あなたは、あなた
とにかく天下のTRIGGER様が来たともなれば、お茶を出さないわけにいかない。
皆さんにはソファに座ってもらい、私は給湯室に移動して人数分のお茶を淹れて戻ってきたら…増えてたよ。人が。
「あ、縁さん手伝います」
「…すみません、縁さん。お疲れ様です」
「うん、お疲れ様です」
この短時間の間に帰ってきているとは、誰も予想しないでしょう。事務所には紡くん、MEZZO”、フラウェが揃っていらっしゃった。つまり、小鳥遊事務所にアイドリッシュセブンとTRIGGERが勢揃いしているわけでして。
よくよく考えてみると、これはすっごい状況だなぁと思うわけで。…というか、紡くんがいるのはいいんだけど何で逢坂さん達までこっちに来たんだろう?そのまま寮に直帰してしまえばいいのに。
「…六弥さんか二階堂さんですね。逢坂さん達―――というか、紡くんに連絡したの」
「残念ながら今回は俺じゃないよ」
「ワタシがしました。皆さん、ずっと気にしていらっしゃったので」
「ああ…まぁ、そうなんでしょうけど!」
多分、というか絶対に悪いのは私だから何も文句は言えない…!あとで伝えてもらえれば、と思っていたけれど、こうなってしまった以上、何度も聞かれるよりは楽なのかなと思い始めてきました。うん。とは言っても、まさか10人という大人数の前で過去をバラすことになるとは思いもしませんでしたけれどね。
(でも、…いい加減腹を括るのも大事か)
八乙女楽に会ってしまったことが運の尽き、と思うことにしよう。実際、彼に悪気はこれっぽっちもなかっただろうし、責める道理はないとわかってはいる。いるけれども、この人に会うことさえなければこんなことにはならなかった、と思わずにはいられない。
あれです、責任転嫁ってやつ?そうでもしないと変なこと口走りそう。例えば八乙女楽に馬鹿、とか。
「ええっと、何か改まるのもアレなんですけど…ひとまず、何も突っ込まないとお約束頂けませんか?」
「どういうことです?」
「お話はします、それは絶対です。…けれど、人間というものは触れられたくないことって1つくらいあるものなんですよ」
「―――つまり、ボク達から質問を投げるなってこと?」
「はい。九条さんは飲み込みが早くて助かります」
こうやって逃げ道を確保しておかないと、私はきっと無理だから。本当ならこの場から逃げ出してしまいたい気分だもの。
「…わかった。それでいいよ、縁さん」
「ありがとうございます」
七瀬くんの言葉にお礼を述べ、私は口を開いた。
今から1年ほど前まで『久遠』という名前で芸能活動をしていたこと、今は活動を休止していること、そして―――活動を再開させるつもりは更々ないこと。当たり障りない言葉を選び、当たり障りない部分だけを掻い摘んで話していく。
時折、二階堂さんや六弥さん辺りは納得できなさそうな顔をしてはいらっしゃったけど、それでも最初に触れるな、と釘を刺しておいたおかげか突っ込んでくることはなかった。肝心な部分には触れていないことを、きっと感じ取ってしまったんだろう。全てを知っている万理さんと紡くんの顔が、僅かに歪んでいるのがその証拠。
わかっているんだ、アイドリッシュセブンはともかく、少しの間でも一緒に仕事をしたことがあるTRIGGERにはきちんと話をしなければいけないことくらい。きっと彼らには休止した理由を聞く資格があるし、私にも話さなければいけない責任がある。けれど、それを簡単に口に出来る程に私は強くないし、気持ちの整理がついているわけでもないの。だから会いたくなかったし、社会人失格だと何だと言われようとも会わないように避けていたのだから。
「別に姐さんが昔に何してても、いいんじゃね?」
四葉くんの言葉に皆さんはどこか吹っ切れたのか、それもそうだよなーと納得したように頷いている。
過去にアイドルをやってても姐さんは姐さんだし、と笑ってくれたのは三月さん。
話してくれてありがとうございます、と言ってくれたのは一織さん。
今度、縁さんが出ていた歌番組とかドラマとか一緒に見ましょう!と誘ってくれたのは七瀬くんと六弥さんと逢坂さん。
…けれど、それはご勘弁頂きたいです。死にたくなるほどに恥ずかしいから。二階堂さんは―――…ただ黙って、皆さんの言葉を聞いていた。表情も変えず。
「―――楽の勘は当たっていたわけだね」
「そうなるね。ええっと、久遠ちゃんとは…呼ばない方がいいんだよね?」
「はい」
「そしたら下の名前で呼んでもいいかな」
「お好きにどうぞ」
