Mission:アナザー
事の始まりは、撮影から帰ってきた大和さんの一言だった。
side:三月
「え?大和さん、明日は昼も夜もいらねぇの?」
「おー。ちょっと出かけてくるから」
「ふぅん…」
明日は珍しく、そしてひっさしぶりに7人揃ってのオフ。しかも土曜日だから一織と環も学校ねぇし、ナギと陸と全員揃って出かけたいねー、大和さん帰ってきたら相談してみようぜ!って話をしてたんだけど…その話をする前にあっちから「明日は昼も夜もメシいらない」って言われちゃって。出鼻挫かれたみたいで、呆けちまったんだよな。
チラッと視線を向けてみると、ナギと陸がめちゃくちゃ悲しそうな顔してる…あれだ、耳と尻尾が見える気がする。チクショウ、可愛い。でも大和さんがオフの日に出かけるなんてめっずらしーなぁ。いつもは大体、寮にいるのに。誰かが声かければ出かけてくれることも増えたけど、基本、オフは外出したくないのだ。このオッサンは。
「Oh…ヤマト、出かけてしまうのです…?」
「え?うん、先約あるし…なんだよ?ナギもリクもしょんぼりしちまって」
「明日は7人揃ってのオフだったから、せっかくだし皆で出かけたいねーってナギと三月と話してたんです」
「んーで、大和さん帰ってきたら相談しようぜって言ってたんだけど…ん、どーぞ」
「サンキュ。悪いなー、それならもっと前に予定あるって言っとけば良かったな」
大和さんは陸に弱い。そしてナギにも割と甘い。しょんぼりしてる2人の頭をワシワシと撫でている。眉もハの字になってるし、あれは罪悪感を感じてるなぁ。
でもまぁ、オレ達もさっき思いついたことだし大和さんは何も悪くないんだけど。だけど、ナギと陸にあんなしょんぼりされちまったら謝りたくもなるよな。うん。
「でもさーヤマさんが出かけるってちょー珍しくね?」
「た、環くん…!」
「だってさ、ヤマさんはいっつもオフの日って寮にいんじゃんか」
「まぁ…そうなんだけど」
「四葉さんの言う通り、珍しくはありますね」
ソファに寝転がってゲームしていた環も、その隣で本を読んでいた壮五も、そのまた向かいでテレビを見ていた一織もこっちを向いて会話に参戦。話題にされているオッサンは相当腹が減っていたのか、黙々とメシを食ってます。でも視線はあちこち向いてるから、話を聞いてないってことではないみたいだな。多分、食い終わるか何か聞かれるまで口は開かないと思うけど。
そういやさっき、先約あるとか何とか言ってたよな。ってことは、オッサン1人で出かけるんじゃなくて誰かと出かけるってことで…八乙女とか十さんか?でもあの2人とだったら最初からそう言うよな。いつも飲みに行く時とか、八乙女とーとか十さんとーとかラビチャしてくるし。それを口にしなかったということは、オレ達が知らない相手か―――
「あ、そういうことか。成程ね、ふぅ〜ん」
「なんだよミツ…ニヤニヤしちゃって」
「いや?オッサンも青春してるなぁって思ってさ」
にしし、と笑ったオレを見て、大和さんは耳を赤くしてそっぽを向いた。お、これはオレの勘大当たり!ってやつだなぁ。そして照れる大和さんは、割とレアだと思う。あの日以来、肩の力が抜けたっぽくて寮でも素を見せてくれているとは思うけど。きっとまだまだ見たことない表情とかあるんだろうな〜この人のことだから。
まぁ、それは置いておくとして…明日、姐さんとデートなんだな。初デートってやつかな〜。
「オレもわかった!縁さんと出かけるんだ!」
「NO!ヤマトそれはズルイです!!」
「何でだよ?!いいだろ、別に出かけたって!!」
「そういえば、縁さんも明日お休みだって言ってたっけ」
「俺達が揃ってオフだから、この日は休め!ってバンちゃんとマネージャーに念押しされてた」
「あの人もなかなかにワーカーホリックですからね…それで何処に行かれるんです?」
「ん?水族館。世話になってるプロデューサーさんにチケットもらったから」
ほら、と見せてくれたのは、リニューアルしたってニュースになってた水族館。リニューアル自体はもう数年前だし、あの頃に比べれば込み具合も軽減されてるとは思うけど。それでも土曜だしなぁ…大和さんだってバレて大騒ぎにならないといいんだけどさ。
せっかくの初デートだ、ようやくくっついた2人には1日楽しんできてもらいてーじゃん?それにしても大和さんと姐さんがデートか…どんな感じになるのか、ちょっと気になるかも。水族館自体も気になるけど。
「ヤマさーん、俺も水族館行ってみたい」
「またチケットもらってきてやるよ、機会があればだけど」
「え〜?」
「今回はほんっと勘弁して…!ごっそーさん!」
律儀に食器をシンクに置き、大和さんは逃げるようにリビングを出ていきました。チラッと見えた耳がいまだ赤かったから、多分、まだ照れ臭いんだろうなぁ。普通に話しちゃいたけど。
くくっと笑っていると、キラッキラした顔の環と陸とナギがこっちを振り返った。お?なんだ?どうやら一織と壮五は2人が言いたいことをわかっているらしく、ちょっと困ったような笑顔を浮かべてる。…んん?本当に、なに?
