運命とは言い難い


取材依頼の件は、社長が自らコメントを発表し上手く濁すことができたらしい。でもしばらくは気を付けた方がいい、と注意を受けました。恐らく、気を付けるのは私ではなく楽の気がしますけどね。
あの日、突然TRIGGERの面々が小鳥遊事務所を訪れたのは、楽達の耳にも小鳥遊縁が久遠なのではないかという噂話が入ったからだそうだ。それを3人が―――というより、楽が自分のせいだと思って一言謝ろうとしてくれていたらしいです。そんな空気には一切ならないまま、3人は引き上げていったけどね。
…楽達に変な取材がいかなければいいんだけどな。私が心配した所でどうにかできる問題でもないので、今までと変わらず仕事を続けるだけなんですけれども。


「あれっきり電話も、待ち伏せもないみたいだね。良かった」
「そうですね。TRIGGERや彼らに変な取材がいかなければいいんですけど…」
「アイナナの子達の所には今の所、そういう記者が近づいたっていう話は聞かないな」


TRIGGERの方はさすがにわからないけれど、と万理さんは苦笑した。それもそうだ、3人はウチの事務所の所属ではないのだからそんな情報が入ってくるはずもないわけで。何かあったとしても私達に報告する義務も、向こうにはないから。
スタジオでバッタリ会ったら言われる可能性はあるかもしれないけれど、アイドリッシュセブンのマネージャーをしているわけではないから確率はかなり低いと思う。

(MEZZO”のデビューしたての頃だったら、まだ有り得そうだったけど)

アイドリッシュセブンがデビューした後は、7人での番組出演がかなり増えたからなぁ。7人での仕事の時は、ライブの時以外は付き添わないし。MEZZO”はあまりTRIGGERとの共演がないから、本当にこの前まではスタジオでバッタリとかなかったんだよね。…それもそれですごい運なんだな、と思うけど。今では。


「けど、社長も言ってたけどしばらくは気を付けた方がいいと思うよ」
「…そう、ですね。気を付けてみます」


万理さんは『久遠』の私を知っているから、どこか心配そうな表情をしている。まだ未成年ではあるけれど、あの時と比べればマシになった方だと思うの。頼り…はないままだけど、右も左もわからない少女とは違う―――と思いたい。少しは危機管理もできるようになったと思うんだ、うん。


「何もないとは、思いますけどね」
「俺もそう思いたいけど、そう言って大変な目に遭ったこと忘れた?」
「…忘れて、ないです。大丈夫」
「ごめんね。けど、大丈夫とは言い切れないと思うから―――念の為」


万理さんは心配性だ。いや、私が心配性にさせてしまったのだろう。いつだって気にかけてくれて、大変な思いも、苦労も、たくさんさせてしまったと思う。どれだけ謝っても私は、許されないだろうとずっと思っている。それだけこの人を傷つけて、苦しめて、悲しませたから。

忘れない。忘れてはいけないんだ、万理さんがいくら笑って「大丈夫だよ」と言ってくれたとしても。それを胸に刻みこんでおかなくちゃ。

…けれど、皆さんに話したことでいくらか楽になったのも本当で。私はこんなにも単純な人間だったのか、と頭を抱えたくなりました。あんなにも話すことを渋って、周りに気を遣わせた挙句、嫌な思いをさせて、楽にも散々違うと言い張ったのに。
それなのに、話せて良かったと思ってしまっている自分が嫌だ。いずれは話さなければ、とは思っていたし、もうダメかもしれないと思ってもいたのだけれど…あの人達があまりにもすんなりと受け入れてくれたというか…上手く言えないけれど、拍子抜けしたのは本当だ。

(まぁ、アイドルやっていたことを隠していただけだし…責めるも何もあったもんじゃない、と思うけど)

TRIGGERはともかく、アイドリッシュセブンはアイドル時代に一緒に仕事をしていたわけじゃない。言うなれば、テレビの中にいた『私』を知っているだけで。だからアイドルやってましたー、ああそうなんだーくらいの認識で終わるのも普通のことなのです。だからきっと、拍子抜けするものではないんだ。最初から。
責められるとしたら、…それこそ楽達に、だ。あれ以来、顔を合わせていないから何も言われていないし、連絡先も知らないから電話がきたりラビチャがくることもない。その現実にホッとしている私は、性格が悪いのかもしれない。


―――ガチャッ

「ただ今、戻りました!」
「おかえりなさい、紡さん。…あれ、大和くん?」
「…ども」


今日は新曲のダンスレッスンの日で、いつも通り紡くんが付き添いで出かけていた。レッスンの後は珍しく7人揃ってのオフだったと記憶しているのだけれど…何故、二階堂さんは事務所に来たのだろう?何か忘れ物というわけではないだろうから、社長か万理さんに相談しに来たとか?


