たい焼きふたつ


事務所と寮の備品の買い出しに出ていた帰り道。思っていたより多くなってしまった荷物を抱え、車で来るべきだった…と本気で後悔している最中です。このくらいなら大丈夫だろう、と考えた数時間前の自分の頭にチョップを入れたいね。車で行けよ、と。
まぁ、今更後悔しても後の祭りなんだけど。バスで帰るには荷物の量が多すぎて気が引ける、かと言ってタクシーを拾うのもちょっとね…嫌だよね。

(仕方ない、頑張りますかー)

地面に置いていた荷物を抱え直し、寄り掛かっていたガードレールから体を起こす。いつまでもここにいても帰れるわけじゃないし、さっさと歩こう。無心で歩いていればそのうち事務所に着くさ。
寮に行くのはそれからにしよう…さすがにこの大荷物を持ったまま、寮までは行けない。事務所までだって辛そうなのに。とにかく足を動かさなければ、事務所まで辿り着くこともできないや。


「…姐さん?」
「え?」


もう変えてください、と言うのも面倒になったあだ名を呼ばれ、反射的に振り向いた。そこにはオフだからか、普段よりラフな格好をした二階堂さんが少しだけ驚いた顔で立っていらっしゃる。何でそんな顔をしているのかさっぱりですけど。


「二階堂さん…お疲れ様です」
「いや、俺オフだし。お疲れなのはお前さんの方でしょーよ」
「あー、何かほら、クセなんですよね。こういう業界にいると」
「わからんでもないけどね。つーか、なにその荷物の量!」


ああ、成程。二階堂さんが驚いた顔をしていたのは、私の持っていた荷物の量か。確かに1人で持つには少しばかり多いかもしれないけど……あ、でも紡くんがこの量を1人で持っているのを見かけたら、私も二階堂さんと同じ顔をするかもしれないな。
まぁ、それは置いておくとして、買い出しに出ていたんですと話をすると、貸してと言いながら半ば無理矢理に荷物を奪われました。あの、ですから、アイドルである貴方に持ってもらうわけにはいかないんですってば…!
慌てて返してください、と追いかけるけれど、女の子が持つ量じゃないとか何とか言われて返してくれそうにありません。


「天下のアイドルに荷物持ちさせてるなんてファンに知られたら、私の首が飛ぶんですけど…」
「ははっ天下のアイドルってなによ」
「皆さんはもう少しアイドルだという意識を持った方がいいです」
「これでも持ってると思うんだけどね?…つーかね、姐さん。こういうのは持ちつ持たれつでしょうよ」


そうは言われましてもね…どこの事務所に、所属アイドルに荷物持ちをさせる職員がいるんですかって話でして。


「でも無理して1人でやろうとすることもないでしょ、マネージャーもお前さんも」
「それが私達の仕事ですから」
「まぁ、そう言われちゃうと何も言い返せねぇんだけど…あ、姐さーん腹減ってねぇ?」
「…は?」


真面目っぽい話をしていたと思えば、急にお腹空いてるかとか…何を言い出したんですか、この人は。怪訝な目を向けても彼は何も気にしてない顔で、ほらあれ、ととある方向を指さしている。
うん?あっちに何があるというのだろうか…指さす方へ視線を動かしてみると、スーパーの駐車場にたい焼きの屋台がいた。ああ、それでお腹空いてないかとか言い出したんだ。


「たい焼き…」
「この荷物、生ものとか入ってる?」
「え?いいえ、備品ですので食材は一切入っておりませんが…」
「んじゃ寄り道しても問題ねぇな。行こうぜ、姐さん」
「ちょっ二階堂さん?!」


あ、しまった。つい大声で名前を呼んでしまった…!キョロキョロと辺りを見回してみたものの、ちょうど良く人はおらず、アイドリッシュセブンの二階堂大和がいるとは気づかれてはいないみたい。良かった、さすがにこんな住宅街で騒ぎになるのは避けたいもの。
ふ、と息を吐いて、改めてさっさと歩いていってしまった二階堂さんの後を追う。追いついた時にはもう、彼はたい焼きのメニューをじーっと見つめていた。食べるのはずいぶん久しぶりだけど、そんなに種類ってないよね?あんことカスタードくらいじゃなかったかしら…あ、あとチョコ。