「みっきー!」
「三月!」
「ミツキ!」
「えっあっハイ?!」
「「「明日、皆で水族館行こう!!」」」
「……え?」
どういうこと?と一織と壮五の方を向くと、オレがのんびりお茶を飲んでる間にナギ達3人が大和さんと姐さんのデートを尾行しよう!って話で盛り上がっちゃったんだって。いくら2人がせっかくのオフなんだからとか、2人の邪魔をしたら迷惑だって言っても聞いてくれないらしくて…んで、最終的にオレに許可を取れ、ってことになったらしい。
いや、何でだよ。許可を取る相手はオレじゃなく、大和さんや姐さんだろ絶対に。てか、オレに許可取ってどうする?!説得できなかったからって一任しないで…もし許可を出して尾行したとするだろ?バレた時にめっちゃ怒られんのオレだぞ?!あのオッサン拗ねるとめんどくさいし、姐さんも本気で怒るとマジで怖いんだけど。うーわー許可出したくねーでも3人のキラッキラした目に弱いんだよなぁ、オレ。
そして、悩みに悩んだ上に出した結論は―――
「一織、一織!あの魚って何ていう奴?」
「あれは某映画の主役に抜擢された魚です。名前はカクレクマノミ」
「これがカクレクマノミなんだ」
はい、お察しの通りです。一応の名目は『オレ達も水族館行きたかった』です。実際に陸と環は純粋に水族館に行きたかったっぽいし、もういいかなって。半分諦めましたね、と苦笑していたのは壮五だった。そいつも今は環と一緒に水槽を嬉しそうに、楽しそうに眺めてるけどな。
…今思えば、ウチのメンバーの家庭環境はなかなかに複雑だ。だから水族館に行ったことないから行ってみたい、とか言われたら、何かこう叶えてやりたくなるんだよ。それも全力で。そこに運悪く大和さん達のデートを尾行っつーのが入っちまっただけで。あれだな、頃合を見て帰るか、全く違う場所に行くことにしよう。気にならないとは言わないけど、初デートだって話だしなるべく2人でいさせてやりたい。さっきチラッと見たら、姐さんがめっちゃ楽しそうに笑ってたし。
「ユカリ、とても楽しそうです。ね、マイプリンセス」
「え、あ、はい、そうですねナギさん!」
マネージャー、巻き込んでごめん。本当にごめんな。
「ビックリしました。突然、水族館に行こうってラビチャがきたので。それも縁ちゃん達が行く所と同じなんて」
「決まったのも昨日なんだけどな…本当、ごめん」
「いえいえ!それはいいんですけど、…何というか複雑な気持ちで」
そう言ったマネージャーは眉を下げ、困ったように笑った。複雑な気持ち、ってどういうことだ?
