前に進もうと思ったの


諦めようと思ってた。諦めなくちゃいけないって思ってた。望むことも、願うことも、何もしちゃいけないって…この想いも、気持ちも何もかも全部飲み込んで、それで墓場まで持っていかなくちゃいけないって思ってた。それが一番だから、事務所の為にも、二階堂さんの為にも。
そう、思ってたはずなのに。三月さんや紡くんの言葉でその決意が揺らいでいる自分に気がついて。望んでもいいのかもしれない、伝えてもいいのかもしれないと思い始める自分に嫌気が差す程だ。…なのに、一度思ってしまったソレは一向に消えてくれる様子がない。むしろ大きくなっていく一方かも。
今まで考えたこともなかったけど、自覚してしまうと意外と私は欲深くて、諦めが悪いのかもしれない。だから嫌なんだ、認めたくないことを認めて、自覚してしまうことは。それでも1つだけハッキリと言えるのは、二階堂さんを好きにならなければ良かったとは一切思ってないこと。


「寮に着きましたよー。三月さん、六弥さん起きてくださーい」
「ううー…」
「まだ眠いデス…」
「はいはい、疲れてんのはわかってっから降りるぞお前ら。姐さんが困ってる」


都心から少し離れた場所でロケがあったピタゴラス組。紡くんは残りの4人の撮影に同行している為、こっちには私が同行していたのです。そして超ハイテンションにロケを進め、疲れがピークだったのか、三月さんと六弥さんは車に乗って数分で爆睡してしまった、という。
まぁ、あれだけ走り回ってはしゃぎまくれば疲れると思うけど。全力で楽しんでいた3人は、見ていてとても和みました。特に三月さんは可愛かった。写真撮ってしまいたいくらいだったもん。撮影中だったからそんなことしなかったけど。
そんな事情があったので、2人はいまだお疲れモードで夢の中。助手席に乗っていた二階堂さんが後部座席のドアを開け、三月さん達を起こしてくれているけれど返ってくる声は完全に寝惚けてるなぁ、これ。私もできることなら寝かせておいてあげたいけれど、私もまだ仕事があるし、車も事務所の駐車場に返さなくちゃいけない。
それにずっと車の中で寝ていたら体がバッキバキに固まっちゃうし。何より休まらないでしょう、座ったままじゃ。だから心を鬼にして起こさなくてはいけないのです。…いや、起こしてるの私じゃないですけどね。


「起きませんねぇ…お2人」
「悪いな、姐さん。まだ仕事残ってんだろ?」
「ええ、まぁ。でも予定より早く戻ってこれましたから、そこまで急がなくても大丈夫です」
「でもあんまり遅くなるわけにもいかんでしょ。おーい、ミツ、ナギ!いい加減、起きやがれ」


痺れを切らしたらしい二階堂さんは、ついに2人の頬をペチンッと少し強めに叩いた。いい音がしましたね。
すると、三月さんの目がようやく薄らと開いた。


「よーやく起きたか…ほら、寮に着いたから降りろ」
「………ぅわっオレ、寝てた?!ごめんっ!!ナギ、起きろ!もう寮に着いてる!!」

―――ベッチン!

「アウチ!何をするのですかミツキ!!」


うーわーぁ、めちゃくちゃ痛そうな音が聞こえましたけど。六弥さんのおでこは果たして大丈夫なのだろうか。アイドルであり、モデルでもあるのだから顔は大事。特に六弥さんは外人さんだからか、とっても綺麗な顔立ちをしていらっしゃるし。綺麗な顔に傷がついてしまうのは頂けません。
何とか覚醒してくれた2人は慌てた様子で車を降り、二階堂さんに促されそのまま寮へと入っていった。最後に私にお疲れ様、ありがとう。という言葉を残して。三月さんのああいう所が好かれるんだろうなぁ。うん。


「あー…っと、じゃあ俺も戻るわ。お疲れさん。あんま遅くまで残んなよ?」
「―――あ、の!」
「ん?どした」
「二階堂さん、明日はオフでしたよね…?」
「そーだな。俺だけ1日休みだったけど」


言わない方がいいと思っていた。でも、それでも、どうしたって―――好きだという気持ちが、消えてくれないの。


「今日の夜、22時に事務所の駐車場でお待ちしてます。来てくださると、嬉しい、です」
「…へ?ちょ、姐さん?」
「では、私は事務所に戻りますね!お疲れ様です!」
「あっおい?!」


珍しく焦った顔をした二階堂さんをそのままに、私は逃げるように車へ乗り込みアクセルを踏んだ。ミラーに映り込んだ彼の姿が小さくなる頃、私の心臓はさも今、動き方を思い出しましたってくらいにドクドク脈打っていてすごい苦しいんですけど…!

(あー…言ってしまった。これでもう、逃げることはできなくなりましたよーっと)

はは、と零れ落ちた笑いは、我ながらビックリするくらいに乾いている。自嘲的な笑み、と言って問題はないだろう。だけどこれで、一歩前に進めるかもしれない。
あの人は返事なんて求めていないかもしれないけれど、考えて、考えて、悩んで、諭されて、その中で辿り着いた私なりの答えを聞いてほしい。聞きたくない、と言われようとも、耳を傾けてくれなくても―――私は貴方に言いたい言葉があります。伝えたい想いがあります。


「エゴだと言われても、聞いてもらいたい」


さぁ、その為にはまず山になっている書類を片づけなくちゃ。
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