それでも愛したい


撮影が終わった二階堂さんをホテルへ送り届けて、事務所へ戻ってきた時にはもう陽が傾いていた。明日はお昼からの撮影だから、9時くらいに迎えに行けばいいだろうか。
少しでも眠ることができたらいいんだけど、と二階堂さんのことばかりを考えながら事務所のドアを開ければ、万理さんと三月さんと六弥さんに出迎えられました。三月さんと六弥さんの表情は、暗いですけれど。


「おかえり、姐さん」
「ユカリ、おかえりなさい」
「えっと…ただ今、戻りました。珍しいですね、お2人が事務所にいらっしゃるなんて」


仕事終わりに事務所へ来ることはたまにあるけれど、見た感じではそうではなさそうだ。というか、今日のお2人の予定はオフだったはずだし…オフの日にわざわざ事務所へ来る用事とは何だろう?…あ、紡くんに用事かな?確かあの子は今日、七瀬くんと一織くんの撮影に同行していたはず。


「…なぁ、姐さん。疲れてるとこ悪いんだけど、ちょっと話せねぇ?」
「え?」
「お願いです、ユカリ。ミツキと私の話、聞いてください」
「2人共、縁さんの帰りを待っていたんだよ。今日はそのまま直帰して大丈夫だから、行っておいで」
「―――…わかりました」


此処だと話し辛そうだったので、私の行きつけの喫茶店に行くことにした。個室のある喫茶店なので、人の目を気にせず話すことができるでしょう。寮でも良かったんだけど、多分、メンバーがいない所の方がいいかなって。
飲み物を頼み終われば、そこは私達だけしかいない空間へと変わる。店内に流れている音楽は、大きすぎず小さすぎずの音量で心地良く響いていた。どれ程、沈黙の時間が続いただろう。3人分の飲み物が運ばれて来て少し経った頃、三月さんがおずおずと口を開いた。


「今、大和さんのマネージャーって…」
「はい、私が引き受けていますよ。とは言っても、MEZZO”の仕事がない時だけですが」
「ヤマトの居場所は?」
「知っていますが、お答えしません。今は何をしても、言っても、平行線のままにしかならないでしょう?」
「聞いた?何があったのか、って」


三月さんの言葉にゆっくりと首を横に振る。まさか聞いていないとは思っていなかったのか、お2人はとても驚いた顔をしていらっしゃる。そんなに驚かなくても…そもそも、二階堂さんが自分から話すようなタイプではないことは私より、よっぽど三月さん達の方が知っていらっしゃると思うんだけど。あまりの驚き様に思わず苦笑してしまう。


「あんなに聞くなオーラ出されたら、触れられません。伺ってもよろしいですか?」
「Yes.まずはお話しなければ、始まりませんから」


ゆっくりと三月さんが口を開く。事の始まりは、以前アイドリッシュセブン全員が呼ばれたパーティー会場でのこと。知り合いに連れて行かれたまま戻ってこない二階堂さんを捜しに行ったら、偶然にも『千葉サロン』というワードを耳にしたという。それをお2人に聞かれたと知った彼は、あからさまに驚いた顔をしたらしいです。聞かれたくなかった、というような顔だったと。
その日から3人の関係は少しずつ亀裂が生まれて、…夜中に二階堂さんが事務所を訪れたあの日、完全に壊れてしまったということみたい。アイドリッシュセブンの精神的な支柱は、私はずっと二階堂さんと三月さんだと思っている。お2人がいれば大丈夫、という安心感があったんだ。でもそれが崩れてしまった今、どう転んでいくのか…全く予想がつかないでいる。


「それで…大和さんの顔、殴っちまった」
「あの怪我は三月さんだったんですね」
「うん。殴ったのは謝るけど、でもそれ以外は悪いけど謝らない」
「…それは私に言われても困りますよ?」
「そうなんだけど、なんつーか…改めて言葉にしたくてさ」


メンバー内のいざこざだというのは予想していたけれど、まさかこの3人だったとは…今まで問題が少なかった分、厄介で、深刻だ。それも今までで一番。


「ユカリは―――ヤマトの言っていたワードの意味を、知っていますか?」
「『千葉サロン』?」
「そう。芸能界じゃ有名らしいんだけど、全然見当つかなくって」
「芸能界では確かに有名な単語ですが、触れてはいけないものです。私もそれ以上のことは何も…」


少しの間だけど、私だってこの業界で働いていた。表の世界で。その時に耳にしたことのある単語ではあるけれど、触れてはいけないものだということしか知らない。暗黙の了解というか、パンドラの箱というか…これが知れ渡ってしまったら、大変なことになるという認識しかないんです。

(でも二階堂さんはそれを知っている…?そういえば、あの人が芸能界に入ろうと思った理由は復讐だって聞いたな)

あの人は家族のことを頑なに話そうとしない。だからどんな家庭で育ったのかもわからないけれど、『千葉サロン』と『復讐』という単語…それを無理矢理に繋ぎ合わせれば、1つの答えが導き出される。
でもそれが正解とは限らない。私の推測にしか過ぎないんだもの。それを簡単に口に出すのは、やめておいた方がいいわね。


