確かに愛していた
三月さん作の夕飯はとても美味しかった。魚の煮つけってあんまり作る機会ないんだけど、彼に作り方を習って作ってみようかなぁ。食後のお茶を飲みながらそんなことを考えていたものの、すぐにアイドルに習うのってどうなのよと思い直した。
危ない、危ない…危うく、三月さんに教えを乞う所だったよ。優しい人だから聞けば教えてくれるとは思うけど、…うん、やっぱりやめておこう。ズズーッと再びお茶を啜っていると、いやに上機嫌な三月さんが向かいに座られた。洗い物している間に何かいいことでもあったのだろうか。
「姐さんさ、甘いもん好き?」
「え?ええ、好きですけど…」
「ケーキあるんだ。食わない?」
「…三月さんのご実家のですか?」
和泉兄弟のご実家はケーキ屋さんだと聞いている。それもかなり美味しい、とのこと。気になるなぁ、とずいぶん前から思っていたのだけれど、なかなか買いに行けず仕舞いで。もしかして食べることができるのだろうか?
でも私の問い掛けに返ってきた答えは、まさかのNOだった。何と、三月さんが作ったそうです。
「そういえばパティシエさんでしたね…」
「まーな。んで、食う?」
「いただきます」
そして出されたケーキは、満遍なく綺麗にクリームが塗られたショートケーキ。うわぁ、これを自分で作っちゃうとか…さすがだなぁ、三月さん。
私がケーキを前に感動していると、皆さんにも配っていたみたいで喜ぶ声が聞こえてきた。王様プリン至上主義の四葉くんも、三月さん作のケーキに目を輝かせているし。この感じだと、時間がある時にお菓子を作っては皆さんに食べてもらっているんだろうなぁ。
初めてだ、彼の作ったケーキを食べるのは。一口食べると程良い甘さが口の中いっぱいに広がって、ものすっごい幸せだ…!
「三月さんの作るケーキ美味しいよね、縁ちゃん」
「うん…初めて食べたけど、すっごい美味しい」
「おっ姐さんの口にも合った?」
「はい。夕飯もケーキも、どっちも美味しいです。幸せ…」
「ははっそりゃあ良かった!作った甲斐があるなー」
彼が上機嫌なのは、自分が作ったものを美味しいと笑ってくれる方々がいるからだったそうです。こっそり聞いてみたら、こっそり教えてくれました。ああでも、それはわかる気がする。自分の為だけに料理を作ろう、とは思わないけど、食べてくれる人がいると俄然やる気が出るし、美味しいって言われると素直に嬉しいと思うから。
それにしても本当に美味しいなぁ、これ。噛みしめながら食べていると、皆さんはとっくに食べ終わったみたいで手の空いてる人からお風呂に入ってしまおうか、という話になっていた。
「でもマネージャーと縁さんを先に入れてあげた方がよくないですか?」
「えっいいです!いいです!私達は後で構いませんから、皆さんからどうぞ!」
「そうですね。お邪魔している身ですし…その方がいいかと」
「うん、まぁそう言うだろうなーとはお兄さん思ってたけど」
ただでさえ食事の準備も、片付けも手伝わせてもらえなかったんだ。お風呂くらい皆さんから入ってもらわないと、そろそろ居た堪れなくなりますよ…!
「…何も7人で結託することないと思うんですよね」
「何です?まだそのことを言っていたんですか、縁さん」
「当たり前です。後でいいです、と何度も言ったじゃありませんか」
「レディーファーストという言葉があるでしょう。…ホットの蜂蜜レモンです、飲みますか?」
「…頂きますけれども」
「どうぞ。マネージャーもどうぞ」
「ありがとうございます!一織さん!」
そう。結局、7人に押し切られる形で紡くんと私は一番風呂に入ることになりました。申し訳ないですから!と2人で抗議をしても、誰ひとり耳を傾けてくれなかったとかどういうことなんですかね?そしてそのままお風呂場に押し込められ、入らないといけない状況にされたというわけ。
そこまでされたらリビングに戻るわけにもいかないし、…ぐぎぎとなりながらお風呂に入りましたよ。紡くんと2人で。その後はじゃんけんで決めたという組み合わせで、皆さんがそれぞれ入浴して…今はラストのピタゴラ組が入っている最中です。
あのお風呂、そこそこ広いですけど3人はキッツイんじゃないのかなぁ。そんなことを思いながら、一織くんが作ってくれた蜂蜜レモンを飲んでおります。
「そーいや、マネージャーと姐さんはどこで寝んの?誰かの部屋?」
「四葉さん、貴方はバカなんですか?空いている部屋に決まってるでしょう」
「えー?せっかく2人が来てんだし、そっちの方が楽しくね?」
「あのね環くん、マネージャー達は女性なんだからそういうことをしたらダメだよ」
「でも楽しそうだよね!部屋で話したり、遊んだりするの!」
「だろ?!」
「七瀬さんもノらない!」
確かに四葉くんと七瀬くんの言う通り、それは楽しそうだなぁと思わないでもないですけどね…偶然にも明日はレッスン以外の仕事がない日でもありますし(紡くんと私はあるけど)、休日で学校もお休みだ。夜更かししたい気持ちもわからないでもない。
…なんだけど、さすがにアイドルの寮に泊まるだけでなく部屋にお邪魔するとか、それはマズイと思うのです。きっと四葉くんに言っても、今みたいになんで?って顔をするだろうけど。
―――ガチャッ
「おー?なんだ、なんだ。盛り上がってんな、お前ら」
「何のお話をしていたのです?」
「マネージャーと姐さんが、誰の部屋で寝るかって話ー」
「してませんよ?!」
「…姐さん、どっち?」
「ええっと、してたようでしてないというか…端的に言うと、夜更かししたいって話になってます」
余計ややこしくしないでください!と一織くんに怒られ、今お風呂から出てきたピタゴラ組はなんのこっちゃ?という顔をしている。うん、私も3人側だったら確実に同じような顔をしていると思います。
「環くんがマネージャーと縁さんは、誰かの部屋で寝ると思っていたらしくて…」
「だってその方がたのしーじゃん。そーちゃんだって楽しいこと嫌いじゃねーだろ?」
「うん、そりゃあ好きだけど…そういう話じゃないからね?」
「理解はできたわ。…んじゃ、リビングで雑魚寝するか?」
「えっみっきーいいの?!」
「ほんと?!」
「兄さん…」
おお…四葉くんと七瀬くんがとても喜んでいらっしゃる。嬉しそうにしている2人を見て頬を緩ませていると、ただし、と再び三月さんの声が聞こえて視線を戻した。どうやら雑魚寝するには条件?があるらしい。
一体、どんな条件なのだろうか、と私と紡くんまで固唾を飲んで見守っていると―――マネージャーと姐さんがOK出したらな、というお言葉が耳に届いた。…うん?ジャッジは私達ですか?
