おかえりなさいと言いたくて


「あま…蜂蜜?」
「ええ。喉にいいんですよ、蜂蜜」


温くなったホットミルクに口をつけた二階堂さんが、眉間にシワを寄せて呟いた。彼の分は私達のものに比べれば少なめにしたのだけれど、元々甘いものをそこまで好まない人だからそれでも十分甘すぎたのかもしれない。次に作る時はもっと少なめの方がいいのか…もしくは砂糖に変えるとか?でも砂糖より蜂蜜の方が美味しいと思うんだよなぁ。
自分の分に口をつけながら隣に座る二階堂さんを盗み見ると、甘いと口にしていた割にはそのまま飲み進めている。気に入ってくれたのか、それとも捨てるのはもったいないという精神か…まぁ、どちらでもいいけれど。飲み切ってさえくれれば。
コチコチと、時計が時間を刻む音だけが響く部屋の中。外からは微かにワイワイと騒いでいる皆さんの声が聞こえてきて、ああ元通りなんだなぁ…と、ホッとする。


「すみませんでした。帰ってしまって」
「ん?…ああ、いいよもう。来てくれたし」
「私も、聞かせて頂けるんですか?」
「当たり前でしょ。聞いてもらわないと、…困る」


それなら聞かせてください。まだ少しホットミルクが入っているマグカップを床に置き、二階堂さんに向き直る。緊張した面持ちだけれど、彼は静かに口を開いた。
二階堂さんの出生、父親、そして『千葉サロン』がどんなものか―――言葉を時折、詰まらせながらも止めることなく次々と私の知らなかった事実を紡いでいく。更に復讐するつもりでこの業界に入ったことや、でも眩しすぎるメンバーに出会ってそんな自分が嫌になっていく…何度も後悔した、と彼自身の胸の内まで、事細かに話してくれました。


「俺は、…ここにいたい」
「…はい」
「アイツらと夢を、…俺達の夢を、叶えたいんだ」
「その言葉をずーっと待っていましたよ、メンバーの皆さんは。紡くんは」
「ん」


流れ落ちる一筋の涙。今まで泣く所なんて決して見せることをしなかった二階堂さん。お兄さんだから、年上だから、最年長だから、リーダーだから…きっと理由なんていくつもあったのだろう。
でも今思うと、こうして泣いてしまうことで本当の自分が出てきてしまうことを恐れていたのかもしれない。ホテルで垣間見た弱った二階堂さんは、仮面が剥がれ落ちる寸前だったのだろう。ポタポタと流れる涙を拭い、そのままぎゅうっと抱きしめた。


「おかえりなさい、二階堂さん」
「ッ…うん、ただいま…縁…!」


良かった…帰ってきてくれた。ここにいたいと望んでくれた。皆さんと一緒に夢を叶えたいと望んでくれた。きっとそれは二度と揺らぐことはないだろう。二階堂さんが望んだことならば、尚更。
三月さんと六弥さんには二階堂さんがいなくなることはない、と断言してしまっていたけれど、私もやっぱり不安だったみたい。もしかしたらメンバーを、グループを愛しているからこそ…離れていってしまうかもしれない、と。信じてはいたけれど、僅かな不安は奥底に残っていたみたいだ。そうじゃなければ、こんなにホッとしたりしない。


「悪い、心配かけたよな」
「私より皆さんの方が心配していました。…もう、大丈夫ですか?」
「ああ。全部話せて、スッキリしてる。ずっと、…苦しかったから」
「喜んでいらしたでしょう?」
「…そうだな。ミツなんか、俺の代わりに殴ってやりたいって怒って、泣いてくれた」


ああ、そうですね。三月さんはそういう人です。目に浮かぶ光景にそっと笑みを零す。


「私の言った通りだったでしょう?」
「ん?」
「『貴方が一言、此処にいたいと言ってくれたら…それだけでアイドリッシュセブンは無敵になれるんですよ?』」
「あー……うん、そうかも」


ガシガシと頭をかく二階堂さんの頬が、僅かに赤い。打ち明けた時のことを思い出しているのかはわからないけれど、珍しく照れてるみたい。泣いた所や、照れた所、それから弱っている所…これからはもっと、素直に生きる二階堂さんの姿を見ることができるのだろうか。
それだったら、…嬉しいな。すぐには無理だろうけど、少しずつでいいから愛されることを、愛することを恐れないでくれたらいい。





―――ガチャッ

「わ、死屍累々ですね…此処」
「話し終わったのか?大和さんは?」
「ぐっすり眠っていらっしゃいます。疲れていたようなので」
「あー…まぁ、そうだよな。今、メシ用意するから座ってて」


二階堂さんが眠りにつくのを確認してから、私は再びリビングへと戻った。起きていらっしゃったのは三月さんだけで、他の方々は床やソファでぐっすり眠っているらしい。未成年組の姿は見当たらないから、きっと部屋に戻ったのだろう。天くんと紡くんは帰ったのかな?

(大分遅い時間だけど、大丈夫なのかな…)

私もそうだけど、あの2人もしっかりしているが未成年だ。そんな子達が深夜に外を歩いているなんて、どう考えたって危ない。特に天くんは人気絶頂のTRIGGERのセンターだし。せめてタクシーを使ってくれていると助かるのだけれど、どうなんだろう。あとでラビチャをしてみようか、と考えながら、椅子に腰を下ろした。


「ほい。残り物で悪いな」
「いいえ。謝るのはこちらの方ですので…いただきます」
「おー、召し上がれ」


こんな時間に食べるのはどうなんだ、と思いつつも、目の前に用意された美味しそうなご飯を無下にすることはできないのです。ひじきご飯とサバの味噌煮、それから切り干し大根とお味噌汁。THE・和食!というメニューにほっこりしてしまうのは、やっぱり日本人だからなのかな。お味噌汁が染みます…本当に。
何度か三月さんにはご飯をつくってもらっているけれど、相変わらずの美味しさだ。彼と結婚する人は羨ましいけれど、その分、自己嫌悪に陥りそうな気もする…だって、絶対に三月さんの方が上手だもの。料理もお菓子も。


「天くんと紡くんは帰ったんですか?」
「帰ったよ、30分くらい前…だったかな。タクシーに乗せたから大丈夫」
「そうですか。というか、帰るんだったら私にも声をかけてくれればいいのに」
「さっすがにそれは無理難題だって、姐さん」


大事な話をしてる時に、帰りましょうなんて言えないから。
三月さんは苦笑を浮かべながらそう言った。…まぁ、そういうものなんだろうか。自分が紡くんの立場で考えてみたら、…ああ、確かに声をかけづらい。そのまま帰るかも、私も。それであとから連絡いれるかもなー先に帰ってるね、と。もぐもぐと咀嚼しながら納得する。


「ちゃんと話せた?大和さんと」
「はい。全部、お話してくださいました」
「そっか、良かった」


リビングに漂う空気は、私が知っている優しいもので。皆さんが失くしたくない、と思っているものがやっと戻ってきたんだと、そう実感した。
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