呟きは溜息と共に消える
―――今日の夜、22時に事務所の駐車場でお待ちしてます。来てくださると、嬉しい、です。
ロケ帰り、彼女から告げられた言葉を何度も反芻して、正直頭を抱えたくなった。何となく思わず言ってしまった告白の返事をしてくれるんだろうけど、…僅かに赤く染まった頬を見てしまったから、変に期待をしてしまいそうになる。もしかしたら、色好い返事をくれるんじゃないかって。
side:大和
ミツとイチが作ったメシを食って、各々好きなように過ごしている21時。俺はソファに座って台本に目を通しているものの、刻一刻と近づいてくる約束の時間に何だか落ち着かねぇ。それでも必死にセリフを覚えようと視線を滑らせるけれど、頭に入ってくる様子は微塵もない。
…ダメだ。これは事が終わるまで集中できそうにねぇな。潔く諦めてテレビでも見るか。まだ寮を出るには早いし。しっかし、何て言い訳をして出かけるかなぁ。未成年組はさっき揃って部屋へ戻っていったから問題ないだろー、ソウも疲れたからってもう休んでるし…最後に残ったのはミツ、なんだよな。車の中でぐっすり眠っていたからか、今はもう元気ハツラツって感じだし。
「大和さん、明日オフだろ?ビール飲まねぇの?」
「あー…うん、今日はいい」
「ふぅん…?珍し」
これは完全に訝しがられてんな。まぁね?オフ前日のお兄さんは、いつだってビールを何本も飲んでる生活だけれども。いや、今日だって飲みたいけどさ…これから姐さんに会う予定あるし、酔っ払った状態でいくわけにもいかんだろ。さすがに。あの子だったら仕方ないですね、って笑ってくれそうな気もしてるけど。それでもあの、一応マナーとして?
誰に言い訳してんだ、ってことを胸の内でつらつらと並べていたら、ボスンッとミツが勢い良く隣に座った。おい、万年七五三…もう少しゆっくり座れよ。思いっきり沈んだぞ、ソファ。小言の1つでも、とミツの方を向いたら、視界いっぱいに緑色。なんじゃこりゃ、と思ったら、どうやらそれは俺のマグカップだったらしい。湯気が立ってるから何か入ってるっぽいけど、…あ、コーヒー?
「…サンキュ?」
「ははっなんで疑問形!」
「いや、何となく」
「自分の分を淹れたついでだよ。いらなかった?」
「いる。ちょうど何か飲もうかと思ってたとこだし」
「そ?なら良かった」
テレビの音だけが響く空間。時折、ズズッとコーヒーを啜る音や、テレビに向かって発せられているであろうミツの独り言が聞こえてくるものの…普段に比べれば、何十倍も静かな空間だ。
「どっか行くの?」
「なんで」
「部屋にも戻らないし、ラフな格好になってないし、ビールいらないって言うから」
「…見事な推理だこと」
「まだ踏み込んでも平気な部分?」
「まぁ、…これから出かけるし、さすがにまだ起きてるお前には言っとかなきゃダメでしょ」
コーヒーを飲み干して時計を見れば、21時40分。うん、いい時間だな。というか、まだ連絡入ってねぇけど仕事終わってんのか?姐さんの奴。自分で22時にって言ったわけだから、それまでには終わらせてくるんだろうけど。なぁんか心配になってきた。別に待つのは苦じゃねぇけど(多分、姐さんオンリーだろうけどな)、無茶されんのもなぁ。
直接、事務所まで行くか?けど、マネージャーとか万理さんがいたら説明しづらい。どうしたんですかって絶対に聞かれる。馬鹿正直に答えるっつーのも、…何かな。
とりあえず行くか、駐車場に着いたら連絡もしよう。それが一番無難だ。んで、仕事の進捗と事務所に1人でいるのか聞いて、姐さんだけだったらそのまま事務所に行っちまえばいい。
「んじゃ、ちょっと行ってくる。遅くなるだろうから先に寝てろよー」
「さすがに寝るけど、…未成年もいるし、アイドルなんだから朝帰りとかすんじゃねーぞおっさん」
「んー、それは多分ないだろうから大丈夫」
だって、会うの姐さんだし。俺以上にそういうの気ィ遣うだろ。何となく言うのは憚られたけど、ミツのことだから察してはいる気がする。でも色々聞かれるの嫌だし、こえぇから敢えて何も言わない。
でもまぁ、…ミツとソウには話聞いてもらった恩があるし、結果くらいは話してもいいのかもな。告白したことすら話してねぇけど。パンツの後ろポケットに鍵と財布、それと携帯をねじ込んで寮を後にした。
「緊張してるとか、マジでガラじゃねぇなぁ…俺」