護りたいと願う者
とりあえず空いていた部屋を2週間だけ押さえた。どれくらい帰らないつもりかはわからないし、聞いた所で今の二階堂さんの状態では上手くはぐらかされて終わりだと思う。だったら、適当な期間を押さえて必要なら延長すればいいや、と諦めました。
「…ダブル?姐さんも泊まんの?」
「泊まりませんよ。ダブルしか空いてなかったんです」
私が押さえた部屋はダブル。どうしたって1人で泊まる部屋ではない。だけど、受付の人曰くシングルはもう全部屋埋まってしまっているらしく、案内できるのはダブルかツインのみですと言われてしまったらどうしようもないよね。料金は1人分でいいです、と言われたから、まぁいいかなって。
そんなことを考えつつシングルよりゆったりできるからいいでしょう?と、カードキーを渡しながら問いかければ、彼はどっちでもいいよと答えてぼすん、とベッドに倒れ込んだ。時間も時間だし、このまま休んでもらった方がいいかな。ドラマの撮影だってあるんだ。少しでも寝てもらわないと倒れてしまうから。
さて、それなら私はもう用済みか…元々、頼られていたのかも曖昧だし、さっさと帰ろう。下手なことを口走ってしまう前に、早く。
「二階堂さん、私はもう帰りますから。寝るならちゃんとベッドの中に入ってくださいね」
「なに、マジで帰んの」
「帰ります。いい加減、家に戻らないとどやされますから」
―――グイッ
「いーじゃん、マネージャーにラビチャでもしておけば。…お兄さんの相手、してよ。縁」
貴方の相手、ねぇ…。
掴まれた腕がひどく熱い。向けられる視線も普段のモノより、僅かに熱っぽくて。二階堂さんの言っている「相手して」という意味は、明らかにソッチの意味だろう。それが本当に貴方の本心ならば私は喜んで応じますけど―――
「翌日、貴方が後悔をしないと宣言できるのなら…お相手しますよ?」
でもきっと、貴方は私にさえ何も言わずに自分を責めるでしょう?優しくない、と貴方は苦笑するけれど、そんなことはない。二階堂さんは器用で、だけどそれ以上に不器用な部分もあって、放任主義と言いながら見捨てきれないでいる。そういう部分を、世間では優しいって言うのだと思いませんか?
「ッ、」
「明日は早いんですから、しっかり休んでくださいね。おやすみなさい」
するり、と腕を外して、私は受付でもらっておいたスペアのカードキーを持って部屋を出た。その後の二階堂さんがどんな顔をしていたのか、どんな思いを抱いていたのか、知る由もなく。…いや、知りたくないと思っていたのかもしれない。
触れたいけれど、どうしたって拒絶が怖いんだ。あの瞳に映りたいと思うけれど、映さないでとも思う。感情がなくなりつつある瞳に見つめられるのは、辛いんだ。
「それでも、…私を捨てないで、二階堂さん……っ」
一筋流れた涙は、見ないフリをした。
「おはようございます、二階堂さん。昨日、シャワー浴びました?」
「………何でお前がいんだよ」
「チェックインの時に2枚カードキーをもらっておいたので」
―――翌朝。私は早朝に夜中にも訪れたホテルに来ていた。用事はもちろん、二階堂さんの送迎です。
本来であれば彼1人で現場へ行く予定だったのだけれど、私が無理を言って紡くんと万理さんに頼み込んだのだ。あの2人は笑っていいよ、と言ってくれたけれど、時間が経つにつれ完全に私情を持ち込んでいるじゃないか、と頭を抱えたくなったのは秘密です。
勢いだったとはいえ、まずったことをしたなぁと思う。思うけど、どうしても放っておけなかったんだ。今回だけだから、と誰に言っているのかわからない言い訳を胸中で繰り返し、いまだベッドの中にいる二階堂さんの顔を覗き込む。
(薄らと隈はあるけど、このくらいなら…昨日の傷痕も冷やしたからか、腫れてはいないかな)
何とかファンデーションで隠すことができそうな現実に、ホッと息を吐いた。あとはメイクさんにあまり突っ込まれないことを祈るばかり、と言った所だろうか。でもまぁ…二階堂さんのこの雰囲気じゃあ、気軽に話しかけられる感じでもないんだけどさ。
「俺が聞いてんのはそういうことじゃねぇんだけど…」
「私がしばらく二階堂さんのマネージャーをやります。異論は認めません」
「…横暴」
「何とでも仰ってください。引き下がりませんから」
のそり、と起き上がった彼の服は、夜中に見たものと同じもの。ということは、あのまま寝てしまったのか。良かった、早めに来ておいて。今の時間だったらシャワーを浴びても、入りの時間までに十分間に合う。さすがに湯船にお湯を溜める時間はないけれど、それは我慢してもらうしかないかな。
「シャワーを浴びる時間はありますのでどうぞ。着替えたら出発しましょう」
「はぁ…わかった」
「朝ご飯と飲み物も買ってきてありますので、車の中で食べてください」
その言葉に返事はなく、代わりにお風呂場のドアが閉まる音だけが響く。思わず溜息をつきそうになるけれど、グッと堪えた。私まで引きずられたら、ダメだ。どうにかして普段通りに接して、それにどんな反応が返ってきたとしても…崩れないようにしなくちゃいけない。
(それが最善なのかどうかは、もうわからない。わからないけど、潰れたらいけないんだ)
支えたい。か細い糸1本で保っている危ういあの人のことを、支えたいの。潰れてほしくない、手の届かない所へ行ってほしくない。
その為だったら私は、きっとどんなことでもする。二階堂さんの為に、アイドリッシュセブンの為に。