君には、君にだけは
―――久遠…?!
八乙女がかつての人気アイドルを捜しているのは、少し前に飲み屋で聞いていた。でも見つかりっこないと心の中では思ってたんだよな。休止を決めたアイドルが、そう簡単に表舞台に顔を出すとも思えないし。
でもそんな八乙女が『久遠』と呼んだのが、ウチの事務員の姐さん―――小鳥遊縁だった。
side:大和
仕事を終えて寮に帰宅。7人揃ってメシを食って、風呂にも入って、今は成人組+ナギで晩酌中。ナギはまだ日本じゃ酒を飲める歳じゃねぇから、紅茶だけど。
別にさ、飲もうぜ!って話になったわけじゃねぇんだ。未成年組が早々に部屋に戻って、何となくそんな感じになって…気がつけば、ミツとソウが晩酌の準備を始めたってわけ。何でそこにナギが入ってきたのかは最初は疑問だったけど、数日前の八乙女の行動やらが気になって仕方ねぇんだろうな。あのイチだって言葉にはしねぇけど、姐さんを見る度に何か聞きたそうにしてるし。
それでも誰も聞こうとしないのは、珍しく彼女が近づくなオーラを前面に出してるからだろう。あの子は滅多に感情を表に出さないし、不機嫌なオーラを纏うことだってない。いつだって冷静で、涼しい顔をしてる。もちろん、仕事についてきてくれてる時はそれを微塵も感じさせないんだけど、移動中とか、事務所では「触れてくれるなよ」って暗に言われてる感じなんだよな。
「…八乙女さんの言葉、本当なのかな」
「ユカリのことを『クオン』と呼ばれていましたね。今でも人気のあるアイドルの名前でした」
「え?ナギも知ってんの?」
「オフコース!クオン、素晴らしい曲をたくさん出しています!」
ああ…そういや、『久遠』ってデビュー当時は深夜アニメの主題歌とか挿入歌とか、よく歌ってたっけ。アニメ好きのナギなら知っててもおかしくはないな。
「でもさ、あの時の姐さんハッキリ違うって口にしてたじゃん?」
「即座に否定してたな」
「何て言うか…ちょっと怖かったんだ」
「僕も少しそう感じてしまったんです。…あんな冷たい目をした縁さん、初めて見ました」
ソウの言っていることは決して大げさでも何でもないし、あの時は姐さん大好きなマネージャーですら彼女の表情を見て固まっているようにも思えた。簡単に言えば場が凍ったんだ、あの一瞬だけ。
TRIGGERと別れた後から姐さんは、冷たい雰囲気を纏っていることが増えた。
「あの子が違うって言うならそれでいいけど、あの態度じゃまあ肯定してんのと一緒だよな」
「Oh…ヤマト、ユカリの気持ちがわかるのです?」
ほんっとナギはこういう時、容赦なく突っ込んでくるよな?それには返事をせず、残りのビールを飲み干した。
「『久遠』が姐さんだと仮定してさ…何であんな顔すんだろ?」
「三月さん?」
「八乙女があんな顔してたってことは、本当に誰も休止した理由を知らないってことじゃん」
「ニュースでもそう言ってましたね」
「言いたくない理由が、あるってことなんだよな…多分」
言いたくないこと。触れられたくないこと。死ぬまで隠しておきたいこと。人には何かしら、そんな秘密めいたものがあると俺は思ってる。俺自身そうだから、姐さんが隠したいって思ってんならそれでいいし暴くつもりだってねぇけど…けど、気にならないってわけじゃない。気になるもんは気になる、俺だって人間だからねー。
俺の性格上、誰か1人に熱を上げるとか、入れ込むとか、そんなこと死んでもないだろうと思ってたんだけど…どうにも恋ってやつは、それすらも超越してくれるらしい。全く、自分のこととはいえ面白いったらありゃしねぇ。
(…ま、それ以上にあの子のことは放っておけないし、好きなんだけどさ)
それにしても八乙女の奴、あの様子だと諦めちゃいないだろうな。姿を消した後、ずっと捜してるとか言ってたし、半ば執着しているようにも見える。
あの男、見た目に反して熱血だし真っ直ぐすぎる節があっからなー。あんまりにも突っ込んだことして、姐さんの逆鱗に触れなきゃいいけど。けど、その前に九条と十さんが止めてくれっかなー…さすがに仲間が暴走してるのを黙って見ているような輩じゃねぇだろうし。
「女性の秘密は美しさをより引き立てます。けれど、ユカリの秘密は…彼女の心を蝕んでいるように思えるのです」
「黙っているのが苦しい、ってことか?」
「Hmm…それもあるかもしれません。でもワタシが言いたいのは『過去』の出来事が、彼女の全てを縛っているような…」
俺達は誰も姐さんの過去を知らない。どんな子だったのか、どんな学校生活を送っていたのか、ちゃんと青春してたのか…とか、その他諸々。知っているのは小鳥遊事務所で事務員とMEZZO”のマネージャーとして働いている、その姿だけ。
それさえ知っていれば十分なんだろうけど、少しでもその欠片が見え隠れすると―――人間っつーのは、触れたくなるんだ。
「…二階堂さん?」
「まだいたんだ。お疲れ」
「お疲れ様です。どうしたんです?」
会話の内容のせいか、そこそこ飲んでたミツもソウもほとんど酔わないまま解散。それぞれが部屋に戻っていくのを見届けて、俺はそっと寮を出た。もう日付が変わる寸前だったけど、何となく姐さんがまだ事務所にいるような気がして。
口ではまだいたんだ、とか言ったけど、本心はやっぱりいた、だな。ここ最近の彼女は何かにとり憑かれたように仕事に打ち込んでいるように見えたから。だからきっと、こんな時間でもいるだろうと踏んだわけだ。
…別に八乙女の言っていたことが本当かどうか確かめようとか、そんなことを思って来たわけじゃない。気にはなるし、聞けるもんなら聞いてみたいっつーのが本音だけど、触れられたくないことに突っ込まれるのってものすげー嫌な気分になるからね。さすがにしませんよ。…俺だってされたくねーし。
「まだ帰んないの?姐さん」
「もう少しできりが良くなるので、そしたら帰ります。二階堂さんこそお休みにならなくていいんですか?」
「んー?明日はオフだし、まだ宵の口でしょ。問題ないって」
「そうですか」
「何なら、家まで送ってこっか?」
ソファに座りながら何気なく発した軽口。僅かながら含んだ下心は、きっと姐さんには気づかれていない。―――けれど、返ってきたのは驚く程に冷たい拒否の言葉。思わず、息を飲んだ。
「…気が変わりました、帰ります。私は戸締りの確認をしてきますので、二階堂さんはその間に帰ってくださいね」
「ッ、…おう」
待っているなど言語道断、とそう言われている気分。怒っている、とは言い難いけれど、でもハッキリと拒絶されたのは確かで。
…ああ、これはマズったなーと項垂れる始末。踏み込みすぎないように気をつけてたはずなのに、どうやら気がつかないうちに片足を突っ込んでいたらしい。
「あー…意外だ。拒絶されんのなんて、どうってことないと思ってたのに」