今世紀最大の決断を
姐さん―――縁とつき合うようになってもうすぐ1ヶ月が経つ。俺もあっちも仕事に追われてて、仕事以外のことで会話をした記憶がほとんどない。そんなわけで彼女とつき合ってる事実を、仲間であるあいつらにも言えないまま無情にも時間だけが過ぎていってるんだよな。
そして最大の問題は、社長に報告しなきゃいけないってことだ。それこそもっと早くに行くべきことなんだろうけど、さっきも言った通り仕事に追われててバタバタしてたからタイミングを逃しに逃してる。本当は姐さんと2人で行った方がいいんだよなぁ…でも上手く都合がつくとも思えねぇし、先に俺だけで報告に行くのが得策かも。一応、姐さんにも話はするけどさ。社長に言いに行くって。…というわけで、かなり久しぶりにメシに誘ってみた。
side:大和
「へ…?」
「だーかーら、明日社長に報告しに行ってくるよ。俺達のこと」
これ以上、隠してるわけにもいかないだろ?と水の入ったグラスを傾けながら言えば、姐さんは珍しく歯切れの悪い返事。普段はもっとキッパリすっぱり言いたいことを言うような子なのに。もちろん空気は読んでるだろうけど。
「どうした?」
「あの、…夕方なら私も時間が作れますから、一緒に行ってはいけませんか?」
「それは全然構わないけど…いいの?」
「むしろ、何でお1人で行こうとしていらっしゃるんですか。二階堂さんだけの問題ではないでしょう」
思わずポカーンとした。だって、あまりにも姐さんがおっとこまえな言葉を紡いでくれるもんだから。
「ふはっかぁっこいいなぁ、姐さん。惚れ直しちゃうよ?俺」
「いくらでも惚れ直してください。望む所です」
「…色々吹っ切れたね、お前さん」
「少しくらい、素直になってみるのもいいのかなって思ったので」
可愛い発言にニヤケそうになる口元を、慌てて手で隠した。うーわ、デレた姐さんなんて貴重以外の何でもねぇぞ…破壊力半端ねぇな。まだ距離は完全に縮まってないと思うし、姐さんだって俺に甘えてくることは少ない。まぁ、それを許さない状態ではあるんだけど。あまりの忙しさで。
でも互いに違う現場にいたり、3日くらい地方ロケに行ってても俺から連絡しない限り姐さんと話せたり、ラビチャのやり取りすらないんだよね。実は。私用で彼女から連絡がくるなんてこと、多分1回もないと思う。仕事のことだったらガンガンくるけどな。だから、さっきみたいな発言は滅多にないわけだ。
「じゃあ明日の夕方、社長に時間もらうか」
「はい。私から連絡しておきますね」
「…いや、俺からする。そこまでお前さんに頼るわけにもいかんでしょ」
「そういうものですか?」
「そーいうものなの。カッコつかないじゃん」
好きな女の前では、いつだってカッコイイままでいたいんだよ。そう言っても彼女はピンとこないのか、キョトンとした顔で首を傾げてる。その姿が可愛くて、でも面白くて思わず吹き出した。クツクツと喉を鳴らしながら、食べている途中だった料理に手を伸ばす。
俺が急に吹き出したことにムッとした表情を浮かべてたけど、何も言葉にせず料理を食べ始めたのを見て彼女も大人しく食事を再開させている。…あー、何でだろう。やっぱりすっげぇ好きだ、って再認識したわ。今。
その日は店の前で別れ(念の為、マスコミ対策)、翌日の夕方、社長室の前で姐さんと再会。俺は今日、朝から撮影に行ってたから彼女とは別行動でした。
アイドリッシュセブンでの仕事だったから、事務所で仕事してたんだろうな。チラッと見たデスクは、たくさんの資料やら書類と思われる紙の束とファイルで埋め尽くされてたから。ちなみに万理さんのデスクの上も同じ感じで、ほんっとこの2人ってワーカーホリックだと思う。もちろん、ウチのマネージャーも。双子っていうのはこういう所も似るのか、って呆れたこともあるな。そういえば。
(…俺、柄にもなく緊張してんな。これ)
