地の底まで卑下して、
「ん、これ俺と龍のIDな。スタンプでいいから何か送っといて」
「はいはい」
「そういえば、天の連絡先は知ってるの?」
龍さんの問いに首を横に振れば、優しい彼は「じゃあ天のも書いておくね!」って意気揚々とペンを握ったけど、それはプライバシーの侵害になると思うのでやめてください…!
楽が一切止めようとしてくれないから慌てて自分で聞くから大丈夫!と言ってしまった。
「天もさ、縁ちゃんと話したそうだったしそうしてあげてよ」
「あー…はい、まぁ考えとく」
天くんが私と、ねぇ…仲が悪かったという記憶はないけど、別段仲が良かったという記憶もない。歳が一緒だから雑誌の取材で一緒になることは多かったけど、それまでだし。まぁ、プライベートで友人ってわけじゃないからそんなもんだろうけど。言うなれば仕事仲間ってやつだろうし?私達。昔も今も、そう言っていいのかは疑問ではあるけど。
それに天くんは仕事とプライベートの線引きをしっかりしている人だから、連絡先を交換だとか、話をしたがってるとか、そういうことは一切なさそうだと思っている。…多分。いや、本人に聞いたことがあるわけじゃないからさっぱりわかんないけど。私が勝手にそう思っているだけ。
(つい自分で聞く、とか口走っちゃったけど…今度こそ、そんな機会はないと思う)
内心、うんうんと頷いてみたけれど、この先のスケジュールを思い出して「あ、めっちゃ会う機会あるじゃん」と思い直した。何故ならば、ゼロアリーナのこけら落とし公演にTRIGGERとアイドリッシュセブンも選ばれたから。
それを主導するのは―――トップアイドルをひた走っているRe:vale。かつて、私の面倒をよく見てくれた先輩でもある。とはいえ、彼らにも何も告げぬまま表舞台から姿を消してしまったのだけれど。
唯一、あの2人とは連絡先を交換していたけれど…その時使っていた携帯も、アドレスも、番号も、もう全て捨ててしまった。きっと不審に思ったんだろうなぁ…急に連絡が取れなくなって。特に百さんは。
「千さんと百さんもお前のこと心配してたし、今でも捜してるぞ」
「え、」
「そんな意外な顔しなくても…だって、Re:valeの2人は縁ちゃんのこと可愛がってたじゃないか」
「いや、うん、そう…なんだけど、今でもっていうのはちょっと意外だったかも」
そう、か…あの2人の中ではいまだに私は過去の人物になっていないんだ。
「それに今、百さんがちょっと大変なことになってて…」
「大変なこと?」
「龍、それ言って平気なのか?」
「でも何か解決の糸口が見つかるかもしれないでしょ?それに此処、個室だから大丈夫だよ」
楽と龍さんの会話に首を傾げつつ、美味しい蕎麦を啜る。さすが蕎麦好きの楽がオススメしているお店だけあって、味はピカイチだ。口に入れた蕎麦を飲み込み終わった時、龍さんが「あのね、」と口を開いた。その顔は真剣そのもので、百さんの身に本当に何か大変なことが起きているんだなと実感させられる。いつだって笑顔を絶やさず、前を向いていた百さんに一体、何が起きたというんだろう。
彼の口から語られたのは、百さんがステージの上で歌えなくなってしまっているという事実。普通に話せるし、声も出るのに、ステージに立って歌おうとすると喉が引きつって声が出なくなるのだという。今の所、CDを流して事なきを得ているらしいけど次第にファンの子達は不思議に思い始めるかもしれない。どんなに口パクが上手くても、生で歌っている声とCDが流す声では違いがハッキリ出てしまうから。
「声が出ないってことは、心因的なものじゃないのかな」
「俺達もそれが一番可能性が高そうだ、とは思っちゃいるんだが…本人が何もない、元気だって言い張るんだよな」
「でもどこか辛そうだし、何か心配事とか不安があるのは明らかなんだよ」
「うーん…百さんはよく人の相談にのってくれるし、親身にもなってくれるけど、意外と自分のことは明かさない人だから」
千さんにも言っていないとすれば、他の人―――それも後輩達に言うとは思えない。何が原因なのだろう?一体、あの人は何を心配しているんだろう?すぐに浮かぶのは千さんとの関係だけど、それこそ疑う余地がない程に仲がいいし、心配はなさそうなんだけどなぁ。でも百さんにとってRe:valeはとても大切なものだから、本人さえ知り得ない深い所で不安になっていることがあるのかもしれない。
(―――元・相棒の存在…とか?)
一度だけ聞いたことがある。百さんとのRe:valeを結成する前に、別の人と組んでいたんだと。百さんはその時からのファンで、自分はその相棒が見つかるまでの代わりで構わないから音楽を辞めないで、と千さんにお願いしたんだって言ってたっけ。
何でもその相棒は突然、千さんの前から姿を消してしまったそうだ。捜してはいるものの全く手がかりはなく、5年経った今でも見つかってはいないらしい。もしかしたら、その人のことが気に掛かっているのかなぁ百さん。
「縁、お前Re:valeの2人に会ってみねぇか?」
「…私が会った所で解決するとは思えない案件だけどな」
「そうかもしれないけど、試してみる価値はあると思わない?」
「ないとは言い切らないけど、でもやっぱり無駄だと思う。私なんかじゃ、あの人達の力にはなれないって」
力にはなりたい。恩を返したいとはずっと思っている。だけど、今の状態を打破するのにはきっと―――私は驚く程に無力だろう。
最後の一口を放り込んで、ごちそうさまでしたと手を合わせた。