不協和音


壊れていく音がした―――誰もそんなことは望んでいないのに、考えていることは、思っていることは同じはずなのに…どうして人は、すれ違ってしまうのだろう。





「んー…!」


集中し過ぎちゃったな…思いっきり伸びをして、痛みを発し始めている肩をグルグルと回す。ただの気休めにしかならないけれど、まぁやらないよりはマシかなって思ってるので。ふう、と息を吐いて時計を見ると、もうすぐ日付が変わる所だった。いい加減、帰らないとお父さんにも紡くんにも説教されちゃうかな。それでなくても最近は根を詰め過ぎだ、と言われてしまったのに。
でも出来る時にやっておかないと、後が大変だから。ようやく事務員やら営業やら、人が増えたとはいえね…やることは山積みだから。データを保存し、パソコンをシャットダウンし、帰り支度をしているとガチャンッと大きな音を立ててドアが開いた。こんな時間に誰が、と肩が大きく跳ねたけど、ドアが開いた先にいた人物を見てふっと力が抜けていく。


「…二階堂さん?」
「やっぱまだいた」


そう、ドアを開けたのはアイドリッシュセブンのリーダーでもある二階堂さん。更に言えば、私の恋人…でもある。いまだに夢心地の部分はあるけど、夢ではないことは何度も確認しています。
最近は仕事でしか顔を合わせる時間がなかったから、こんな時間とはいえ会えたことに喜びかけたけど―――彼の口の端が、切れているのを見つけた。何でもないような顔をしているけれど、纏っているオーラはピリピリしていて何かあったのは明らかだね。それも、メンバー内で。


「姐さん、もう帰る?」
「帰るつもりでしたが、ちょっと気が変わりました」


ソファに座ってください。そう言った声は自分でも少し驚いてしまうくらいに、低く室内に響いた。でもそれを気にしている場合じゃないし、二階堂さんはそれ以上にピリピリしているから気にもしないだろう。とにかく怪我の手当てをしないと、痕が残ってしまう。
戸棚から救急箱を取り出し、大人しくソファに座っている二階堂さんの足元に座り込んだ。彼はいいよ手当てなんて、と言うけれど、そうはいかない。マネージャー補佐としても、恋人としても絶対に。


「黙っていてください。口の中に消毒液突っ込みますよ」
「はは、お前さんも言うようになった―――ッ」
「このくらいの傷なら一晩冷やしておけば、ファンデーションで隠せると思いますよ」
「…そう」


さっさと消毒を済ませ、冷凍庫に入れっぱなしだった小さめの保冷剤にタオルを巻いて口元に当てた。これは明らかに殴られた傷痕だけど、…一体、何が起きたというのか。
マネージャー補佐とはいえ、彼らについて現場に行くことだって少なくはない。何があったのかをきちんと把握し、場合によっては社長と紡くん、万理さんにだって言わなければならない。相談をしないとならない。何かマズイことになっているのであれば、対処は早い方がいいんだから。

(というのはわかってるんだけど…)

救急箱を片づけながらチラ、と二階堂さんを盗み見る。事務所に来た時と同じ、オーラは全く変わっていないし、眉間にグッとシワが寄っていてあからさまな悪人面だ。というより、最近の二階堂さんは…ずっとこんな表情をしている気がする。
撮っているドラマの役がサイコパスな感じだったから、そのせいかと思っていたんだけど、もしかしたら違うかもしれないな。四葉くんが最近の彼は怖い、と嘆いていたが、確かにこの顔を寮でもされていたらそう思ってしまうだろうな。


「聞かねぇの?こんな時間に此処に来た理由」
「…どの口がそんなこと言いますか」


戸棚をしめて、あからさまに溜息を1つ。そして振り向いた。


「聞くなって、一線を引いているクセに」


二階堂さんが不機嫌になった時は、割と顔に出るからわかりやすい。顔というか、雰囲気って言った方が正しいかな。聞くな、触れるなと体全体で語るタイプの人だから。だから皆さんもあまり触れないようにしているのかもしれない、と思っていた。
話す気なんか更々ないくせに、そうして声をかけてくる二階堂さんはひどく意地悪だ。全身で拒絶しているクセに、突き放されたくないと言われているようで…切なくなる。ただほんの少しでいい、貴方の心の奥に触れたいと願っているのに、それを許そうとしてくれないんだから。
…ダメだ。これ以上、踏み込むような真似をしたらこの人は今度こそ何処かへ行ってしまうかもしれない。それは怒らせてしまうことよりも、何よりも怖いこと。そう思うのはマネージャーというよりは、恋人だからなのかもしれない。彼は私の不機嫌丸出しの言葉に、ただ自嘲的な笑みを浮かべただけだった。
ほら。話すつもりなんてないんじゃないか。はぁ、ともう1つ溜息を吐いて、二階堂さんの足元にある荷物に目をやった。出ていくつもりなのか、と一瞬思ったけど、だったら事務所になんか寄らずに出て行っていたはずだ。それなのに此処へ来たということは、今はまだ完全に出て行く意思がないと思っていいはず。しばらく寮を離れる…といった所かな。
カバンの中から携帯を取り出し、そこから動かないでと念押ししてから事務所の外へ出た。


「―――すみません、今日ってまだ部屋は空いてますか?」


二階堂さんが逃げ場所を求めているのかは、まだわからない。けれど、寮に戻るつもりがないのであれば…ひとまず寝れる場所を用意するのが、今の私にできる唯一のこと。
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