さっき買ったばかりのカフェオレを飲みながら続きを促してみると、姐さんが楽しそうにしているのは嬉しいし、大和さんの表情が柔らかくなってるのも彼女を大事にしてくれているのも嬉しいけど、でもその分、姐さんが遠くへ行っちまったみたいで淋しい気持ちもあるんだって。今までの一番はずっとマネージャーと社長…つまりは家族だったから、そうじゃなくなるのはどうしたって複雑な気持ちになるんだって話してくれた。
「いいんです。縁ちゃんはずっと私とお父さんを一番に優先してくれていたから、こうして家族以外に大切な人を見つけてくれたことはとても嬉しいから」
「…でもやっぱり、淋しいんだよなぁ。離れてくとか、そんなことないのに」
「はい。…だからどうしても、複雑になっちゃうんですよね」
大和さんにとられてしまった気分です。
むう、と唇を尖らせて呟いた彼女は、普段の姿からはあまり想像できないくらいに年相応だと思った。ははっマネージャーもこんな顔するんだなぁ。でもそうだよな、本当にマネージャーと姐さんは仲が良いから淋しくもなっちゃうよなぁ。オレだって一織に彼女ができたとか、結婚するとか言われたら淋しいと思うだろうし。
オレ達の関係は何も変わらないのに、そう思っちゃうのは何でなんだろう。ずっと一緒にいて、これからもそれは変わらないって心のどこかで思ってるからか。変わらないのは本当だと思うし、家族の絆はそう簡単に切れないとも思っているけど…それとこれとは別問題ってやつだ。いまだ複雑な顔で2人の後ろ姿を見ているマネージャーの頭をぐりぐりと撫でてみた。
「わっ…み、三月さん?」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。姐さんに大事な人ができてもさ、あの人のシスコンは変わんないって」
「シスコン……」
「そういう『大事』と家族に対する『大事』は違うだろ?きっとマネージャーに何かあれば、姐さんはすっ飛んでくるって」
そう言ってもう一度、ぐりぐりと頭を撫でていると、さっきまで大人しかったはずの陸達が騒ぎ始めた。一応、周りに迷惑をかけないトーンではあるけど下手するとバレるぞ、正体。つーか、目を離した隙に何があったんだよ。
「み、三月…大和さんが、あの、」
「?陸さん、お顔が真っ赤です。ハッもしかして体の具合が…?!」
「ちっちが、体は至って元気!そうじゃなくて、」
「陸くん、落ち着いて。はい、深呼吸しようね」
いや、マジでなに?陸が一生懸命に伝えようとしてくれてるんだけど、顔を真っ赤にしてパニくってるから全くわかんねぇんだけど。マネージャーと揃って首を傾げていると、テンション高めのナギが突っ込んできた。そしてそのままハグされた。それは慣れてるからいいんだけど、公共の場でも突っ込んでくるなよお前!!
「ミツキ!マイプリンセス!大ニュースです!!」
「は?大ニュース?」
「どうされたんですか?」
「ヤマさんが姐さんにチューした」
「四葉さん…!」
「口じゃなくてデコだけど」
マジか。あ、だから陸があんなにパニくってたんだな。ようやく理解した。てか、大和さんやるなぁ…これ、本当に見てたのバレたら殺される案件じゃね?ちょっとうすら寒くなってそっと2人に視線を向けたら、大和さんとバッチリ目が合った。そう、『目が合った』んだ。オレ以外に気がついてる奴はいないけど。
あ、これ詰んだ。死んだ。サーッと血の気が引いていく感覚がして、どうするべきかぐるぐる悩んでたら大和さんが人差指を口に当てた。そして姐さんの手を引いて、奥へと歩いていく。
うーわー、なに?今の仕草…演技力フルに使ってんじゃねーよ、あのオッサン。
「…三月さん?」
「―――よし、お前ら帰るぞー」
「えっ帰るのですか?!」
「帰る、帰る。これ以上は大和さんにバレる可能性あるしな」
「確かに。大和さんは勘が鋭いし」
「え〜…せっかくだし、もっと遊びてェ」
「じゃあ帰りにゲームセンター行こうよ!皆で!」
「それはさすがに騒ぎになるのでは…?」
「だいじょーぶだよ!きっと!」
「その自信は一体、どこからくるんですか」
賑やかな会話を耳にしながら、さっきの大和さんの姿を思い出す。まるでドラマのワンシーンみたいで、思わずドキッとしちゃったけど、暗にもう邪魔しないでって言われてるような気もして…咄嗟に帰るぞ、って口にしていた。
こんな仕事してると自由に使える時間なんて少ないし、仕事抜きで一緒にいられる時間なんてもっと少ないだろう。それを考えると、オレの判断は間違ってないんだと思う。最初から来なければいいのに、っていうのは、この際捨て置くのである。元も子もねーもん、それ言っちまったら。
「そのうち、大和さんか姐さんから惚気とか聞けるようになんのかなー」
そんな未来を想像するのも楽しい、そんな風に思った。そしてこれは余談だが、後日、大和さんから全員かるーく説教されたのは言うまでもない。
(とにかくあの日のことは他言無用な。そうしねぇと縁が拗ねる)
(姐さんは気がついてねぇの?)
(今の所は。いっぱいいっぱいだったから、あの子)