的確過ぎる助言
三月さんお手製のケーキを食べて、気持ちが浮上しないわけがなかった。あの人の作るものは、笑顔は、他人に幸せと元気を運んでくれると思う。それは間違いないと思うんだけど、確かに幸せと元気は頂いたのだけれど…でも完全に気持ちが晴れたか、と聞かれると、それは否だった。私の思いとか、そういうものを話したわけでもないからスッキリしているわけもなく。まぁ、三月さんに話すのはダメだろうとブレーキをかけていたから、それに関しては全然問題ないんだけどね。
だけど、いつまでも気に掛かるのが―――三月さんの言葉達だ。好きになってはいけない相手はいないとか、人を好きになるのに理由も理屈もないとか、無理に気持ちを押し殺す必要もないとか、その他諸々。私は何も言っていないし、きっと二階堂さん自身だって言っているわけがないのに…あれはまるで、私の心の内を見透かしているかのような言葉だったと今でも思う。この人は全部わかっているんじゃないか、って。きっとそんなことはないんだろうけれど。
「相手の気持ちを否定するようなことはしないで、か…」
否定をするつもりはない、とは嘘でも言えそうにない。だって私は、いつか仕事以外で二階堂さんと会ってしまったら即座に言ってしまいそうだったから。私なんか好きになったらダメですよ、って。
思わず溜息が零れた。きっと三月さんと話をしていなかったら、私は二階堂さんに彼にしないで、と言われた行動を起こしていただろう。さっきも言ったけど。でも、先手を打たれてしまった今はそうするわけにもいかなくなったわけで。
それはつまり、しっかり二階堂さんとのことを考えろと言われているような感じがするのです。曖昧にせず、逃げずに向き合えって。できることなら逃げたかったです。逃げ道を塞いだ三月さんを責めることはしないけど、ちょっと…本当にちょっとだけズルいなぁと思ってしまったのは秘密だ。
―――カタン、
「…縁ちゃん?」
「!紡くん…おかえり」
「ただいま。どうしたの?項垂れちゃって」
「―――…ううん、何でもない。ご飯できてるよ」
「食べる!カバン置いて着替えてくるね」
パタパタと自分の部屋へ消えていく紡くんの背中を見つめ、ゆっくりと立ち上がる。あの子も帰ってきたことだし、いい加減に頭を切り替えないといけないのにぐるぐると回るのは、三月さんが紡いだ言葉達。それが1つずつ浮かんでは消え、浮かんでは消え、を繰り返す。
また溜息をつきそうになるけど、それを寸での所で飲み込む。いけない、いけない…溜息なんてついちゃったら紡くんに余計な心配をかけてしまうじゃないか。それはダメ、絶対にダメだ。うん。カレーをかき混ぜることに集中しようとするけど、ふとした瞬間に思考は昨日のこととか、二階堂さんに告白された日を思い出してしまってもうどうしようもない。何だコレ…!リアルに頭抱えたいですよ、私。
それは結局、紡くんがリビングに戻ってきても、食事をしている間でも続いた。1つのことが頭を占める、とはよく聞くけれど、今の状態が正にその言葉通りってことだよね。
「ねぇ、紡くん」
「ん?」
「君は好きな人、いる?」
「へっ?!」
食後のコーヒーを飲みながら、適当につけた番組を見ている最中。何となしに口をついて出た言葉。双子の妹はわかりやすいようでわかりにくい。今みたいに不意を突いて聞けば顔とか、あとは声に滲み出るけど…普段、というか仕事中は決して悟られないようにしているんだろうな。
私がそれをなんとなーく察してしまうのは、果たして双子だからなのか。…まぁ、今はそんな話をしたいのではないんだけど。うん、軌道修正しよう。そんなわけで私の質問に彼女は、顔と声でとてもわかりやすい返事をくれました。いるんだね、好きな人。
「どっどうしたの急に!縁ちゃん、恋バナとか苦手だったよね…?」
「好き好んで話したりはしないね」
「聞かれても話さないじゃない。私、いまだに縁ちゃんの初恋の相手聞いたことないもん」
「…言ってないっけ?」
「聞いてない。…でも今はその話はいいや。どうしたの?何かあった?」
なにか、…確かに何かあったのだけれど、私はそれを言葉にできず口ごもってしまった。どうしよう、数分前の私よ、何であんな話を振ったんですか。今正に、大ピンチだ馬鹿野郎。
内心、冷や汗ダラダラで、でもその動揺を彼女に知られたくなくって必死に平静を装いながらカップに口をつける―――けど、いつの間に飲み終わっていたのか、中身は空っぽだった。飲みきったことくらい、気づこうよ。
「―――縁ちゃん」
「え?」
「縁ちゃんはもう少し欲深くなってもいいと思う」
何も、言葉が出てこない。ただただ、静かな部屋にカップを置く音だけが響き渡る。黙ったままの私を見つめ、紡くんは見慣れた笑顔を浮かべる。
肝心な言葉は言わない、でも…私と彼女は双子だから、何か通じるものがあるのかもしれない。だって昔からそうだったから。
「大丈夫。もう大丈夫だから」
「ッ、」
「私のことも、お父さんのことも気にしなくて大丈夫だから、縁ちゃんが本当に手に入れたいものを諦めたりしないでね」
欲しいものなんて、本当に手に入れたいものなんて…そんなの―――。