思いを馳せる
近々、アイドリッシュセブンの新曲が出る。なので、今日は全員で振り付けと歌のレッスンです。レッスンと言っても、もう振付師さんから全振り付けを教えてもらっているから、それを合わせる形なんだけど。
人気が上がって個人での仕事も増えてきたからね、少しでも7人が揃う時にやっていかないと歌番組や、MVの収録で困ったことになっちゃうから。そして私は、事務仕事をしながら彼らのレッスンの監督をしております。
(監督、ねぇ…)
双子の妹であり、彼らのマネージャーを務めている紡くんからお願い!と頼まれてしまい、反射的に頷いてしまったけれど…学生や未成年はいるものの、成人しているメンバーが3人いる。それに未成年組だって、こういう世界にいるせいか割としっかりしているのだ。まぁ、七瀬くんと四葉くんはたまーに心配になるけど、でも監督していなければいけない程ではないと思うんだけどね。
恐らく、彼らが無理し過ぎないように見ていてほしいってことなんだろう。七瀬くんは喘息持ちだしさ。それも他のメンバーが目を光らせているから、倒れるとか最悪の事態を引き起こすことは早々ないはず。一番の問題は、監督をお願いされた私も未成年だということだと思う。
「んじゃ、さっきのとこからもう一回合わせんぞー」
どうやら何かが上手くいかないらしく、さっきから同じパートを繰り返し合わせている。その『何か』がわかれば、一発で先に進めるんだろうけど…また同じ場所で全員が首を傾げて、歌が止まってしまった。
「どこがいけないんでしょう?何かズレているような気はするのですが…」
「全員で歌ってるからそれがわかんねぇのかなぁ?」
「…すみません、ちょっと口挟んでもいいでしょうか」
「んー?どったの、姐さん」
彼らはデビューして間もないとはいえ、プロには違いない。ただの事務員、時々マネージャーである私なんかが口を挟むなんて―――とは思うのだけれど、流し聞きしていておかしな点を見つけてしまったので黙っているわけにもいかなくて。
皆さんの機嫌を損なったりしなければいいのだけれど、と思いながら、口を開いた。
「あのですね、多分、七瀬くんの音程が僅かにズレてるんだと思うんです」
「えっオレ?!」
「気分を悪くされたらすみません…」
「平気だよ!指摘してもらった方が嬉しい」
「じゃあついでにもうひとつ。さっきの所、七瀬くん1人で歌ってもらえますか?」
大勢が見ている中、たった1人でというのはなかなかに恥ずかしいものがあるとは思いますが。けれど、彼はアイドリッシュセブンのセンターだ。そのくらい恥ずかしがらずにやってもらわないと困る、というのが本音だったりする。
案の定、七瀬くんは少し頬を赤く染め、恥ずかしいなぁと呟いた。だけど、自分が原因なら直したいと思ってくれたのか、さっきより音量を下げて歌い始める。どこがズレているのか、どのくらいズレているのかを確かめる為に動かしていた手を止めて目を閉じた。目を閉じる必要はないんだけど、何となくこっちの方がよく聞こえる気がするんだよね。多分、集中できるんだと思う。
「えっと…どう?縁さん」
「―――やっぱりズレてますね。歌詞ありますか?」
「あっうん!これだけど」
「ありがとうございます。ええっと、…ああ、この部分です」
トントン、と指で示せば、七瀬くんだけではなく全員が覗き込んできてちょっとビックリです。何で全員で覗きに来るんですか!
「成程なぁ…陸1人の歌聴いて、ようやく俺もわかったわ」
「私もです。ここだったんですね、気がつかなかった」
「スゲーな、姐さん!」
「お役に立てたなら良かったです」
さて、改善点がわかったのであれば私は自分の仕事に戻りましょうかね。皆さんもレッスンに戻るでしょうし。まだ七瀬くんの歌詞が書かれた紙を覗き込んでいる7人を横目に、止めていた資料整理を再開させる。
整理が終わったらメールのチェックとスケジュールの確認をして…ああそうだ、今日のお昼はどうしようか。いつものお弁当屋さんにお願いしてあったっけ?あとで万理さんの確認をして、お願いしていなければ食材を買いにいかないと。レッスンを頑張っている皆さんに、コンビニ弁当を渡すのはちょっとね。それでもいいよ、と言ってくれるような人達ではあるけれど。
思考をあらゆる所へ飛ばしながらも、手元の資料に目をやっているとふっと翳った。何だろう、と顔を上げると、困ったように眉を下げた七瀬くんが立っていて。あ、あれ?レッスンに戻ったと思っていたんだけど…どうしたのだろうか。
「七瀬くん?」
「あ、あの…縁さんも仕事があるから忙しいとは思うんだけど、」
「はい」
「ちょっとだけ練習につき合ってもらえない…?!」
「…は?」
練習?練習って、なんの?七瀬くんの言っている意味が正しく理解できなくて、ただまばたきを繰り返す。
そのまま何も返せずにいると、不安そうな顔をした七瀬くんが「ダメ?」と首を傾げた。あ、そういう顔もできるんだ、可愛いかも……じゃなくて!ダメとか、ダメじゃないとか、それ以前に何の練習につき合って、と言っているのかがわからないんですってば!!
