嘘をつけ


二階堂さんの演技はすごい、と話は聞いていた。実際に放送されたドラマは全て見ているし、録画もしていたりする。あの人の演技は確かにすごかった。悪役も様になっていたしなぁ…アイナナ警察の時は、三月さんに怖がられたらしいというお話もこっそり伺っていたりする。でもまぁ、確かにあの演技を間近で見たら本気で恐怖を覚えるのかもしれない、と決して二階堂さん本人には聞かせることはできない感想を抱いていたりする。
ええっと、それは置いておくとして…私はアイドリッシュセブンのマネージャー補佐をしているものの、基本的にはMEZZO”のマネージャーなので送迎をしているのも主に逢坂さんと四葉くんなのです。
何が言いたいのかといいますと、今まで私は二階堂さんの演技を生で見たことがないということ。送迎もしたことなかったしね、ついていくことがあるとすれば未成年組のみの仕事で、尚且つ、紡くんが行けない時だけだ。

(二階堂さんと2人、というのは…本当に初めてだ)

前置きが長くなったけど、そう、今日は紡くんに頼まれて二階堂さんのマネージャーです。付き添いです。運転手です。どんな仕事なのか、現場は何処なのかというのは補佐である私も頭に入れてあるから、然程困ったりはしないんだけど―――二階堂さんが、少し苦手だったりする。
飄々とした態度をしていたかと思えば、こっちの核心をついてくるような発言をしたり…リーダーを務めているだけあって、周りをよく見ているなぁと感心する。するのだけれど、…色々と見透かされてしまいそうで、怖くなるのも事実だ。


「あーねさん」
「どうしました?二階堂さん」
「いや?ちょっと上の空に見えたから、声掛けただけ。大丈夫か?」
「ええ、問題ありませんよ。そろそろ呼ばれると思いますので、台本はお預かりしますね」
「ん、サンキュ。…なぁ」


持っていた台本を預かり、休憩中に飲むであろう飲み物の準備をしていると、椅子に座ったままの二階堂さんがじっとこちらを見上げていた。何でしょう?と首を傾げると、ちょいちょいと手招きをされる。変なことを企んでいるんじゃないだろうな、と些か失礼なことを考えながらも、無視するわけにもいかないので…大人しく近づくことにしました。
すると耳を貸して、というので、少し屈んで言う通りにしたら―――耳元で「頑張るから見ててよ」と、やけにカッコイイ声音で囁かれたのですが?!思わず勢い良く体を引いた所で、撮影を始めますとスタッフさんが呼びに来た。
よ、良かった、体を離した後で…!いや、あまり良くないんだけど!!


「にっ…二階堂さん!」
「嘘は言ってないかんね。スタジオで、一番近くで…俺の演技、見ててよ。な、姐さん」


言いたいことだけ言って、ひらり、と手を振って控室を出て行ってしまった。数秒固まった後、ハッと我に返って慌てて彼の背中を追いかける。でも隣に立つのは何だか癪で、わざと数歩後ろを歩いていると苦笑しながら隣に来てよ、と二階堂さんが笑う。その声はさっきの声とは全く違う…普段聞いている、耳に馴染んだ音だ。
それなのに何で、何でさっきはあんなドラマ以外では滅多に聞くことがないであろう声音で言葉を紡いだんだこの人は!変な所で本気を出すのはやめて頂きたい、と切に願う。本気を出すのは仕事の時だけで十分です。
一番近くで見てて、なんてまるでドラマのセリフのよう。今回のドラマに似たようなセリフがあるのかな、なんて思って預かった台本をパラパラと捲ってみたけれども、そんなセリフは1つもありませんでした。ないということは、あれは決して演技ではなく、二階堂さんの本音ということになってしまう。
私みたいな素人、それも事務所の事務員にそんなセリフを言うなんて、二階堂さんは一体何を考えているのか。やっぱりあの人はよくわからないな、と溜息を1つついて、間もなく撮影が始まるであろうスタジオへと目を向けた。


『待って…!お願い、私も連れていって』
『馬鹿なことを言うな―――好きだから、置いていくんだ。わかってくれ』


スタジオ内に響く切なげな声音。相手役の女優さんを見つめる優し気な瞳。これは演技だ、とわかっているはずなのに、胸の奥が痛い。それと同時に鼓動が僅かに速さを増した。
自分の中に芽生え始めた違和感とも呼べる感情を隠すように、そっと目を伏せた。破壊力を増した二階堂さんの演技から、目を背けるように。