何故か今日の出来事が走馬灯の如く、頭ん中をぐるぐるし始めて苦笑が漏れる。隣に立っていた姐さんが不思議そうな顔でこっちを見上げる。だよね、それは気になるよなーすぐ隣にいりゃあ聞こえるだろうし。でも何となく緊張してるって暴露すんのは恥ずかしくて、何でもないよって頭を撫でた。納得はできなかったみたいだけど、もう社長室の前にいるし、時間だしってこと追及するのは諦めてくれたみたい。
―――コンコン、
「社長、二階堂です」
「ああ、どうぞ」
そっとドアを開けると、デスクで仕事をしていたらしい社長がにっこりと笑って「いらっしゃい」と俺達を手招きするもんだからちょっと面食らった。
昨日、連絡した時点で姐さんも一緒だってことは伝えてあるから聡いこの人はきっと、何の用件で此処に来たかくらい…見当がついているはずだ。だから険しい顔をしているものだ、と勝手に思ってたから…あんな穏やかな笑みを浮かべて手招きされるなんて、思ってもいなかったわけで。でもそれを顔に素直に出すわけにもいかず、得意のポーカーフェイスで隠し通した。
「あの、社長」
「うん」
「―――少し前から、縁さんとおつき合いさせて頂いてます」
すみません、とはさすがに口には出さなかったけど、頭は下げた。
つき合ってることを悪いとは思わないし、後悔しているわけでもない。けど、それでもアイドルとしてはマズイことをしてるんだろうなって自覚は、少なからずあるから。
「…昨日、大和くんから連絡をもらった時点で何となく予想はしていたよ」
「えっ…」
「だって『明日、縁さんと一緒に伺います』ってきたんだよ?結婚の申し出か何かだろうな、と思うじゃないか」
「けっ…!!」
「姐さん、言葉になってないから。ちょっと落ち着いて」
社長ののほほんとした爆弾発言に、姐さんの顔はこれでもか!ってくらいに真っ赤になった。そんで言葉を紡げなくなった。ここまで表情がコロコロ変わる彼女を見たのは初めてだから、ちょっと面白いな。
さっきまでド緊張してたはずなのに、一気に肩の力が抜けた気がする。だけど、社長の顔がスッと真顔になったのを見て、俺も姿勢を正した。ああ、これは本題に入る感じだな。
「2人の関係はきっと、甘いだけ・楽しいだけのものでは済まないよ。それはわかっているね?」
「それは彼女を好きになった時に、想いを告げた時に覚悟しました。それでも、…俺は彼女と一緒にいたいんで」
「縁、君は?」
「わ、たしも…この関係が祝福されるだけの関係だとは、思ってない、です。悩んだし、一生分ってくらい考えたし、断った方がいいんだろうって…そう、思ったけど、でも」
膝の上で姐さんが、小さな手をキュッと握り込んだ。
「それでも―――私はこの人の傍にいて、支えたいって思ったから。何があっても、隣にいたいの」
真っ直ぐな目。真っ直ぐな声。そして…真っ直ぐな気持ち。まだ成人していない彼女にさせる覚悟じゃない、背負わせるものじゃない。だけど敢えて姐さんはそれを背負おうとしてくれて、辛い思いをすることをわかっていながら…俺を受け止めようとしてくれている。
その事実が痛い程に胸を締め付けて、鼻の奥がツンとした。泣くわけにはいかないから、絶対何があろうと堪えるけど。
「そうか。…それなら僕はもう何も言わないよ」
「社長、あのっ…」
「大和くん、縁をよろしくね」
「!……はい」
「泣かせたりしたら……わかってるよね…?」
にっこりと笑顔を浮かべたまま、でも纏うオーラは完全に真っ黒だったと思う。ヒッと喉が引きつったのは致し方ないと思うんだ、悲鳴を上げなかっただけマシだと思え!!
わかっちゃいたけど本当、社長は娘であるマネージャーと姐さんを溺愛してんだな…。喧嘩でもしようものなら即行、別れさせられるんじゃねぇか?これ。
姐さんが呆れた顔をして最後ので全部台無し、と呟いた。ははっ否定しきれねぇや。