孤高の華はそこに


久遠は突然、活動を休止した。休止宣言以来、何も情報は入ってこなくて事実上の引退なんじゃないだろうかって至る所で聞いていたのをよく覚えてる。
確かにそうなのかもしれないと思う反面、引退してしまったなんて信じたくなくって、納得してしまいたくなくて、ひたすらにあいつの幻影を追いかけていたように思う。見つかるはずもないのに。見つけた所でどうにもなるはずもないのに。それでもどうしようもなく諦めきれない思いが、胸の中で燻っていた。


 side:楽


音楽番組の収録を無事に終え、今日の仕事は全て終わった。衣装から私服に着替えながら、届いているラビチャやメールに目を通していると珍しい奴からメッセージが届いていて目を見開く。

―――縁。

紡の双子の姉で、小鳥遊事務所の事務員のひとり。かつての俺達のライバル的存在だった奴でもある。再会して連絡先を交換したものの、アイツから連絡してくるのはかなり珍しいことだ。大体、こっちから連絡することの方が多い。
あっちからくることがあるのは、MEZZO"と共演する前日に『明日はよろしくお願いします。』という、何とも事務的なメッセージのみ。いや、いいんだけどよ…表向き、交流し過ぎるのは良くねぇらしいから。まぁ、俺はそれに納得しちゃいねぇけど。
…自分の脳内で話しがズレる、ってどういうことだっつーの。そんなことより何かあったのか?MEZZO"との共演予定はなかったはずだが。通知をタップし、メッセージを開いて俺は―――絶句した。


「…はぁ?!」
「楽、なに大きな声を出してるの?楽屋だからって気を抜きすぎ」
「どうしたの?何かあったとか?…あ、スケジュールの変更かな」


でかい声を出した俺に不機嫌な声をぶつけてきた天と、首を傾げた龍にただ黙ってスマホの画面を向けた。2人は怪訝な顔をしながらも画面に目を向け、そこに書かれているメッセージに視線を滑らせる。
みるみるうちに天と龍の顔には驚きの色が滲み、龍に至っては俺よりもでかい声を出しやがった。おい、隣にいる天が耳おさえてるぞ。


「わかっただろ、俺がでかい声を出した理由」
「う、うん…!あ、ごめんね天、ビックリしただろ」
「大丈夫…でも気をつけて。……それにしても、まさかあの子がこんな決断をするなんて」


天の言葉に俺と龍も黙って頷いた。


「でもそっかぁ…また聴けるんだね、久遠ちゃんの歌」


龍のふにゃっとした笑みを視界の端に映しながら、いまだ表示させたままのメッセージに視線を落とす。縁から届いたメッセージは、久遠として再びステージに立つことを決めました、というものだった。
最初は復帰するのか、と思ったんだが、読み進めていくとそれはただの早とちりでしかないことに気がつく。確かに休止宣言を撤廃してライブをやりはするが、それは復帰ライブではなく『引退ライブ』だったから。どういう心境の変化なのか、アイツ自身が何を考えているのかはわからないし、俺がそれを知る日は一生来ないというのはわかっている。
でも、…それでも俺は、アイツの本心を知りたいと思った。同業の仲間として、かつてのライバルとして。


「…ライブ当日は無理だろうが、ゲネくらい行けねぇかな」
「どうだろうね。でも…せっかくだし、姉鷺さんに聞いてみようか」
「ああ、そうしよっか。3人で聴きに行けたら嬉しいね」


それが最後の歌でも―――龍の言葉の後には、そう続くような気がしてしまった。縁からのメッセージにはライブやゲネに来てほしい、とは書かれていない。アイツの歌を聴きたいのも、行きたいって願ったのも、全部俺達の意思だ。それが最後ならば尚更、生で聴きたいと願うから。もう一度、聴くことができたのならなんて…何度願ったかしれねぇからな。
でもそれが叶う日が来ると思っていなかったというのも、本当。久遠は確かにこの世界の仕事を好いていたし、今現在も嫌ってはいないと思っている。だけど、再び表側に立ちたいっていう強い意志があるかと問われたら…応、とは答えられない。しいて言えば、半々なんじゃねーかなってちょっと思ってる。
アイツは頑固だし、超がつくほどの大真面目だから、そんな中途半端な状態じゃきっと復帰なんてしないだろうって思ってたからなぁ。それが覆される日が来るとは…いや、ある意味いい方向に転んでくれてっけど。


「また聴けるのはいいことなんだろうけど、最後だと思うと…複雑な気もする」
「珍しいな、天がそんなこと言うなんて」
「ボクだってそう思うことくらいあるよ」
「天の気持ちはわかるよ。嬉しいのは本当なんだけど、手放しで喜べないというか…」


龍の言う通り、天の言う通り、確かにそうなんだよな。嬉しいけど、複雑。何とも表現し難い気持ちが、胸の中でぐるぐる回ってるような感じで気持ちが悪い。吐き出したいけれどどう吐き出したらいいかわからないし、どこへ吐き出せばいいのかもわからない。


「でも―――久遠ちゃんがそう決めたんだったら、応援してあげたいな」
「…うん」
「やっぱり頼み込んでゲネでも何でもいいから、行かせてもらおうぜ。差し入れ持って」


あまり関わりを持つな、と言われても、そんなの知ったこっちゃない。こればっかりはどうしたって譲れない、譲ってなんてやらない。
- 62 -
prevbacknext
TOP