『久遠』の名前が出てこないのであれば、何でもいいんです。正直。呼ばれ方にあまりこだわりはないし。
さて、これでひとまずは丸く収まった…と思っていいのかな?こっちは、だけど。問題は事務所にかかってきてしまった電話の件だ。社長に相談しよう、と万理さんと話はしていたけれど、一体どうするべきなのやら。
全てを明らかにしてしまうのが手っ取り早い方法だ、というのは私だって理解している。でも今、それを発表できるほどの強さは私にはないから。どうにかして煙に巻きたいと思ってしまっているのです。
和やかな空気が流れ始めてしまっている事務所に、こっそりと苦笑を浮かべる。一応、アイドリッシュセブンとTRIGGERはライバル関係のはずなんだけど、いいのかな?こんな空気になっちゃって。小鳥遊事務所側としては全然構わないし、何も言わないんだけど八乙女事務所側はそうはいかないでしょう。まぁ、元々はあっちが勝手に敵視しているだけっていう話なんだけども。
「くお、…じゃねぇ、えっと、縁…?」
「何で疑問形で呼ぶんですか」
「つーか敬語をやめろ。お前の敬語って違和感しかねぇよ…」
いやいやいや、アイドル時代にも敬語使ってたからね?確かにTRIGGERと話す時は敬語なんて使ってなかったけれどもさ。それに今と昔では立場とか、色んなものが違うでしょう。昔と同じように接しろ、なんて無茶ぶりにも程がある。
「仕事の時は仕方ねぇんだろうけど、今は違うんだし構わねぇだろ」
「…君のそういう所は本当に尊敬する」
「馬鹿にされている気しかしねぇけど」
「うん。半分は本気だけど、もう半分はちょっと馬鹿にしてる」
「こンのガキ…!」
「楽のそういう所もガキっぽいでしょ」
するりと、呼び慣れた名が零れ落ちた。こんな風に軽口を叩くのもずいぶんと久しぶりだなぁ。周りに流されてほわん、としてきてしまった…と思っていると、各々楽しそうに話していたはずの皆さん―――正しくはアイドリッシュセブンのメンバーだけど―――の視線が私と楽に注がれていた。
…いや、なんで?何かおかしなことを言ってしまっただろうか?思わず楽を見上げ、彼も私を見下ろし頭上にクエスチョンマークを浮かべている。
「が、…」
「が?」
「がっくんがマネージャーだけじゃなく姐さんも狙ってる!!!」
「は?!」
四葉くんの爆弾発言に万理さんと紡くんが、勢い良く紅茶を吹き出した。ちなみにでっかい声で叫んだのは楽です。
「たっ環さん!別に楽さんは私を狙っているわけではないですから!」
「いや、紡くん…そんな力いっぱい否定してやらなくても」
「えっ?だ、だっていつものアレは楽さんなりの冗談なんじゃ…」
楽、どんまい。我が妹には君の恋心が一欠けらも届いていないようですよ。それでもめげずにアタックするんだろうけれども。
というか、さっきまでシリアスな空気が流れていたはずなのに一気に空気が変わってるよ…いいのかなぁ、これ。ずっと空気が悪いのもアレだし、そもそもの原因は私なんですが…こうもすんなりと終わってしまうと、大丈夫なんだろうかと逆に心配になってしまうのは何故なんだろう。
そしてどうして楽が私を狙ってるとか、そんな話になったのだろうか。私は至って普通に話をしていたはずなんだけどなぁ。
「呼び方だよ」
「え?」
「君がさっき楽を呼び捨てで呼んだでしょう?それ」
「…それだけ?」
「それだけって、…立派な理由の1つでしょう、女性が男性を呼び捨てで呼ぶなんて」
特に君は彼らを名字で呼んでいるんだから。
うーん、一理あるんだけど…それだったら楽が私を狙ってるじゃなくて、私が楽を狙ってるってことにならない?何で楽がそっち側…。
「いや、そう思ったのは四葉環だけだから」
「あ、そうなんだ」
「彼らは驚いただけみたいだね」
そんなに驚くこと、なのか…そうなのか。いまいちよくわからない。でも私の中で当たり前になっているだけのことだから、それが他人の当たり前―――というわけには、当然いかないわけで。今回のこともそういう理由なのだろう、きっと。
(…本当にシリアスな雰囲気どこいった)
楽に詰め寄る皆さん(すっごい楽しそうです)を見つめながら、ぼんやりとそんなことを思う。いつの間にか欝々とした気分までどこかへ飛んでいってしまったようで。晴れ晴れ、というわけではない。なにひとつ解決したわけではないし、全てを明かせたわけでもない。きっといつかは全てを話さなければいけない日が来るのだろう。でもその日までは、このまま心地良い空間にいたいとそう思ってしまったんだ。