気持ちを消さないで
告白なんて甘酸っぱい出来事、私には一生縁がないと思っていた。でもそれはつい最近、もっと詳しく言えば数日前にとある人の言葉により見事に覆された。
相手は二階堂さん、私が片思いしている相手であるけれど…それ以前に彼は私が勤めている事務所の看板アイドルグループの1人だ。どう考えたってアイドルである彼と、裏で支えるべき立場の私が恋人関係だなんてなったらマズイでしょう。
私はこの気持ちを墓場へ持っていこうと決めていたのに、あの人はするりと言葉にしてしまった。こんな展開、起きてしまってはダメなのに。
「あーねーさん!」
「ぅわっ…!」
「あ、ごめん!驚かせたか?!」
「三月さん…いいえ、私がボーッとしてしまっていたので」
三月さんのせいではありません、と首を横に振ると、まだ不安気な瞳でそうか?と口にした。なので頷きを1つ返せば、ようやく笑ってくれました。でも何か気になることがあるのか、その笑顔はすぐに引っ込んでしまったけれど。
いつだって笑みを浮かべている三月さんがこんな顔をしているなんて…何か問題が起きたのだろうか?仕事で?それともメンバー内で?あ、寮の設備で何か不具合が発生した、ってことも有り得るのか。
ありとあらゆる原因を脳内にピックアップしていくけれど、三月さん自身の口から紡がれたのは―――そのどれでもありませんでした。
「姐さんさ、今度こそ大和さんと何かあったろ」
ピタリ、と私は完全に動きを止めた。止めざるを得なかった。だってそうでしょ?!三月さんエスパーなの?!告白されたことなんて、私、誰にも言ってないのに!二階堂さんはわからないけど、三月さんの口ぶりからすると言ってない感じかな…!言われてても困るけど。
ポーカーフェイスは得意なはずだった、得意だと信じていたけれど、今はその自信すら砕け散りそうな程に体全体で彼の言葉を肯定してしまっている気がする。どうしてですか、と問いかける声も震えてしまっていて、情けないなぁもう。
「というか、今度こそって何ですか…」
「ちょっと前にもギクシャクしてたから。今回の方がひどいけど」
「……マジですか」
「大マジ。」
うっわぁ…完全にやっちゃってるじゃないか、私!もうここまできたら誤魔化しもきかないだろう、と半ば諦めモードでデスクに突っ伏した。どうしよう、これは何があったのか話さなくちゃいけないパターンか?でも誰かに話を聞いてほしい気分でもある…あるけど、同じグループのメンバーに相談―――というか、所属アイドルに相談する事務員がどこにいるんだって話でして。
うん、やっぱりこれはないな。心配してくれている三月さんには申し訳ないけれど。どうしよう、と本気で頭を抱えたくなっていると、デスクの上に何か書かれている切れ端が置かれた。これ、…住所とお店の名前?
「そうだなぁ…今日の16時半にそのお店に来てよ。オレが元気にしてやっからさ!」
「はい?」
「姐さん、甘いもの嫌いじゃない?ケーキだったら何が好き?」
「甘いもの…?大好きです。ケーキは、割と何でも食べる…」
「ん、そっか。わかった!じゃあまたあとでなー」
「え、あ、はい」
嵐、過ぎ去る。三月さんの出て行った事務所はしーん、と静まり返っている。そしてそのタイミングを見計らったように万理さんが戻ってきて、私の顔を見るなりどうかした?と首を傾げたのは言う間でもない。
「三月さんがくれたメモに書いてあった住所…ここだよね?」
言われた通りの時間に、託されたメモに書いてある場所まで来たものの。そこには定休日、と書かれたプレートがぶら下がっている建物があるだけだった。看板に書かれている名前も、メモと同じだったけど定休日って…でも三月さん、ここに来いって言ってたよねぇ?でも定休日…入れるわけがないのです。
え、ここまで来て立ち往生?ひ、ひとまず三月さんに連絡を取ろう!彼も近くに来ているのは間違いないんだから。ラビチャを起動して着きました、とだけメッセージを送ると、すぐに了解!のスタンプが送られてきた。…うん、それで私はどうしたらいんですかね?待っていればいいの?
連絡しても解決しなかった、と頭を抱えていると、パタパタと誰かが走ってくる音。そして建物の影からひょっこりと顔を出したのは、エプロンをした三月さんだった。
「姐さん!こっち」
「えっちょ、三月さん…?!表に定休日って、」
「そう。今日は店休みだからさ、許可もらって借りたんだよ」
「許可?借りた?」
彼の紡ぐ言葉の意味がわからない。どういうこと?