「姐さん」
「へっ?」
「あのー…、ちょっと時間もらえる?話したいことあるんだ」


どこか気まずそうに言葉を紡ぐ二階堂さん。その姿はあまり見たことがない。どうしたのだろう、と首を捻りつつも、仕事も粗方片付いていた為、大丈夫ですよと頷いた。
さすがに此処では…と彼が苦笑したので、レッスン室へ移動することにしました。


「それでどうなさいました?話したいことがある、と仰っていましたが」
「ああ、それなんだけど―――…その、悪かった…」


気まずさを拭えないままなのか、二階堂さんは目を逸らしたまま謝罪を口にした。だけど、私は何故謝られているのかがわからなくて首を捻るしかない。え、二階堂さんに何かされた記憶が皆無なんだけど…?!
必死にここ数日の記憶を辿っても、忙しく走り回っていたことしか思い出せないし、そもそも二階堂さんとはそんなに顔を合わせることも、話すこともできていなかったはず。私はMEZZO”に仕事がない時はずっと事務所に籠っていたし、彼は彼で忙しく働いていたから。すれ違いもいいとこだ。
それなのに、突然の謝罪。それはもう驚くしかできないわけです。


「少し前に、夜中に事務所に来たことあったろ?」
「夜中に……?」


あ、もしかして皆さんに話す前のことか?確かに一度、二階堂さんが遅くに事務所へ来られたことがある。事務所に残っていたのは私だけで、まだ帰らないのかとか、お休みになられないんですかとか…そんな世間話をしたんだっけ。
でもその時、謝られるようなこと―――…


「"何なら、家まで送ってこっか?"」
「…言われたような、気がします。そのセリフ」
「うん、言った。その時さ、自分が言った言葉って…覚えてたりする?」


段々と思い出してきた。そう、あの時はイラついていて踏み込んでこないで、って気持ちが強すぎて、思いっきり冷たい声で「ふざけたこと言わないでください」って返した記憶がある。
サーッと顔を青くしながらも覚えてます、と返せば、彼は苦笑を浮かべたまま踏み込んじまってごめんな、と再度謝罪を口にしたのだ。成程…ようやく合点がいった。二階堂さんが謝罪しに来たのは、踏み込んで私を怒らせたから―――と、思っているからだったんですね。
いや、怒ってたというか…イラついてはいたんですけど、決して二階堂さんに怒っていたわけではなくて!あ、でもあの言葉に若干、怒りを覚えたのも本当か…?


「すみません…あれは私の態度もよろしくないです」
「それでもさ、さすがに軽率すぎる発言だったなーと思って。あの時の姐さんには」
「…そう、ですか」
「踏み込まれんのは嫌だよなぁ。ごめんな」
「―――いいえ。私も嫌な態度を取り続けてすみませんでした」


頭を下げてこちらも謝罪の言葉を口にすれば、じゃあこれでおあいこってことにする?と言われた。今回の件はどっちもどっちなのは明白だし、それで構わないですと返す。というか、アイドルに謝罪させるって…すごいことを仕出かしてしまったな、私。


「さて、そろそろ戻るか」
「そうですね」


レッスン室を出て、短い距離を2人で並んで歩く。大した会話もなく、このまま事務所のドアの前で別れるのだろうと思っていたら、二階堂さんがそういえば、と声を上げた。どうしたんだろう?


「二階堂さん?」
「八乙女と十さんがさ、今度ラビチャのIDとか教えてだと」
「楽と龍さんが?」
「そ。いつ会うかわかんねぇけど、会ったら教えてやったら?」
「まぁ…そのくらいは」


用件は済んだらしく、彼はじゃあなーと手をヒラヒラ振って寮へと帰られましたとさ。この時は連絡先の交換なんて、大分先になるんだろうなーと思っていたんだけど、その機会はあっさりと来てしまったのです。
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