懇願


好きだと言えたら、楽になれるのだろうか。そんな思いが浮かんでは消えてを繰り返す。結ばれるとか、この想いが彼女に届くとか、そんな贅沢を望んでるわけじゃない。ただ、彼女の傍に今までと変わらずいられたら―――そう思っているだけ、なんだ。


 Side:大和


姐さんの涙を見て、気持ちを知って、勢いに任せて彼女の華奢な体を抱きしめた。突き飛ばされることも、拒絶もなかったけど、あの時以来姐さんはどこか気まずそうにしてるっつーか…露骨に避けられてるわけじゃねーし、無視されてるわけでもない。声を掛ければちゃんと返してくれるし、マネージャーが他のメンバーにつかなくちゃいけない時は、送迎してくれたりもしてる。
今まで通りっちゃあ今まで通りなんだけど、声を掛けるとさ?一瞬だけ肩を揺らすんだよ、パッと見じゃわかんねぇけどどこか挙動不審。ミツ辺りは気がついてそうだな、何か変だってよ。
まぁ、挙動不審にさせてんのは明らかに俺が抱きしめちまったからだよなー…かと言って、あのことを謝るつもりも毛頭なくって。いや、姐さんが嫌がってたらそりゃ謝るけど。そうじゃなかったから、…謝りたくは、ねぇよな。うん。


「大和さん」
「マネージャー。どうした?」
「あの、少しお時間よろしいですか?お話したいことが…」
「―――どうぞ」


次の仕事の台本を事務所のソファで読んでいたら、自分のデスクで仕事をしていたはずのマネージャーに声を掛けられた。その顔はやけに真剣で、そんな顔で話があるって言われたら嫌な予感しかしねぇよな。
でも聞かないわけにもいかないから、向かいに座るように促した。万理さんもいねぇし、此処でも問題はねぇだろ。


「それで?話ってなに。嫌な報告?それともいい報告?」
「仕事のことではありません。―――大和さんのプライベートに関することです」
「…へぇ?」
「深入りするつもりはありませんし、土足で踏み込んでいいものではないこともわかっています。でも…それが姉に関係することだったら、私は意地でも踏み込みます」


心臓が跳ねた。プライベートに関することだと言われたこと、そしてそれが姐さんに関係していることだと断言されていることに。
我らがマネージャーは弱冠18歳ながら、なかなかに鋭い観察眼を持っていると思う。だからこそ、今回のことにも気づいてるんだろうな…姐さんの挙動不審とか、その他諸々に。


「大和さんは姉に、恋をしていらっしゃいますか?」


疑問形ではある。あるが…マネージャーの顔を見る限り、恐らくそうだろうとある程度は断定してきてるんだろう。その最終判断を俺と話すことで下そうとしているんじゃないか、そんな風に思った。
誤魔化すことはできる。一応、俺だって俳優業をさせてもらってるし演技にはそこそこ自信もある。いつものようにへらっと笑って、そんなわけないだろ、と躱すことだって容易い。できないはずもない。…だけど、今この場ではそれはしちゃマズイことだってことくらい、いくら何でも俺だって理解してるよ。


「―――してるよ。俺は縁に、恋してる」
「…やはりそうだったんですね。躱されると思っていましたが、その言葉が聞けてホッとしました」
「は?ホッとした?」
「はい!」
「いいの?大事なお姉ちゃん、適当な男にとられるかもしんないんだよ?」


自嘲的な笑みを浮かべてそう返すと、マネージャーはキョトンとした顔をして、でもすぐに破顔した。それはアイドリッシュセブンが大好きなんだ、と言ってくれる時と同じ笑顔だった。
まさかこんな笑顔が返ってくるとは思わなかったから、ちょっとお兄さん驚いてるんだけど?予想していたのは怒ってる顔、だったから。この展開は意外過ぎて、逆に笑えてくる。え、何で満面の笑み?


「大和さんは適当な人なんかじゃありません。1年も傍で見てきているんです、そのくらいわかりますよ」
「…そうかい」
「それに本当に適当な性格をしていたら、真面目な顔で肯定したりしないんじゃないですか?」
「躱されるかも、って思ってたくせに調子いいなぁ」
「そっそれは!…大和さんは、ご自身のことをあまり口にしないのでそう思っただけです」


まぁ、そうだわな。今だって話してないこと・聞かれたくないことなんて山ほどあるし、踏み込まれてガキみたいにマネージャーに冷たい言葉を言ったことだってある。そんなことを思い出せば、躱されるかもしれないって思うのは…まぁ、ごく自然なことなんだろ。俺がマネージャーの立場だったら同じようなことを思うだろうし。
もうひとつ、わからないことがある。何でマネージャーがこんなことを聞いてきたか、ってこと。この子は時々、こっちがビックリするくらい踏み込んでくることもあるけど、最近になってはあまりプライベートに関することには踏み込んでこなくなったのに。
仕事に支障が出ることとか、マズイと思ったら踏み込んでくるんだろうけど、大体のことは俺達本人にお任せってことが増えてきたと思う。だから余計に疑問だった、今回に限ってそんなことを聞いてきたマネージャーが。


「…縁ちゃんは自分のことには疎い子なんです」
「―――…わかる気がする」
「今までずっと私や、お父さんの為に生きてきたような子だから…もういい加減、縁ちゃん自身にも幸せになってもらいたい」


その相手が大和さんだったら、ってずっと思っているんですよ。
泣きそうな顔で笑いながら、マネージャーはそんな爆弾を落とした。どういう意味なのか、色々と聞きたいことがあるはずなのに、あまりにも衝撃的過ぎて何も言葉が出てこない。


「縁ちゃんを想ってくれているなら、好きでいてくれているなら―――あの子を、攫ってください」


鈍器で殴られたような衝撃、って表現は、こういう時に使うのかもしれない。
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