「この店、オレと一織の実家なんだよ」
「………あ、そういえばこんな名前だったかも」
和泉兄弟の実家がお店をやっているのは聞いていた。お店の名前も聞いていたような気もするけど、行くことはないだろうなと無意識に思っていたからしっかり覚えていなかったのかも。記憶を必死に手繰り寄せ、そして思い出したくらいだもんね。でもまさか、来ることになるなんて思いもしなかった。
だけど、私は何故お店に呼ばれたんだろう?この場に呼んだ肝心の三月さんは奥の厨房に引っ込んでしまい、ガランとしているカフェスペースにいるのは私だけ。これは、…さすがにどうしたらいいのかわからなくなってきた。私が座っている場所からでは、ガラス張りになっているらしい厨房の様子は一切見えないから、彼が何をしているのかすらわからない。甘い香りはするけど。
手持ち無沙汰になって、どうしたらいいかもわからないし、とりあえず販売スペースへ行ってみようと立ち上がった瞬間、三月さんがひょっこり顔を出した。それもたくさんのケーキを持って。
「わ、ケーキがたくさん…!」
「アラカルト用のケーキだからそんなに大きくないし、これなら数食えるだろ?」
「そうですね。…でも何故?」
「ん?元気がない時、悩んでる時は甘いもんが一番だからな!」
ようやくわかった。三月さんがお店へ私を呼んだ理由。元気づけようと、してくれているんだ。その気持ちが温かかくて、嬉しくて、でもくすぐったくて…何とか絞り出した言葉は、お礼の言葉だけだった。
だけど三月さんはそれで十分だったらしくて、太陽みたいな笑顔を浮かべて向かいの席へ腰を下ろした。
「ほら、食べて。姐さんの為に作ったんだから」
「うう、贅沢すぎますね…アイドル・和泉三月の手作りスイーツ独り占めなんて」
「ははっそうでもねぇって。ウチのメンバーなんてしょっちゅう食べてるし」
「それは同じグループですから」
ひとしきり笑って、私は並べられているケーキに手を伸ばした。ショートケーキやチョコレートケーキ、それからタルト…たくさん種類がありすぎて、どれから食べようか迷ってしまう。
悩んだ末に選んだのは、オーソドックスなショートケーキ。一口サイズのはずなのにスポンジはふわふわで、生クリームも口当たりがすごく滑らかだ。三月さん作のスイーツは前にも食べたことあるけど、本当に美味しい。一口サイズだと食べやすいからどんどんイケちゃうし、食べすぎ注意かも。
あ、タルトも美味しい…!噛みしめるようにしてケーキを食べてたら、その様子をじーっと見ていたらしい三月さんが「少しは元気出たか?」と呟いた。
「すみません、心配かけてしまって」
「そのくらいどんと来い、だけど…姐さんって家族にも悩みとか言い出しにくいタイプだろ」
「う……」
「あ、図星?…だからかな。気分転換してもらいたいな、って思ってさ」
「ありがとうございます」
話したくないことなら聞かないけど、言った方がスッキリすることもあるかもよ。
そう言って笑った彼は紅茶のおかわりを淹れてくる、と再び厨房へ姿を消してしまった。言った方がスッキリする、か…それは確かにそうなのかもしれない。1人で悶々と悩んでいるだけではドツボにハマるだけなのは目に見えてるし、現にハマってる気がするし、それを踏まえて考えると三月さんの言う通り、誰かに話をした方がいいのかもなぁ。
仕事に支障をきたすようなことはしないけど、でも二階堂さんとギクシャクしてるって当てられちゃったしこの先はどうなるかなんてわからない。わからないのはわかってるし、どうにかしなくちゃいけないのも頭ではわかってるんだけど…内容が内容なんだよなぁ。これ。簡単に相談したり、話したりしていいものではないんだって!ああもう、頭抱えたくなってきた。
「姐さん、姐さん。眉間にシワ寄ってる」
「あ。」
「たく、気分転換の意味わかってるかー?」
「わかってはいますけど…」
いつの間にか戻ってきていた三月さんに眉間を指摘されて、思わず手で隠してしまった。もう見られてるんだから隠しても意味はないんだけど。何となくバツが悪くって、彼から視線を外してケーキを一口。
「…なぁ、姐さん」
「へ?あ、はい」
「オレさ、好きになっちゃいけない相手はいないと思ってるんだよね」
「…?はい」
いきなりどうしたんだろう?何のことかわからずに首を傾げると、三月さんは何も言わなくていいからただ黙って、ケーキ食べたりしながら聞いてて、と付け足して再び物語を紡ぐような口調で話しだした。
人を好きになることに理由とか理屈とか、そんなものはないんだってこと。無理に気持ちを押し殺す必要もないんだってこと。
とても穏やかな口調で、瞳で紡ぎ出されるそれはまるで私のことを言っているかのようだった。
「そりゃあもちろん、浮気とか不倫とか…そういう意味で好きになったらマズイ相手はいるけどさ」
でも、と口を開いて、彼はすぐに口を閉じてしまった。そしてしばらく何かを考えているような表情になって、
「好きにならなきゃ良かったとか、相手の気持ちを否定するようなことは…しないでやって」
「…え?」
「どんな答えを出すかは本人次第だから、それに関しては何も言わない方がいい。言うつもりもない。でも、…やっぱりさ、頭ごなしに否定されんのって辛いから」
そう言って笑った三月さんは、どこか辛そうに見えたんです。