時が止まる


『今日の夜、時間欲しい』
MEZZO”の2人を寮に送り届け、車を事務所の駐車場に停めた所で何となく携帯に触れた。画面には新着メッセージ1件の通知が表示されている。忙しくて全然気がつかなかった…急ぎの用事じゃないことを祈りながらメッセージを開くと、冒頭の文章が綴られていたわけです。
差出人は二階堂さん。時間が欲しい、ってどっちの意味で?二階堂さんの夜の予定を開けてほしいってこと?それとも、私の予定を開けておけってこと…?!
若干、パニックになりながら震える手でスケジュール帳を開いた。全員の予定は頭に入れてあるけど、何か目で確認しないと落ち着かないというか何というか!そして二階堂さんの今日のスケジュールを改めて確認し、あのメッセージの意味は私の予定を開けておけ、ってことでした。あの人、夕方からオフで寮にいるよ。多分。
何の用事なのか、このメッセージからは全く読み取ることができない。簡潔すぎる文章だから。と、とりあえず返信をしないと…!もうメッセージが送られてきて4時間程経ってるけどね。でも返信を待ってくれている気がして、大丈夫ですよとだけ打って送信した。





「姐さーん、こっちこっち」
「す、すみません!お待たせしました…っ!」
「いや、全然大丈夫。俺が誘ったんだし」


私が返信してすぐ、彼から『20時に駅前』とだけメッセージがきた。何で駅前?と疑問に思いつつも、ひとまず了承の意を込めて笑っているうさぎのスタンプだけをぽちっとな。
その後は待ち合わせ時間に遅れないよう、必死に仕事を片づけていたんだけど…事務所を出ようと思っていた時間になってMEZZO”への出演依頼の電話がかかってきましてね。マネージャーをしている私が出ないわけにもいかないじゃないですか。それに仕事を頂けるのはとても有難いことだし。
それで色々お話をしていたら、見事に40分の遅刻をかましました。申し訳ない。着いた瞬間にスライディング土下座をするべきか、本気で悩みました。やらなかったけど。


「それでどこに行くんですか?」
「ん?着くまでのひ・み・つ」
「…うわぁ」
「お前さん、ほーんと腹立つくらい素直だな!」


深めに被ったキャップ、普段かけているのとは色も形も異なる眼鏡で簡単な変装をしている二階堂さんが、楽しそうに笑った。
そして私達は人の流れに逆らうようにして、足早に駅構内へ。ちょうど来た電車に飛び乗り、揺られること30分。どうやら目的地に到着したらしいです。


「まだ夕飯食ってないよな?」
「はい」
「八乙女にさ、美味いイタリアンの店聞いたんだ。そこ行ってみようぜ」
「意外。仲良いんですね、楽と」
「まー歳が同じだし、俺も向こうもリーダーだから。割と話すよ」


そうだ、楽と二階堂さんって同い年だったんだっけ。ゼロアリーナのこけら落としでもシャッフルユニットで同じグループだったし、私達が気がつかない所で交流を深めているのかも。それを八乙女事務所の人達―――特に八乙女社長は良しとしないでしょうけど。楽と龍さんはわからないけれど、天くんもあまり深く交流しない方がいいとは考えていそうよね。
グループ同士仲が良い、というのは、ファンにとっては嬉しいことなのかもしれないけれど。それがいい方向に転ぶか、悪い方向に転ぶかは…賭けのようなものなのかもしれない。
そんなことを考えているうちにお店に着いたらしく、外観を見て思わず溜息が零れた。さすが抱かれたい男No.1がオススメするお店だ…うん、素敵な外観。中に入ってみるとデートスポットなのか、恋人同士で来ている人が大多数。私達も、傍から見れば恋人同士に見えるのだろうか。

いやいやいや…その想像はどうなんだ、自分。いくら何でも二階堂さんに悪いだろう。


「でも何で急にご飯…?」
「あー…いや、メシはついで。ちょっとゆっくり話したくてさ」
「私と、ですか?」
「お前さんじゃなかったら、お兄さんは誰と話したらいいのよ」


あ、いや、そうですよね。うん。どうやら私は自分が思っている以上に、今置かれている状況に浮かれていて、緊張していて、パニックを起こしているらしいです。普段だったらすぐにわかりそうなことも、二階堂さんに言われないと気がつかないくらいに。
だ、だって二階堂さんを好きだと自覚して以来、プライベートで2人きりになるのって初めてで…!送迎の時に2人きりなのは別に大丈夫、頭が仕事モードになっているから問題はない。だけど、今は仕事モードになっていないから余計に意識しちゃってダメになるんだよね。無理矢理に仕事モードに切り替えられればいいんだけど、私の頭はそこまで柔軟にはできていないようです。
とりあえず、少しでも他のことに意識を向けよう。そう考えてメニューに手を伸ばす。外観から察するに、そして楽オススメのお店ということからそこそこの値段を想像していたんだけど、思っていたよりもかなりリーズナブルだった。おお…これだったら全然問題ないや。ドギマギしながら席に着いたけど、ちょっと安心した。