ようやく口を開いてそう返せば、歌の練習につき合ってほしいんだと返された。
「オレ、さっき指摘してもらった所が苦手みたいで…だから、縁さんに音をとってもらいたいなぁって思って」
「…それ、私でいいんです?メンバーの皆さんの方がいいと思いますけど」
「少しだけつき合ってやってくんね?俺達が気づけなかったことに姐さんは気がついたんだし、お兄さんはお前さんが適任だと思ってんだけど」
「えええ…」
二階堂さん、貴方、楽しんでたりしないですよね?相変わらず、この人の真意は読めない。上手く隠しているんだろうなぁ、色々なことを。…いいんですけど、別に。
それよりも大事なのは、目の前で捨てられた子犬のような目をしている七瀬くんのことだ。本気で断りたいし、さすがにここまで首を突っ込んだらマズイだろうというのは十分わかっているつもりなのだけれど…彼にこんな顔されて断るのは、正直良心が痛む。だからといって、快く引き受けられるかというと、それもまた別の話なのである。今回ばかりは引き受けた方がいいかもしれない。
溜息交じりにいいですよ、と言えば、七瀬くんはパァッと瞳を輝かせてくれました。彼は本当に私と同い年なのだろうか…何だか弟みたいに感じちゃう。
「皆さんと合わせる時間がなくなってしまうので、ちゃっちゃとやってしまいましょうか」
「うん、ありがとう!」
「ではいきますよ―――」
すう、と息を吸い込んで、デモテープで聴いたメロディを紡ぐ。すると、それに合わせるように七瀬くんが口を開いた。彼が紡ぎ出すメロディはやっぱり素敵だと思う、アイドリッシュセブンのセンターを務めるだけあるよねぇ。これならすぐに苦手だ、と言っていた部分もすぐに自分のものにしてしまうだろう。そこまで心配する必要はなさそうかな。
繰り返し歌っているうちに段々と、七瀬くん自身がリードできるようになってきた。もう大丈夫だろう、と声量を落として彼の声に耳を傾ける。
「…あれ?できてた?」
「ええ、さっきより格段に良くなっていますね。七瀬さん、今度は1人で」
「あっうん!」
一織くんに言われてもう一度、七瀬くんがメロディを紡ぎ出した。さっきまでは僅かにズレていた部分も、今度はちゃんと歌えているみたい。うん、何とかなったようです。一安心だね。
「お、リク歌えてんじゃん」
「音程もとれてるし、問題なさそうだね。良かった」
「ほんとっ?!やった!縁さん、ありがとう!」
「あ…いいえ」
「姐さんって歌やってた?声、スゲー綺麗だった」
四葉くんが珍しく王様プリンがないのに、目を輝かせていてちょっとビックリ。同時に彼の言葉にギクリとした。どう答えるのが正解かわからなくて、とりあえず音楽は好きですよと曖昧な返事をしたけれど。
四葉くんは納得したのか、ふ〜んと言って、また皆さんの輪の中へ。あまり深く突っ込まれなくてホッとした…まさかそんなこと言われるとは思ってなかったなぁ。
(人前で歌なんて久しぶりに歌ったなぁ…)
いや、ワンフレーズだけだからそれを歌と言っていいのかわからないけど。でもまぁ、歌ったことに変わりはないんだよね。多分。
音楽も、歌うこともやっぱり好きだなぁとは思う。改めてそう思いはしたけれど、…きっと私は二度と、彼らがいる世界に足を踏み入れることはないんだろうな。