最年長はわからない
「ん〜〜〜〜…!もうすぐお昼かぁ」
「ああ、もうそんな時間か」
グッと背伸びをして、自然と零れてしまった言葉に万理さんが反応してくれた。紡くんは雑誌撮影に行っている四葉くんと六弥さんの付き添い兼送り迎えの為、席を外している。他の5人はレッスン中だったっけ…午前中はみっちりやってるだろうから、お昼ご飯もガッツリしたものを用意してあげた方がいいのかな。
店屋物にするか、まだ時間もあることだしキッチンを借りて何か作るか…どっちがいいかなぁ。万理さんに相談すると、冷蔵庫の中にある食材がダメになっちゃうから、良ければ使ってくださいって言われました。なので、皆さんが喜ぶかはわからないけれど私の手料理がお昼ご飯です。大丈夫、家で作ってるのも私だから食べられるものになる―――ハズ。うん。
初めて食べさせる相手だと、どうにもこうにも緊張しちゃうんだよなぁ…私。パカッと冷蔵庫を開けながらそんなことを思う。父さんと紡くんに初めて手料理を振る舞った時も、結構緊張しちゃってちょっと失敗したんだ。
焼き過ぎて焦げちゃったり、包丁で指切ったりとかさ。今ではもう慣れたから、そんな初歩的な失敗をすることはなくなったけど…彼らにはまだ一度も手料理を振る舞ったことはない。そんな機会、あるはずもないし。
なので、ちょーっと心配なんだよね。色々と。…でもまぁ、何とかなるでしょ。ええっと、冷蔵庫の中身はー…お、野菜はたくさんある。お肉はさすがにないけど、叉焼があるじゃないですか。これだったらガッツリメインと副菜、それからスープも作れるかな。お米もあるから、急いで炊くとしよう。何とかお昼に間に合うはずだし。
「いい匂いだね。できたの?縁さん」
「はい。ご飯ももう炊けるので、すみませんが皆さんを呼んできてもらえますか?」
「そのくらいお安い御用だよ」
万理さんがレッスン室へ向かってすぐ、炊飯器がピーッと軽快な音を立てた。本当なら少し蒸らした方が美味しくなるんだけど、お腹を空かせた人達がもうそこまで来ているからね。悠長にしているわけにはいかないんです。
せっせと炊き立てご飯を丼によそっていると、元気な声と共に事務所のドアが開かれる。うん、もう少し丁寧に開けて頂けると嬉しいんですけどね?七瀬くん。
「えっ姐さんが作ったの?!」
「そんなに驚くことないでしょう、三月さん…料理くらいできますよ」
「美味しそう…何か手伝えることあるかな?」
「あーっと、…アイドル様にやってもらうのはアレなんですが、そっちのお椀をテーブルに運んでもらえますか?」
本当なら運ぶ所まで私がやるべきなのだけれど、頑なに拒むこともできずに逢坂さんにそうお願いしてしまった。そうしたら全員がワイワイとお椀やお箸を運んでて、尚更アイドル様にさせていいのかこんなこと…!と頭を抱えたくなったのは仕方ないことだと思う。
だけど、彼らは寮で生活をしていて食事も自分達で用意していると聞くし、このくらいはいつものことなのかもしれないなぁ。だったらいいか、となる程、簡単な思考回路はしてないけどね。
「あれ?ねぇ、縁さんの分がないけど食べないの?」
「私はまだやりかけの仕事があるので…デスクで食べます」
「何でだよ、こっちで一緒に食べればいいじゃん」
いいですよ、と断りを入れ、皆より小さめの丼を持ってデスクに向かおうとしたらグイッと腕を引かれた。その犯人は二階堂さん。
「二階堂さん、丼落としますから止めてくださいよ」
「いーからお前さんもこっちに来て座れっての。メシ食う時くらいちゃんと食え」
