きもち、裏腹
MEZZO”のマネージャーの話を社長にされた時、引き受けた時、いずれこうなることはわかっていた。わかっていたけれど、それでもその通りになることが嫌で社会人としてはあるまじき行為をしていたことは…自分でも理解している。
社長も、万理さんも、紡くんも大丈夫だからって笑ってくれていたけれど、普通に考えたらこんなわがままな社員はすぐにクビにされると思う。それだけのことをしているのだ、ということは、とっくの昔に自覚していたから。わかっていながら避けて、避けて、避けて―――それを繰り返してきたんだ。…いつか暴かれてしまう、この日まで。
「はぁ…」
仕事中だというのに溜息をついてしまって、慌てて口を覆う。そんなことしたってもう零れ落ちてしまっているのだから、なかったことになどできないんだけど。けれど、幸い…と言っていいのか、スタッフさん達の耳には届いていなかったらしくホッとする。
ダメだ、しっかり集中しないと。こんなんじゃ何か失敗をしてしまってもおかしくはない。それだけは避けないと、せっかく軌道にのってきたアイドリッシュセブンに傷をつけてしまう。あんなに頑張っている姿を近くで見ているんだもの、それを無駄になんてしたくない。
(あの日のことはもう忘れよう。いつまでも気にしているなんて、らしくない)
ふるり、と頭を振って、雑誌の撮影中であるMEZZO”のお2人へ視線を移すと、どうやらタイミング良く撮影が終わったらしくお2人はスタッフさんに頭を下げている真っ最中だった。結局、最後の最後までボーッとしっぱなしだった…何をしているんだろう、私。
もう一度溜息をつきたくなったけれど、こんな情けない顔を四葉くんと逢坂さんに見せるわけにもいかない。ただでさえ、あの日から感情のコントロールが上手くいかなくて皆さんにご迷惑をおかけしっぱなしなんだから。
「姐さんっ!」
「環くん、現場ではちゃんと呼び方を変えるように言っただろう?」
「あ、えっと……縁、さん」
「うん、よくできました」
スタッフさん達に挨拶し終わったのか、パッと顔を輝かせてこちらへ走ってくる四葉くんはまるで大型犬のようだ。実際にはないけど、犬の耳と尻尾が生えているように見えちゃいます。
「お疲れ様です、四葉くん、逢坂さん」
「ありがとう。次はインタビューだったよね?」
「はい。その前に休憩を1時間挟みますので、その間にお昼を食べてしまってください」
お2人の今日の仕事はインタビューで最後。寮に送り届けた後は、ドラマの撮影に行っている二階堂さんのお迎えだったな…撮影は押していないし、インタビューも問題なく終われば彼の撮影終了予定までには余裕でスタジオに着くことができそうだ。さすがにお待たせしてしまうのは気が引けてしまうし。
楽しそうに今日のお弁当は何だろう、とか、さっきの撮影での表情が、とか話をしている四葉くん達の背中を見ながら、これからのスケジュールを思い返していた。
「…よう」
「あ、…お疲れ様です、八乙女さん」
コーヒーでも飲もう、と買いに来たら、まさかのTRIGGERの八乙女さんとバッタリ遭遇。ここはスタジオなんだから遭遇することなんてしょっちゅうだけど、今まではなかったから半ば安心していた。まぁ、この間もバッタリ会っちゃってるんだけど。
とはいえ、こっちの一方的な感情だけで挨拶をしないとか、そんな失礼な態度はとれない。去年のブラホワ以来、アイドリッシュセブンとTRIGGERはいいライバル関係を築いている。そうでなくともTRIGGERは彼らの先輩になるのだから、余計に気をつけなくちゃいけないのだ。
個人的にはものすっごい逃げたい。今すぐこの場から逃げ出してしまいたいです。脱兎の如く。とりあえず、さっさとコーヒーを買って戻ろう。
「―――何であの時、違うなんて言ったんだ」
八乙女さんの口から零れ落ちたのは疑問ではなく、断定の言葉。それはつまり、あの時の否定の言葉は嘘だと彼は思っているということだ。
本人が違う、と断言しているのにこの人は、いまだに私が『久遠』だと思っている。そしてそれが間違っていない、と自信を持っている。射貫くような目が、真っ直ぐに私を見下ろしていた。
「『久遠』ではないので、そう言ったまでです」
買ったコーヒーを取り出し、お辞儀を1つして足早にその場を立ち去ろうとしたけれど、それは叶わなかった。だって八乙女さんがあの時と同じように、私の腕を掴んでいたから。
「違わねぇだろ。お前はっ…」
「離してください!…私は、小鳥遊縁です。それ以外の何者でもありません」
誰も通っていなくて良かった。こんな所を誰かに見られてなんかいたら、マスコミの格好の餌食だ。
八乙女さんが怯んでいる隙に腕を振り払い、駆け出す。早く、早くこの場から去らないと…!そうでなければ見抜かれてしまう、あの目に。
―――ガチャッ
「あ、おかえりなさい。縁さん」
「おけーり。……どしたの?」
MEZZO”の楽屋に着くまでに何でもない顔を作ったつもりだったのに、お2人の顔が心配そうに歪む。どうしたの、何かあったの、と心配してくれているのに…どうしてだろう。今はそれが鬱陶しくて仕方がない。衝動的に叫びたくなる、触れないで・近づかないでって。もう放っておいて、って泣き叫びたくなってしまう。
「…何でも、ありません」
衝動を必死に抑え込んで、大丈夫ですよと笑みを浮かべる。きっと、きちんと笑えていないのだろう。四葉くんも逢坂さんも、余計に顔を歪めて何か言いたげだ。でもグッと唇を噛むようにして口を閉じ、ただ「…そう」と笑う。
ああ、本当にダメだな…アイドルにこんな顔をさせて、こんな思いをさせて、迷惑をかけて―――それなのに改めることができない。打ち明ける勇気もない。…ひたすらに、飲み込んで、隠していくだけ。
この愚かな行為を認めてほしいなんて贅沢なことは言わない。言わないけどただ1つだけ願うなら、そんな私を捨て置いてください。