「どれにする?てか、何味が好き?」
「え、えっと…昔はよくカスタード食べてましたけど」
「俺はチョコにすっかなー。一口やるから、俺にもちょーだい」
「え、あ、はい」


思わず頷いてしまったけれど、それはさすがにマズイんじゃなかろうか。一度、頷いてしまったことに対してNO!と言うのは何となく嫌なのでそのまま口を噤むけれども。
…というか、二階堂さんはそういうことをするの、抵抗はないのだろうか。いや、メンバーとであれば特に問題はないだろうけど、私…一応、異性なんですけどね?これでも生物学上は。
別にこの人が女性遊びの激しい人なんだ、とは思ったりしないけど、誰とでも簡単にするのかなとか、そうだったら嫌だなとか、そういうことをちょっと考えてしまう。

(…ん?何で私は、勝手にショックを受けてるんだろう)

二階堂さんは私が働く事務所に所属するアイドルで、タレントで、言うなればビジネスパートナーというやつだ。それ以上でもそれ以下でもない、特別な感情を持つような相手でもないのに。
それなのにどうして私は、他の女性とそういうことをしていたら嫌だなとか…そんなことを思ってしまったんだろう。まるで二階堂さんに恋をしているみたいじゃないか。

―――馬鹿馬鹿しい。

事務員がアイドルに恋なんて、そんなことはあってはならないんだ。ふるり、と頭を振れば、姐さん?とやや怪訝そうな声で呼ばれた。のろのろと顔を上げると、たい焼きを2つ持っている二階堂さんが眉間にシワを寄せて立っている。あーあ、イケメンが何て顔をしているんですか。


「何でもありませんよ」
「ならいいけど…ん、カスタード」
「ありがとうござ―――あっお金!」
「いーよ、このくらい。そんなに甲斐性なしでもねぇって」
「いや、ですが…!」


それ以上言うなら、拳骨一発落とすけどいい?
にっこりと笑っているはずなのに、二階堂さんの背後に真っ黒なオーラを見たような気がして、素直にお礼を言ってたい焼きに噛り付くことにしました。すると、彼は満足そうな笑みを浮かべて、私と同じようにたい焼きを食べ始める。
私も頑固だと思うけど、二階堂さんも大概だと思う。この人は何でこんなにも気にしてくれているんだろう…ただの事務員である私を二階堂さんが気にする必要なんて、少しもないのにね。


「姐さん、口開けて」
「え、あれ本気で言ってたんですか…?」
「味が2種類楽しめていいじゃん」
「……では、いただきます」


はむ、と差し出されたたい焼きに噛り付けば、カスタードとは違う甘さが口の中いっぱいに広がっていく。あ、チョコって初めて食べたけど、意外と美味しいかもしれない。
…そういえば、ピタゴラスでもそんな歌詞があったなぁ。その部分を歌ってたの、確か二階堂さんだったな。だからチョコを食べてるわけじゃないんだろうけど、ちょっと笑ってしまうかも。


「うん、意外といけますね」
「だろ?美味いよなー。俺もちょーだい」
「ああ…はい、どうぞ」


彼にされたのと同じように差し出すと、割と大口で噛り付いてきた。一瞬ではあったけど、顔が近くて、思っていた以上にドキドキしちゃうかも…!見慣れているはずなのに、一度意識してしまうとどうにもならなくなってしまう。


「カスタードも意外といける。でもやっぱ甘いな」
「ち、チョコだって甘いですよ」
「…あれ?姐さん、もしかして照れちゃった?」
「照れてません!変な勘違いしないでください!!」


ふいっと顔を逸らしたけれど、きっと二階堂さんにはその言葉がただの照れ隠しだということ、バレていると思う。
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