「2人が嫌だって言ったら、当初の予定通りにすること。OKだったら、リビングで雑魚寝。どーよ?」
「姐さんっ!」
「マネージャー!」
「…ど、どうしよう、縁ちゃん……!」
此処で雑魚寝するのは構わない。だってきっと、日付が変わるくらいまでは何かしらして起きているだろうから。だけど、七瀬くんは体が強い方ではない。本人は大丈夫だよ、と言いそうだけど、なるべく体に障ることはしない方がいいと思う。体調を崩したくないのなら尚更だ。
その反面、希望通りにしてあげたいと思っている自分がいるのも本当なんだよなぁ。だってこうやって考えている間も、四葉くんと2人でキラッキラした目をこっちに向けてきているし…断りにくい状況って、きっとこういうことを言うんだろうねぇ。うん。
「嫌だとは言いません。言いませんが、七瀬くんの体のことを考えるとYESとは言い難いですね」
「まぁ、当然でしょうね。リビングで雑魚寝なんて、体に障るでしょうし」
「じゃあ、皆でオレの部屋?」
「リクーこの人数はさすがに無理だって」
ですね。多すぎます。
二階堂さんの言葉を聞いてしゅん、としてしまった七瀬くんを見て、罪悪感で押し潰されそうです…。ううん、仕方ないなぁ。
「……一織くん、布団がいくつ余っているかわかりますか?」
「確か7〜8組はあったと思いますが」
「うん、それだったら何とかいけるかなぁ」
テーブルなどをずらせば、最高8組の布団を敷くこともできなくはないと思う。紡くんと私が同じ布団で寝ればいいわけだし。
ふむ、と顎に手をやりながら思考を巡らせていると、大型犬よろしくの四葉くんと七瀬くんが「いいの?!」と嬉しそうな声を上げてくれました。
「雑魚寝と言っても、きちんと布団を敷いてそこで寝れば何とかなるんじゃないんですか?」
「じゃーいいんだな?OKなんだな?姐さん!」
「捨てられた子犬みたいな目で見られたら、NOと言い辛いでしょう…」
「ふふっ環さんと陸さんに揃って見つめられたら、どうしようもないよ」
「決まったのであれば、さっさと布団を運んできましょう。七瀬さん、四葉さんと一緒にリビングから出ていてください」
一織くんの言葉に2人はえー?と不満気な声を上げたけど、逢坂さんが布団を敷いている時は埃が舞うから、と説明をすると、渋々納得してくれたみたい。四葉くんには七瀬くん1人では淋しいだろうから一緒にいてあげて、と説明している。
うーん、最初の頃は逢坂さんと四葉くんってウマが合わないように見えたけれど、段々、良くなってきているみたい。MEZZO’で仕事をしている時もそう思う瞬間が増えてきたもの。一時はどうなることかと思ったけど、何とかなっているようでホッとした。
2人が騒ぎ始めないうちに敷いてしまおう、と残った7人でさっさと準備を済ませる。そして頃合を見て七瀬くん達を呼び戻すと、今度は誰がどこで寝るか、というお話に。まぁ、それもそうか…普段はそれぞれの部屋で寝ているんだものね。
紡くんと私はどこでもいいよね、という結論になり、皆さんの場所が決まるまでソファに座って傍観していることにした。どうやって決めるんだろう、じゃんけん?…あ、じゃんけんで勝った人から場所を取っていく形にしたのか。だけど、それが一番無難だろうなぁ。
ただじゃんけんをしているだけなのに、皆さんはとても楽しそうに笑い合っている。最初こそギクシャクしていたし、軌道に乗りかけていた時に解散の危機もあった。これはもう無理かもしれない、と半ば諦めかけていたのだけれど、紡くん含めた皆さんがスッキリとした顔で社長に謝りに行く、解散はなしにしてもらうと教えてくれた時は、心底ホッとしたんだよね。
(…あの時、私にもこんな風に笑い合える仲間がいたら―――違った未来があったのかな)
もし、とか、たられば、とか…そんなのは時間の無駄だと笑われるだろう。けれど、アイドリッシュセブンを見ているとそう思わずにはいられなくなるんだ。ふ、と自嘲的な笑みを浮かべて、そっと目を閉じた。