アイドルの寮に潜入!
その日はいつも通り、事務所で書類整理などの事務仕事とMEZZO"のお2人の撮影に付き添っていた。それも無事に終わり、事務所に戻ってきたのが今から数分前のこと。ドアを開けると二階堂さんと六弥さんと三月さん、それから万理さんと紡くん、ここまでは大体いつもの顔ぶれだ。メンバーがいることは何も珍しいことじゃありませんので。
でも更に…普段は社長室にいることが多い社長が、そこにいらっしゃった。何か大きな仕事でも入ったのだろうか?でも何か眉がハの字になっているし、そういうわけでもなさそう?
「あ、おかえり。環くん、壮五くん、縁さん」
「ただいまーバンちゃん」
「お疲れ様です。社長、万理さん」
「うん、お疲れ様。縁、ちょっといいかな?」
「?はい」
あれ?社長ってば、まだ仕事中なのに呼び方が普段のものに戻ってるけど。疑問に思いながらも近寄れば、紡くんが社長がこれから出張で3日程、家と事務所を開けることを教えてくれた。今回は万理さんも秘書代わりについていくことになったそうです。うん、それは仕事だし仕方ないんじゃないかなぁ。
幸い、仕事は全て教わっているしわからないことはそこまで多くはない。ホームページの更新もできるし、書類整理やスケジュール管理、電話番などそれらも問題はないと思う。ライブはしばらく予定はないし、…うん、お2人がいない間もきっちり仕事はできそうだ。だけど、社長は浮かない顔をしているし、万理さんはそんな社長を見て苦笑いを浮かべてる。何事ですか。
「2人だけで家にいさせるのは心配で…!」
「いきなり父親に戻らんでくださいよ、社長」
「さっきからずっとこうなの。大丈夫だ、って言ってるのに…」
「紡くんの言う通りだよ。私達ももう子供じゃないんだから」
そう言っても社長は2人きりでの留守番にいい顔をしない。これが小学生とかだったら、その心配も頷けるんだけど…今の私達はもう18歳だ。あの頃より無知でもないし、危機感がないわけでもない。留守番くらいわけないんだけど、社長―――お父さんは何が心配だと言うの。
「子供じゃないと言ってもまだ未成年だし、女の子だからじゃないかなぁ。社長が心配してるの」
「万理くんにお願いできればいいんだけど、彼は出張に付き添ってもらう予定だし…あ、ホテルに泊まるかい?」
「何言ってるの、お父さん!私と縁ちゃんだけでも大丈夫だってば」
「……あのー、口挟んでもいいっすか?」
ソファに座って静かに傍観していた二階堂さんが、おずおずと手を挙げながら口を開いた。どうしたんだろう、と振り向けば、見慣れた笑顔を浮かべている。
何か良案でも浮かんだのかもしれない、と耳を傾けると、俺達の寮に来るのは?と仰いました。え、アイドリッシュセブンの寮に?
