃ってはーい、と返事をした。幼稚園や小学校ですか、此処は。てか、宿に留まる社長まで何で一緒になって返事をしているんだろう。
では一旦解散です、の言葉を合図に、まず四葉くんと七瀬くんと六弥さんが我先に!という勢いで飛び出してゆかれました。それを慌てた様子で追いかける逢坂さんと和泉兄弟。…あれ、何だかよく見る光景だなぁ。大丈夫かな、騒ぎにならないといいんだけど。


「…二階堂さんは行かれないんですか?観光」
「ん?んー…」


6人がバタバタと部屋を出て行った後、紡くんと万理さんも心配だからと言って彼らの後を追いかけていった。社長はもう2階へ行ってしまっていて、1階のリビングに残ったのは二階堂さんと私だけ。さっき皆さんと一緒に返事をしていたから、ゆっくりとでも彼らの後を追うものだと思っていたのに…何故か二階堂さんは突っ立ったまま、動く様子を見せない。
あれかな?疲れたか、気が変わって残ることにしたのかな?それならそれで全然構わないのだけれど。三月さんに「あのオッサン、オフの日はぐうたらなんだ」と聞いたことがあるし、もしかしたら出かけるのがあまり好きではないのかも。とはいえ、沈黙はちょっと辛かったのでとりあえず行かないのか、と聞いてみたものの、帰ってきたのは生返事。聞いてはいると思うんだけど、何か考えている最中なのだろうか?


「姐さんは?残るの?」


静かな室内に響いた二階堂さんの言葉。意味がわからないわけではないけど、何故そんなことを聞くのだろう?という疑問はあるので、彼を見上げたまま首を傾げた。すると、二階堂さんは首の後ろをがしがしと掻きながら、あーとかうーとか、言葉にならない声を上げています。え、なに?


「二階堂さん?」
「…お前さんの予定、聞いてもいいか?」
「私ですか?特に何も、…というか、取り残された感半端ないです」
「それな」


ぽっかーんとしている間に皆さん、出て行かれちゃいましたからねぇ。
多分、紡くんと万理さんと何処か行っていた可能性は高いだろうけれども。肝心の2人がいなくなってしまった今、さあどうしましょうね状態なんです。実は。…あ、もしかしなくても二階堂さんも同じ状態だったのかな?だったら、動く気配がなかったのも頷けるかも。


「あー…とさ、俺と一緒にどっか行く?」
「へぁ?」
「うわ、マヌケな顔」
「失礼ですね貴方!!」
「だ、だってなんだよ、あの気ィ抜けた顔、…はははっ!」


この人、笑いのツボ浅いのかなぁ…それとも、私ってそんなにいつも笑わせるような顔しているのだろうか。楽しそうに笑っている、というのは、何というか胸の奥がぽかぽかしてくるけど、その笑っている要因が自分だというのはちょっとだけ嫌だ。てか、ものすごく嫌だ。
む、と眉間にシワを寄せそうになり、慌てて何でもないような顔を作り上げる。いまだ笑ってる二階堂さんはきっと、そんな私に気がついていないはずだ。


「笑い過ぎです」
「ははっ悪い、悪い。…でもさ、そうやって色んな表情出してる方がいいよ。お前さん」
「え、」
「その方がずっと、可愛いって話」


…ダメだ。二階堂さんと一緒にいると、隣にいると、『私』がどんどん崩れていく。崩したくないのに、いつだって冷静でいたいのに、それをこの人は容易く引き剥がしていってしまう。
それがどんなに怖いことか、貴方が一番知っているはずなのに―――。
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