「八乙女が言うにはここのオススメはトマト系だと。姐さんは好きだと思う、って言ってたけどそうなの?」
「あ、はい。パスタだったらトマトソースのものをよく食べますけど…」
「へー…やっぱ一緒に仕事してたから?」
「いや、一緒に仕事していただけの相手の好みとか普通、覚えませんって。楽が変わってるんですよ」


とは言ったものの、ケータリングでトマトソースのパスタがあると必ず食べてたから…その印象が強いだけだろう。毎回食べてたら、そりゃ覚えてるってものよね。


「あ、これ美味しそう…」
「どれ?」
「この…魚介のトマトクリームパスタ」
「ん、リョーカイ。俺はどうすっかな…」


決めかねているらしい二階堂さんを視界の端に映しながら、メニューをパラパラと捲る。パスタのページしか見ていなかったけど、サイドメニューやスイーツも充実しているんだなぁ。スイーツなんてどれも美味しそうで、こうして見ていると食べたくなっちゃうな。
ランチだと大体セットがあって、メインとかデザートを選べたりするんだけどディナータイムじゃ無理だよねぇ。食べてみて美味しかったら紡くんを誘って、ランチに来てみよう。スイーツが気になって仕方ないし。元々浮かれていた気分が更に上がって鼻歌でも歌い出しそうだ、と他人事のように思っていたら、二階堂さんがあ。と声を上げた。


「姐さん、こういうの好き?」
「え?」


こういうの、と二階堂さんが指を指したのは、イギリスのティータイムに出てきそうなスイーツ…あの、3段のケーキスタンドと呼ばれるやつです。スイーツとかサンドイッチがのってる。写真のやつはスイーツのみだけど。
いや、大好きですけど…パスタを食べた後に食べきる自信は皆無ですよ?私。


「好きですけど…1人で食べきれる量じゃありません」
「これね、ディナータイム限定のやつみたいよ?パスタ2種類と前菜、それから飲み物とこのスイーツセット」
「あ、じゃあこのスイーツは2人分なんですね」
「そういうこと。好きなら頼んでみる?」
「…い、いいんですか?」
「もちろん」


にっこり笑う二階堂さんに、じゃあ食べたいです…と小さな声で返せば、より一層笑みが濃くなって私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。もう、完全に子供扱いじゃないですか…!でもお店の中で大きな声を上げるわけにもいかず、ウェイターさんを呼んで注文している彼に何も言えず、ただじとっと睨むことしかできなかった。
だけど、こうして触れられることも嫌じゃない…むしろ嬉しい、と感じてしまっているのはやっぱり、この人のことが好きだと自覚してしまったからなんだろう。相手の行動や言葉に一喜一憂するって聞いたことがあるけど、それはあながち間違いではなさそうだ。気を抜くとすぐに顔が赤くなったりしそう。気をつけなくちゃ。

ゆっくり話がしたい、と言っていたのは嘘ではなかったらしい。最近の仕事の話やメンバーのことなど、話は尽きることなく、料理がくるまでの間はもちろん、料理が全て揃ってからも会話が止まることはなくて。あれだけ感じていた気まずさも鳴りを潜めている。こんなにも二階堂さんと話をしたのは久しぶりのような気がする。


「ん、美味い」
「本当だ。パスタも前菜も美味しかったですし、当たりですね」
「さっすがアイツのオススメだわ」
「確かに」


こんな感じで終始和やかムードのまま食事を終えました。お会計時にどっちが払うかって一悶着はあったものの(私が負けて二階堂さんが全額お支払い)、その他は大きなトラブルもなかった。だけど会話が止まってしまった瞬間、気まずさが戻ってくるのは…我ながらどうなの、と思わないでもないけど。
ふっと気まぐれに空を見上げると、そこにはまん丸の大きな月。遮るものがないからか、普段よりも煌々と輝いているそれはいつにも増して綺麗だと思った。思わず足を止めて見上げていると、少し離れた所から二階堂さんの声が聞こえてくる。
しまった、急に足を止めちゃったから…すみません、と視界を月から彼へ移すと、二階堂さんはじっとこちらを見つめていた。どんな表情をしているのかは、キャップのツバに隠れてしまって見えないけれど。


「二階堂、さん…?」
「『月が綺麗ですね』」
「ッ?!」
「―――知ってる?このフレーズ」
「知ってます、けど……」


カツン、と静かな街に靴音が響く。
キャップを外し、月の光に照らされた二階堂さんはとても優しい笑みを浮かべていた。


「俺、お前さんが好きだよ。縁」


そんな、…都合のいい夢、あってたまるか。
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