届かない想いは何処へ
スタジオへ移動する車の中でも、楽屋の中でも、撮影の休憩中でも、傍にいるのに私達の間には一切会話がない。ないと言っても、必要最低限の会話はするし、話を振ればちゃんと返ってくる。無視されることはないから、その辺りはホッとしているんだけど…それでも二階堂さんの雰囲気はずっとピリピリしたままなので、心臓には悪かったりするんだけどさ。
(…それを打破する術があればいいんだろうけど、きっと私には無理だ)
人の心の中に入り込んできたくせに、自分はそれを許さないなんて何てズルい人なんだろう。出会った頃から薄々感じていたことではあるけれど、その時はこんな関係になるなんて想像していなかったし、近づくつもりもなかった。だからそれでも構わない、と思うことができていたんだ。
それなのにアイドルと事務員という関係は意外にもあっさり崩れてしまったし、気持ちだって大きく変わったと思う。もっと近づきたい、触れさせてほしいと思う日が来るなんてなぁ。…まぁ、それは思うだけに留まっているわけですが。
「珍しいね、マネ子ちゃんじゃないんだ?」
「千さん…お疲れ様です」
「お疲れ様、縁。大丈夫?浮かない顔をしているけど」
「あはは、顔に出ちゃってました?」
うーん、なるべく顔に出さないように気を付けてたんだけど…ダメだったか。撮影中で、誰の目も向いてないことで気を抜いちゃってたかな。はは、と零れた笑いは、苦笑に近いもので。千さんは僅かに眉を寄せる。もう、そんな顔したらせっかくの美人さんが台無しじゃないですか。
「仕事中ですよ」
「誰もこっちを見てないだろ。…大和くんのこと?」
「当たらずとも遠からず、ってやつですかね」
「…何かあったんだね。何となく察してはいたけど」
千さんはとても聡い人だから、気がついてる可能性が高いだろうと思っていたら案の定でした。でも何があったの?とは聞いてこなかった。今はそれがとても有難い。だって私にもわからないから、二階堂さんの身に何があったのかなんて…そんなの、私が一番聞きたい。
「君にそんな顔させるなんてね」
「別にあの人が悪いとは言いませんよ。こっちが勝手に落ちてるだけ」
「でも君が気を揉むことくらい、簡単に察せるんじゃない?」
返す言葉もございません。確かに普段の二階堂さんであれば、そのくらい察することができるのかもしれないけれど…今のあの人は、とても危うい状態だ。かなりギリギリのラインで立っている、と言っても過言ではないんじゃないのかな。やっとの思いでこうしているんだと、私は勝手に思っている。
その辛さを少しでも分けてくれたらいいのに、と思うんだけれど、二階堂大和という人物をよく考えれば、そんなことはしてこないっていうのは理解している。しているからこそ、何もできなくて歯痒い。こんなに近くにいるのに、触れられる距離にいるのに、どうしてだろう…涙が出そうな程に、二階堂さんが遠いんだ。
「―――ダメなんです。傍にいたいのに、触れられなくて辛いって思ってしまう…」
「…うん」
「私は此処にいるのに、あの人の目にはきっと…誰も映っていない」
認識されていないとか、そういうことではなくて。無意識に線引きをしていて、その線を誰も越えてきたりしないようにピンッと神経を尖らせているような…そんなイメージ。触れたら最後、もう二度と近くに行けないような錯覚さえしてしまうんです。
それだけは避けたくて、腫れものには触れないように…なんて状態が、続いている。でもそれで何かが解決するわけでもなくって。ただ小康状態を保っているだけなんだと、理解はしているんだ。本当なら無理にでも突っ込むべきなのかもしれない、分けてくださいって怒るべきなのかもしれない。
だけど、それをしないのは―――どうしたって、二階堂さんから離れたくないから。
「誰も映っていないとしても、縁の存在は大和くんの助けになっていると思うけどね」
「何もできないのに…?」
「できなくても、傍にいてくれるだけで安心できる。君にもその感覚は理解できるんじゃないの?」
「理解はできますけど、」
果たして二階堂さんも、そんな風に感じてくれているのだろうか…。
「一言でいいのに」
ポツリ、と本音が零れ落ちる。千さんがいるから気が緩んだのだろうか、二階堂さんの傍にいたら絶対に言わないであろう言葉がするり、するりと。
「たった一言、傍にいてって…そう言ってくれたら私は」
流れ落ちそうになる涙を、ギュッと目を瞑ることで耐える。私の独り言に千さんは、何も言わずにただそこにいてくれた。凛とした目を、撮影中の二階堂さんへ向けて。