光を見失ったその瞳


触れないで、と態度に出し続けてどれだけの日々が過ぎただろう。紡くんにも、万理さんにも、更には社長にまでいい加減、アイドリッシュセブンのメンバーにだけはきちんと話をしたらどうだ、と言われてしまった。
空気を悪くしている自覚はあるし、皆さんが何か聞きたそうに視線を向けてくることにも気がついてはいる…私自身、そろそろ腹を括るべきなのかと考えてもいるけれど、そう簡単に決意できるかって言われたらできません!と胸を張れると思う。張ってどうすんだ、とセルフツッコミを入れたくなるけど。

(ただアイドルをやっていた、と言うだけでいいのだろうけど…)

果たして、それで全てが丸く収まるだろうか?そこから根掘り葉掘り聞かれるようなことがあれば、私は今度こそ皆さんを罵倒してしまいそうで…それが怖い。思い出したくないから、あの時のことは全て。できることならこのまま飲み込んで、奥深くにしまいこんで鍵を閉めてしまいと思っているくらいだもの。
きっと、当人でない人からすればそんなこと?って思うことなんだろうけれど、私はそう思うことができない。いつまでも、それこそ死ぬまでずっと忘れることなんてないし、笑い話にもできないと思うんだ。笑い話にできるんだったら、今頃、皆さんにアイドルだったことを打ち明けている。
どうしたものか、とそっと溜息をつき、それでもパソコンに向かっていると電話が鳴った。キーボードを叩いていた手を止め、受話器を取ろうとしたけれどそれよりも早く万理さんが出てしまっていました。さすが早いなぁ。


「……は?」


恐らくはアイドリッシュセブンへの出演依頼などだろう、と踏んでいたから、意識はすぐにパソコンへと向いていたのだけれど、万理さんの驚いた声音で下げていた視線を上げた。
彼がこんな声を出すなんて珍しい…何か厄介事だろうか?眉間にシワを寄せていて、これまた珍しい表情。しばらくそっと動向を伺っていると、静かに―――けれど、僅かに怒りを滲ませ「では、文書にて返答させて頂きますので」と言い、電話を切った。


「万理さん?」
「…縁さん、ちょっとそろそろ潮時かもしれない」
「え?」
「縁さんが『久遠』なのでは?と記者の間に噂が流れているみたいだ」


目を見開いた。今までその結論に辿り着いた記者なんて1人もいなかったし、噂になったこともなかったのに。一体、どうして―――と思った時、1つの可能性が思い浮かぶ。スタジオでTRIGGERに会った時、八乙女楽に思いっきり名前を呼ばれたんだ。
あの時は冷静を装うのに必死で、周りを確認している余裕なんて一切なかったから…もしかしたら偶然通りかかったスタッフがそれを聞いてしまったのかもしれない。こういう世界だ、ちょっとした噂話が記者の耳に入ったりすればすぐに記事になってしまう。まぁ、記者の琴線に触れて興味をそそるもの。そして読者側の興味を引くものであれば、という条件付きだけれど。


「今の電話も縁さんへの取材をさせてほしい、というものでね…」
「近く、記事になるということですか?」
「その可能性は高いと思うよ。まだ取材段階なのを考えると、核心には迫っていないのかもしれないけれど」


それでも、糸口を掴んでしまったのならばいつかは真相に辿り着くのだろう。必死に隠してきたことが、あっさりと暴かれてしまう瞬間を思うと…吐きそうだ。


「どうしようかなぁ…まさか、今頃になって」
「君が『久遠』だったことを明かしても、決してアイドリッシュセブンや事務所の評判が下がるわけじゃないよ?」


万理さんはそう言ってくれるし、きっと社長や紡くんも同じことを言いそうだけれど、でも100%そうだとは言い切れない。
いや、もし本当にそうだったとしても―――私が『久遠』だったことが知れ渡ることで何故活動を休止したのかとか、明かされていない理由を根掘り葉掘り聞かれるのだとしたら、確実にアイドリッシュセブンの皆さんや事務所に迷惑がかかってしまう。きっと、そっとしておいてなどくれないだろう。


「とりあえず、社長に相談してみようか。コメントも出さなくちゃいけないし」
「そう、ですね…すみません、万理さん」
「何で謝るの?縁さんは昔から1人で抱え込みすぎるんだよ、もう少し頼っていいんだから」


頭を撫でられる温かさ。言葉の優しさ。私はずっと、この人の優しさと温かさに支えられて生きてきたのだと、改めてそう思う。
肺に溜まった空気を全て吐き出すように溜息をついていると、バタバタと慌ただしい足音が聞こえてきて事務所のドアが思いっきり開いた。メンバーの誰かが帰ってきたのだろう、もう少し静かに開けましょうねと小言を言おうと視線を向ければ、そこには予想外の人物が息を切らせて立っていた。


「久遠っ」
「え?八乙女くん?それに九条くんと十くん…あ、大和くんと三月くんとナギくんも一緒なんだ」
「お疲れっす、万理さん、姐さん」
「うん、お疲れ様」


ドアを思いっきり開けたのは恐らく、先頭に立っている八乙女楽。その後ろに慌てた顔で八乙女楽の腕を掴んでいる十龍之介、彼の隣で呆れかえった顔をしている九条天。そして更にその後ろには二階堂さん、六弥さん、三月さんが苦笑を浮かべて立っていらっしゃった。
…ああ、そういえば今日はピタゴラとTRIGGERが雑誌の企画で対談するんだったっけ。でも何故、一緒に事務所まで帰ってきたんだ?全然事情が読めないまま、ただひたすらにマヌケな顔を晒し続けるしかなかった。


「久遠、悪い!俺があの時、名前呼んじまったから記者に―――」
「ちょっちょっと待ってください!あの、何度も私は違うって貴方に…!」
「―――縁さん」


私の言葉を遮ったのは、万理さん。穏やかな笑みを浮かべ、ゆっくりと首を横に振る。もう隠すのはやめましょう、とでも言いたげに。
確かに彼に会ってしまった時から、名前を呼ばれてしまった時から、隠し続けることは難しいかもしれないと感じてはいた。八乙女楽という男は、見た目とは違いとても真っ直ぐな男だから…誤魔化しなんて1つもできないと痛感していたから。これは本当に諦めてしまう他、術はなさそうだ。


「はー…ほんっとに変わってないですね、君って人は」
「!」
「…お久しぶりです。九条天さん、十龍之介さん、八乙女楽さん」
「うん、久しぶり。久遠ちゃん」


僅かに表情が緩んだTRIGGER。でも認めただけではきっと、終わらないだろう。特に二階堂さん達は。


「ユカリ、ワタシ達にも話して頂けますか?」
「ええ。ここまできたらもう、隠し続けるのも無理ですし…空気を悪くさせてしまった罪悪感もありますから」


ここにいないメンバーには、二階堂さん達から伝えてもらえばいい。誠意が足りないかもしれないと思うけれど、かと言って全員を集めて改めてするような話でもないと思っているから。それをどう受け取るかは、皆さんにお任せしてしまおう。
- 19 -
prevbacknext
TOP