「何で話してくんないんだろ…大和さん」
「ユカリは聞きたいと思わないのですか?ボーイフレンドなのでしょう?」
「うーん…どちらかと言えば、私も二階堂さん側の人間なので」
「え?」


知られたくないこと・話したくないことは、恐らく誰にでもあるもの。私だって皆さんに、二階堂さんにお話してないことがまだあるから。


「淋しいと、思ったことは?」


誰かが言っていた。六弥さんの真っ青な瞳、その真っ直ぐさがどうにも苦手なんだと。その時はどうなんだろう、と半信半疑だったけれど、いざその目が自分に向けられてみるとよくわかる。確かに、…この真っ直ぐな目は、全てを見透かされそうで怖いなぁ。


「淋しいというか、悔しい気持ちの方が強いかも」
「話してくれないことが?」
「それもありますが、…あの人がまだ愛されることを怖がっていること、それから皆さんのことを信じ切れてないことが」


まだ1年だ。あの人にとって、その時間だけでは短すぎるのかもしれない。けれど、二階堂さんがどれだけ皆さんのことを、アイドリッシュセブンのことを愛しているか知っているから…知っているからこそ、今回の拒絶は悔しいと感じてしまった。
でも二階堂さんの気持ちもわかる。好きだから、愛しているからこそ踏み切れない部分があるんだってこと。話すことで突き放されるかもしれない、嫌悪の眼差しを向けられるかもしれない…僅か数パーセントでもその可能性があるのならば、話すことはどうしたって怖くなってしまう。躊躇してしまう。その気持ちは、大事であればあるほどに強くなっていくものだから。

(そしてあの人の秘密が、グループ存続に危機をもたらしてしまうものだとすれば―――余計に話したくなくなるだろう)

適当に見えて、口では放任主義とか言ってるクセに…本当は誰よりも周りを見て、どうにかしなければいけない部分をきちんと見極めてくれている人。相手があまり気負ってしまわぬように、さり気ないフォローができる人。面倒だ、と言いながらも仕事をしっかりこなしてくれる人。そして誰よりも、メンバーとグループを愛している人。二階堂大和という人間は、そういう人だ。


「人の心には入り込んできたのに、まだ…私はあの人の心に、少しも触れられていない」
「ユカリ…」
「今でも不思議なんです。何で二階堂さんは、私を愛してくれる気になったのか」


大事なものを増やしたくない、という考えの持ち主だと、私は勝手に思っていたから。
だから余計に不思議で、驚いて、今でも何だか嘘みたいだと思ってしまう瞬間がやっぱりあるから。夢じゃない、と何度確認しても、まだこの進展した関係に慣れはしないのだろう。


「それでも、」
「三月さん?」
「それでもさ、大和さんが姐さんのことを本気で想ってるのは…本当だよ」


だから、そこは疑わないでも大丈夫。
普段の明るい笑顔ではなかったけど、薄い笑みを浮かべた三月さん。彼だって色々と抱え込んで辛いはずなのに、無理矢理に笑みを浮かべたのは私を励まそうとしてくれたんでしょうね。辛いのであれば、無理に笑わなくてもいいのに。そういう時は他人より自分を優先してください、と苦笑を浮かべれば、それは姐さんもだろって返されちゃったけど。


「皆、ヤマトを心配しています。ヤマトは…どうしていますか?」
「体調は崩されていません。元気ですよ」


とは言ったものの、あの人は天才的な演技力の持ち主だ。以前、風邪をひいて寝込んでいた時は大分辛かったらしく、隠す元気もなかったみたいだけれど…今は四六時中ピリピリとした空気を纏っているから、体調を崩していたとしても気がつけないかもしれない。私といる時も、撮影中もずっと演技をしている可能性だってあるんだから。六弥さんには元気ですよ、と伝えたけれど、それが真実かどうかは私にも確かめる術がない。


「大和さん…いなくなったり、しねぇよな?アイドリッシュセブン辞めるとか…!」
「断言はできません。私はあの人ではありませんから、気持ちなんてわかりませんし」
「ッ」
「けれど、1つだけ確かなのは―――あの人は、きっと自分が驚く程にアイドリッシュセブンを、そしてメンバーである皆さんを好いていると思います。愛していると、そう思っています」


だから、…だからきっと、


「今の二階堂さんが『辞める』と言ったとしても、それは強がりだと思います」
「強がり…?」
「二階堂さんが隠されていること、話したくないこと…それがどんなものかは見当もつきませんが、渋るということは少なからずアイドリッシュセブンの活動に何か影響を及ぼす可能性がある、ということでしょう」
「ワタシ達の為、ということですか?」
「言い切ることはできませんけどね。全て私の推測です」


そう、ただの推測だ。それを無闇に話したって、余計な心配をさせてしまったり、最悪の場合は今以上に傷つけてしまうことになる。だから、本来ならば話さない方が良かったんだろうけれど…ダメだ、私自身が言葉にして自分自身を安心させたかったんだ。
信じたかった、二階堂さんの心が―――アイドリッシュセブンの皆さんに向いていることを。決して離れていかないことを。
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