気がついてしまった
き、気まずい…!いや、気まずいっていうかどんな顔して話したらいいのかわからない!というか、あの夜のことをどう解釈すればいいのかが、まずわからないままで。
結局、あれから何日も経っているのに気持ちの整理がつくことは一向になくて、二階堂さんの顔を見たり、声を掛けられると挙動不審になっています。平常心!と思うのに、気がつけばあたふた焦ってしまう自分がいる。
傍から見れば明らかに何かあっただろ、という感じになってるんですよね。つられるようにして二階堂さん自身もぎこちなくなってるというか…確実に私が悪いんですけど!
(勘が鋭いメンバーには訝しがられている気がする…)
事務所に誰もいないことをいいことにはぁ、と溜息をついた。
あの時、二階堂さんはどんな意味を込めて私を抱きしめたんだろう。涙を掬ってくれた指も、抱きしめられた腕も、とても優しくて。危うく勘違いを引き起こしそうになってしまうくらいだったんだ。思い出すだけでもドキドキと心臓が高鳴って、うるさくなる鼓動は収まってくれそうにない。
あの人は、…私のことをどう思っているんだろう。今までにだって何度ももしかして、と感じる言動はあった。あったけれど、どこかからかいを含んでいるような気がして、どうしてもそれが拭いきれなくてなかったことにしてきた。
でも、それでも―――真剣な表情で、声音で告げられてこともある。だからこそ、余計にあの人の気持ちがわからない。決定的な言葉は、一度も告げられていないから。告げられた所でどうしようもないんだけど。
「あれ?縁さん、まだ残ってたの?」
「え?ば、万理さん…?!今日はもう帰られたんじゃ、」
「うん、直帰したんだけど忘れ物したのを思い出しちゃって」
あはは、と苦笑を零す万理さんは、いつものスーツではなくラフな私服だった。恐らく、家に帰って着替えた所で忘れ物を思い出したんだろう。万理さんの私服なんて見たことがなかったからちょっと新鮮。
さて、ぐだぐだ悩んでいた思考も万理さんが来てくれたことで途切れたし、いい加減仕事を再開しよう。集中しないと絶対に終わらせられない、今の心境じゃ。椅子に座り直してパソコンに再度向き合った所で、外から万理さんを呼ぶ声が聞こえた。あれ?もしかして万理さん、1人じゃなかったの?
「千…大人しく待っていろ、って言っただろ」
「だって縁の声も聞こえたから…あ、いた」
「本当だ!縁だっ」
「…え?千さん、百さん?」
ひょっこりとドアの隙間から顔を出したのは、千さんと百さんだった。まさかの登場に仕事どころじゃなくなっちゃったじゃない…!え、何でここにいるの?言葉に出していない私の疑問に答えてくれたのは、自分のデスクから忘れ物を引っ張り出してきた万理さん。
今日、一織くんと七瀬くんの付き添いで行ったスタジオで2人にばったり会ったんだって。それで良かったら飲みに行かないか、と誘われ―――今に至る、ということらしい。うわぁ、すごい…新旧Re:valeが揃ってるよ。
「縁、縁!飲みに行くのこれからだし、一緒に行こうよ!」
「えっで、でもまだ仕事が…!」
「んー?…これ、残業してまでやらなくちゃいけない程、急ぎではないよ?」
「そ、そうですけど、アイドリッシュセブンも有難いことにたくさん仕事をもらってるので出来る時にやっておかないと…」
「…でも、そんな思い悩んだ状態でやってても進まないでしょ。万、パソコン切って。行くよ」
「ゆ、千さん?!」
結局、にこやかな笑顔を浮かべた万理さんにパソコンを強制終了され、千さんに腕を引かれ、百さんに背中を押されるという完璧な布陣で私は事務所を後にせざるを得なかった。逃げられるわけがない。なんだ、この最強な布陣。
文句を言いたいけれど片や過去にお世話になった先輩で、片や現在進行形でお世話になっている上司…言えるわけがないですよね。そんなの。もう黙ってついていくことしかできないですよね。つきかけた溜息を飲み込み、ずり落ち掛けていたカバンを抱え直した。もうこの際、開き直って美味しいものを食べよう。それで気持ちを切り替えよう。
「それで?縁は何を悩んでるの」
「え、」
「どう見たって元気がない顔でしょ。もしかして自覚ない?」
「ないわけじゃ、ないですけど…」
万理さんが取り分けてくれたサラダを口にしながら、もごもごと言葉を紡ぐ。本当にこの人は変な所、鋭いなぁ。あんな少しの間で感じ取っちゃうなんて。でも素直に言えるわけもないし、どうしたらいいんだろうか。
「縁はさ、大人っぽいししっかりしてるし、未成年だってこと忘れちゃうくらいなんだけど、まだまだ年上に頼ったっていいんだぞー?むしろ、そっちの方がオレ達も嬉しいし!」
「百くんの言う通りかなぁ。縁さんは頼るってことと、甘えるってこと覚えた方がいいかも」
「………私の話では、ないんですけど」
「うん」
思わず言ってしまったのは、今から話すのは自分のことではない、友人の話だという真っ赤な嘘。
何でそんな嘘をついてしまったのかは自分でもわからない。わからないけれど、するすると言葉が溢れ出してきて…まるで他人事のように、もしかしたら私は誰かに話を聞いてほしいと願っていたのかもしれない、と思った。
「と、いうわけでして…どうしたものか、と悩んでました」
「縁って友達いたのね」
「まさかのツッコミ!失礼すぎやしませんか千さん!!」
「…まぁ、うん、その気持ちはわからないでもない」
「万理さんまで!」
「―――その子はさ、きっと相手のことが好きなんだね」
ぎゃあぎゃあと千さんと万理さんに突っかかっている私を見つめながら、百さんはとても優しい声でそう言った。彼の言葉は咄嗟に作り出した架空の友人へ向けた言葉なのに、何故だろう、私に向けられているような気がしてしまい思わずドキッとした。
見たくない、知りたくないと蓋をし続けていた奥底を、見透かされている気分だ。名付けたくない気持ちを、引っ張り上げられている気分だ。オレンジジュースを一気に飲み干しても、違和感は消えてくれない。
きっと百さんは気がついている。あの話は友人の話ではなく、私自身のことだって。百さんだけじゃない、千さんと万理さんも…わかっていながら、それを口にしないでいてくれているんだ。
「すき、」
「ドキドキするのも、ギクシャクしちゃうのも、ずっと頭から離れないのも、相手のことを思っているからこその感情で行動だよ。その子もわかってはいるんじゃない?認められないだけで」
―――認められない、認めたくない、認めてはいけない感情。
私はずっと、そう思って生きてきた。相手はたくさんの人を笑顔にするアイドルだから、私はそれを支える事務員でマネージャーだから。だから、…絶対に好きになってはいけない相手。
好きになってしまったとしても、気持ちを伝えてはいけない。墓場までその気持ちを持っていかなくてはいけない。決して、結ばれない関係なんだ。