ズルズルと引きずられ、問答無用で椅子に座らされました。いや、だから私は仕事を終わらせたいんですけれども…!でも隣に座った二階堂さんは逃げんなよ、と言いたげな視線を寄越すし、七瀬くんは嬉しそうに目を輝かせてるし…やっぱりいいです、なんて言える状況でも、立ち上がって逃げることも許されない気がした。あれか、今回は諦めて大人しく此処で食べるしかないってことか。
仕方がないのでいただきます、と手を合わせる。
「うわっこれ美味しい!」
「貴方にこんな才能があったとは…驚きです」
「叉焼は既製品ですし、私が作ったのはタレと野菜炒めとスープだけです。簡単ですよ」
「このタレどうやって作ってんだ?」
「…そういえば、三月さんって料理するのお好きなんでしたっけ」
「おう。お菓子も作れるぞ!」
ああ…和泉兄弟は実家がケーキ屋さんで、三月さんもパティシエだったことを思い出した。彼の作るお菓子を、いつか食べてみたいものだね。
「もしかして、姐さんって家でも料理する人?」
「まぁ…一応」
「へー。お兄さん、今度は肉じゃがが食いてぇなー」
「ソーデスカ」
暗に作れって言ってるんですよね?この人。今回みたいに作る機会があれば作ってもいいけど、そうでもない時に寮にお邪魔するのはどうかと思う。一応、逢坂さんと四葉くんのマネージャーだから寮に入っちゃいけないというわけではないし、そもそもあそこは女子禁制というわけでもない。
なので、要望があれば作りに行ってもいいんだけど…そこまで考えてチラッと二階堂さんに視線を向ける。軽ーく流した割には突っ掛かってこないし、それはラッキーなんだけど、何でこの人はリクエストなんてしてきたんだろう。相変わらず、何を考えているかわからない人だなぁ。
わからないことは考えても無駄。あっさりと思考を切り替え、とりあえずさっさと食べて片付けをしてしまおう。それから残ってる仕事を片づけて、スケジュールの確認をしておかないとね。あとメールチェックやら何やらを済ませておきたいし、…のんびり食休みをしている暇はなさそうだ。欲を言えば、コーヒーくらい飲みたい所だけど。でもまぁ、パソコンに向かいながらでもコーヒーは飲めるし、問題はないかもね。
「ごちそう様!縁さん、すっごい美味しかった!」
「お粗末様です。口に合ったなら良かった」
「あ、縁さん。準備は全部任せちゃったし、片付けは任せて」
「いいんですか?万理さんも仕事あるのに…」
「そう何時間もかかるものでもないから」
じゃあ…お言葉に甘えて、と椅子に座り直すと、万理さんはにっこり笑ってあっという間に空になった丼やお皿を重ね始めた。何だか手持ち無沙汰だなぁ、あまりやってもらう側にいることはないから変な感じ。
ぼんやりと万理さんが片付けている姿を眺めていると、食べ終ってからもその場から動かないでいる二階堂さんがこっちに視線を向けた。テーブルにいるのはもう私達だけで、二階堂さん以外のメンバーはごちそう様と言って事務所を出て行ってしまっている。まだ休憩中ではあるけれど、きっとレッスン室へ向かったのだろう。つまり、彼が視線を向けているのは私―――ということになる。
「…お前さんさぁ、」
「はい?」
「俺には頼ろうとしないくせに、万理さんやソウには頼るのな」
思わぬ言葉に、私は何も返せずに目を見開いた。だって、…だって、あまりにも二階堂さんの横顔が淋しそうで、泣きそうで、何を言ったら正解なのか…わからなかったの。
どうしよう、と私が半ばパニック状態になっていると、彼は何でもなかったような顔で「なーんてな!」と言って笑ったのだ。いつも通りの、見知った笑顔で。
「あの、二階堂さ…」
「昼メシ美味かった。ごちそーさん」
そう言い残し、彼は事務所を出て行った。…なんなの、さっきの。