「皆さんの寮に、ですか?」
「空き部屋も布団もありますし。まぁ、男だらけで心配の種は増えるかもしれませんが、何かあった時にすぐ対処できるとは思いますよ」
「ああ、皆が一緒なら心配ないんじゃないですか?社長」
「うーーーーーーん…まぁ、家にいさせるよりはいいかなぁ…」
それでも何か思う所があるらしく、社長は腕を組み、目を閉じた状態で何かを考えているみたい。二階堂さんと一緒に座っていた六弥さんと三月さんはいい案じゃん!と嬉しそうにしているし、四葉くんもマネージャーと姐さんこっち来るの?!と若干、目をキラキラさせています。逢坂さんはそんな四葉くんをまだ決まってないから、と宥めている。
万理さんはこの案でほぼ決まりだろう、と当たりをつけたのか、にっこり笑みを浮かべてデスクの上を片づけ始めた。あ、そうか。出張についていくって言ってたもんね、そろそろ準備しないと間に合わないのかも。…と思ったんだけど、肝心の社長自身がまだ考えていることを思い出し、まだ大丈夫なんだなと思い直しました。
そして社長が考え中モードになって5分程経った頃。ようやく考えがまとまったようで、社長がよし、と呟いた。さあ、どうすることに決めたんだろう?ホテルに泊まることだけは勘弁してほしいなぁ…アイドリッシュセブンの人気が出たことで、事務所の経営は落ち着きつつあるけれど、お金に十分な余裕があるわけではない。できれば無駄なお金は使いたくない、というのが正直な所なのだ。
「…うん、今回は大和くんのお言葉に甘えるとしよう。けれど、他の皆もそれで構わないのかい?」
「俺達は全然!多分、一織と陸も喜ぶと思います」
「Yes!プリンセス2人が我が寮に…!何と素晴らしい!!」
「じゃあ、娘2人をよろしく頼むよ。…ああでも、手を出したらどうなるかわかっているよね?」
「はい…!」
後に二階堂さん、三月さん、逢坂さん、六弥さんは社長のあの笑みは、本気で怖かったと教えてくれました。過保護な父親で本当にすみません…!所属アイドルに何てこと言ってるんだ、あの人は。
まぁ、そういうわけで今日から3日間、アイドリッシュセブンの寮で寝泊まりすることになりました。でもメリットは多いかなぁ…仕事やスケジュールの相談もすぐできるし、撮影に行くのにも割と楽そう。だって、皆さん一緒にいるんだもん。迎えに行く手間は省ける―――と思ったけど、車は事務所の駐車場に停めているからあまり変わりはないか。
そんなことを考えている間に、社長と万理さんはバタバタと事務所を出て行った。あ、やっぱり時間なかったんだ…着替えの準備とか大丈夫なのかなぁ、2人共。
「っしゃ!そうと決まれば買い物に行かねーとな。マネージャー、姐さん、夕飯なに食いたい?」
「えっい、いいですよ!急に決まったことですし、私と縁ちゃんは食べてからそちらに伺いますから!」
「別に今から作るから問題ねーって。そうでもしないと、2人共、日付変わるくらいまで仕事しちゃうだろ?」
三月さんの指摘に私も紡くんも、うっと言葉を詰まらせた。
「oh,ダメですよマネージャー、ユカリ!休む時は休まないと、体調を崩してしまいマス」
「ナギの言う通りだな。諦めてミツのメシ食いに、早めに来いよ」
「うー…」
「ってわけで!なに食いたい?なにが好き?」
「とても楽しそうですね、三月さん…」
紡くんの言葉に、激しく同意します。だけどまぁ、深夜に寮へお邪魔するのはさすがに失礼か…七瀬くんなんて帰ってくるまで寝ないで待つとかしてしまいそうだし、これは本当に早めに仕事を切り上げる必要がありそうだ。
苦笑を浮かべて、20時までには行けるよう努力しますと伝える。
「食事は三月さんが作るのが楽なもので構いませんよ?」
「えー?どうせだったら2人の希望を聞きたいんだけど」
「…どうしよう、縁ちゃん」
「うーん…私はそこまで食事にこだわりないし…紡くんの食べたいものは?」
「えっ私?…そうだなぁ、お魚食べたいかも」
「魚か…だったら煮魚かな、まだ時間あるし!姐さんはいいの?何でも作るぜ?」
と言われても、本当に食べたいものが浮かばないし、さっきも言ったようにこだわりがあるわけでもないので大丈夫です、とだけ返しておいた。でも三月さんは気分を悪くされた様子もなく、そっか!といつも通りの笑みを浮かべていらっしゃる。