(テレビでも十分だったけれど、生って本当にすごい…)

思考を切り替えようと目を伏せても、どうしたって声が耳に届いてしまって上手く切り替えられないでいる。心臓はいまだドキドキしているし、気がつけばさっきのセリフが延々と脳内にリフレイン。あの優し気な瞳も…しばらくは忘れられそうにない。本気で素敵だと、カッコイイと、そう思ってしまったのだ。
これはしばらく引いてくれそうにもないな、思考も切り替えられなかったし…とりあえず、二階堂さんにバレてしまわぬようにしなければ。





「姐さん!」
「お疲れ様です、二階堂さん」
「サンキュ。…で、どうだった?」
「…素敵でしたよ?引き込まれました」


ドキドキしてしまったことも、胸が痛んだことも、どちらも隠し通したいことだ。けれど、少しくらい本当のことをいっても問題はないだろう。私が告げた感想は二階堂さんを満足させるものだったらしく、彼は珍しく嬉しそうに笑った。…なんだ、こんな顔もできるんじゃないですか。

(やる気がないように見えるのに、でも仕事はきっちり完璧にこなす。やっぱり、この人の演技力はすごいんだ)

今日分の撮影は終了したらしく、役者さん方は各々スタジオを出て行っている。もう大分遅い時間だし、きっと二階堂さんも疲れているだろう。早く楽屋に戻って、寮へ送り届けなければ。
明日の彼のスケジュールを思い返しながらそんなことを考えていると、二階堂さんの名前を呼ぶ可愛らしい声が耳に届いた。その正体は彼の相手役を演じている、最近人気が上がってきた女優さん。どうやらこの女優さんは二階堂さんのことが好きみたい。何となく、目を見ればわかってしまう。
こういうのを女の勘、とでも言うのだろうか。


「お疲れ様です、大和さん!今日の演技も素敵でした」
「それはドーモ。そちらこそお疲れさん」
「あの、この後って時間ありますか?良かったら食事でも…」


…ふぅん、仲良いんじゃないか。食事に誘われているみたいだし。二階堂さん自身も満更でもないみたいだし、先に楽屋へ戻って帰りの支度をしておこう。先に戻ってますね、とだけ声をかけて、私は半ば逃げるようにスタジオを飛び出した。

胸の痛みも、私の名を呼ぶ二階堂さんの声も、無視をして。

廊下に出てさすがに無視はやり過ぎただろうか、と思ったけれど、いやいやあれは普通の対応だ!と強引に自分を納得させる。だって仕方ないじゃない、あのままあそこにいたら―――


「待てって姐さん!」
「きゃっ…!」
「はー…置いてかないでくんない?」
「に、二階堂さん…?」
「お前さん、今日は俺のマネージャーなんでしょ?だったらしっかり連れて帰ってくださいよ」
「あ、はい。すみません……?」


思わず謝ってしまったけれど、元々は二階堂さんがあの女優さんと楽しそうにお喋りを…って!それじゃあまるで私が嫉妬してるみたいな言い方じゃないか!!ええっと、そうじゃなくって…そう!私なんかが邪魔していいわけがないから、だから先に戻っていようと思っただけ。決して羨ましいとか、そんな感情は抱いていないのです。


「…良かったんです?食事に誘われていたみたいですけど」
「んー?いいの、いいの。俺は姐さんと帰りたいんだし」
「またそう言って人のことからかって…」
「―――からかってるって、本気でそう思ってる?」


普段とは違い、僅かに固い声に肩がビクリと跳ねる。そろり、と顔を上げると、二階堂さんの顔には一切表情がない。


「ねぇ、俺が姐さんを…縁をからかってるって、本当にそう思ってるワケ?」


真っ直ぐに私を見下ろす瞳は、見たこともない色が宿っていた。こんな顔をする二階堂さんを、私は…知らない。
ドクリ、ドクリと速さを増す鼓動に再び目を背けながら、震える唇で思っていますよ、と告げてしまった。
- 8 -
prevbacknext
TOP