何とかまとまった所で、三月さん達は買い物に行くらしい。また後でなー、と彼らが帰っていった後は、事務所はビックリするくらいの静寂を取り戻した。まぁ、残ってるの私と紡くんだけだしね。静かなのは当たり前なのだけれど。
「…仕事、片づけちゃおうか」
「うん。早く片付けて、皆さんの所に行こう。環さんにも早く来てね、って言われちゃったし」
「20時までに行くって言っちゃったしね。それに着替えも取りに帰らないといけないもの」
「あっそうか、そうだよね!よし、急ごう縁ちゃん」
「リョーカイ、紡くん」
それからしばらく集中し、キリのいい所まで終わらせてからパソコンの電源を切れば、あっという間に18時を回っていた。ん〜…ちょっと集中し過ぎたな、疲れた。隣のデスクで仕事をしていた紡くんも終わったのか、パソコンの電源を切って散らかしていた書類をまとめている最中。
何とか仕事も片付いたし、これから戸締りして、家に帰って準備をしてから寮に向かっても20時に十分間に合うな。
「よし!縁ちゃん、戸締りして帰ろう」
「うん。あ、紡くん給湯室の火の元の確認をお願いしてもいい?」
「わかった!」
紡くんに急かされるまま準備を済ませ、これまた急かされるまま寮へと向かう。
インターホンを押せば、すぐにバタバタと走ってくる足音が聞こえて勢い良くドアが開きました。
―――ガチャッ
「マネージャー、縁さん!いらっしゃい!!」
「2人共、おっせーよ!」
「これでも頑張ったんですが、…すみません」
勢い良く開かれたドアの先には、笑顔いっぱいな七瀬くんと待ちくたびれた四葉くんがいた。四葉くんはきっと、お腹が空いているんだろうなぁ。仕事終わりだったし。紡くんと苦笑を浮かべながら2人と会話していると、リビングから顔を出した二階堂さんが早く上がってもらえよ、と笑っていた。
うん、七瀬くんがとてもいい笑顔で話しているから言えなかったんだよねぇ…楽しそうなんだもん。慌てた様子でごめんね!と謝ってくる七瀬くんに大丈夫ですよ、と返しながら、寮にお邪魔した。中に入ると途端にいい香りがしてお腹鳴りそう…!何でお醤油の香りってこんなにも食欲そそるんだろう。
「お、来たなー2人共。お疲れー」
「お疲れ様です、マネージャー、縁さん」
「一織くんもお疲れ様です」
「お疲れ様です!一織さん」
リビングにはもう7人が揃っていて、テーブルの上にも所狭しと料理が並べられている。もう本当に私達が来るのを待つだけ、という感じで、遅くなったことにちょっと罪悪感を感じてしまう。いや、告げていた時間よりは早く来れたのだけれども。
「マネージャー、縁さん。荷物は適当に置いちゃって大丈夫だよ」
「あ、はい!ありがとうございます、壮五さん」
とはいえ、邪魔にならない所の方がいいよね…壁際の、足を引っかけたりしなさそうな場所に紡くんの荷物と一緒に置いておくことにした。ここなら邪魔にならないと思うし、大丈夫だよね。
ついでに着ていたジャケットも脱いで、荷物の上に置いておくことにした。室内なら着ていなくても寒くないし。
「姐さーん、準備できたからこっち来いよ」
「あ、すみません。手伝わないで…」
「いーって!今日、マネージャーと姐さんはお客さんなんだしさ」
準備とか片付けとか、全部俺達に任せちゃっていいんだよ。
三月さんはそう言って見慣れた笑顔を浮かべた。彼は本当に屈託ない笑顔を浮かべる人だなぁ、と思う。七瀬くんや四葉くんもそうだけど、裏表がない、心底楽しいんだ・嬉しいんだって笑顔。だからきっと、今の言葉も本心なんだと思う。
芸能界にいてこんな笑顔を浮かべられるのは、正直すごいなぁと思うんだよね。七瀬くんの天然っぷりもすごいと思うけど、それはあの、何か次元が違うというか。
(三月さんのファンは、この笑顔にいつも元気をもらっているんだろう)
WEB番組に届く三月さん宛のメールにも、元気をありがとうって書かれていることが多いって聞いたことがあるし。本当にアイドリッシュセブンというグループは、それぞれに魅力があるんだなぁと再確認してしまう。だからこそ、ひとりひとりにファンがついてくれているのだろうけれど。こうしてファンに愛されていることは、とても有難いことだ。まぁ、ただの事務員である私より当人である皆さんと、マネージャーの紡くんが一番それを感じてるだろうけどさ。賑やかな状態のまま、私と紡くんは食卓にお邪魔することにした。