貴方が仮面を剥がして
万理さんにうっかり零してしまった本音は、あれよあれよという間にお父さんと紡くんに伝わり、これまたあれよあれよという間にライブをすることが決まってしまった。そのスピードに驚きはしたものの、不思議と嫌な気持ちにはならなくて…ライブ当日までの諸々のことを引き受けてくれた3人に、素直にお礼を言うことができました。昔の私だったらきっと、素直に言うことはできなかったと思う。いや、それもどうなのって今では思うけど…!
とにかく下準備は着々と進んでるんだ、頑張らなくちゃ。自分で決めたんだもの、しっかりと幕を下ろそうって。逃げるのはもう止めにしようって。『引退宣言』も逃げることになるのかもしれない。でも、…今のままでいるよりもずっといいって思ったから。
「姐さん!悪い、待たせちまった」
「大丈夫です。走ってこなくても良かったのに…」
「いやいや、走るって…ほんっと悪い!」
パンッと両手を合わせて謝ってくれたけれど、本当に気にしてないんだけどなぁ。遅れるって連絡はもらっていたし、さっきまで近くのカフェでちゃんと暖をとっていたもの。どこかお店の中にいてくれ、って言われてしまったから。
それに私だって事務員として、MEZZO"のマネージャーとして同じ業界にいるんですから、仕事が長引くことは重々承知してるんです。だからそんなに謝る必要も、気にすることもないんだ。…優しいなぁ、二階堂さんは。
「行きましょう。まだご飯、食べていらっしゃらないでしょう?」
「ああ、うん…夕方にケータリング食ったけど、さすがにな」
「この近くに焼き鳥が美味しいお店があるんですって。そこでもいいですか?」
「いいけど…お前さん、話があるって言ってなかった?」
そう。実は今日、話したいことがあるって二階堂さんを呼び出したんです。それなのに焼き鳥が美味しいお店、って私が言ったから、この人はきっと居酒屋にでも行くのだろうって思ってる。だからこそのあの言葉、ということなんじゃないかな。でもそうよね、話がしたいって言ったのに騒がしいお店に行くとは思わないよね。
でも残念ながら居酒屋ではないのですよ。お酒を取り扱っているお店ではあるそうなんだけれど、どっちかというと…割烹?に近い感じなのかなぁ。たくさんお店を知っている百さんに聞いて、オススメだよって言っていた所だから味も何もかも心配することはないと思っているけれど。
「そのお店、百さん御用達なんです。だからもちろん、個室ですよ」
「ああ…百さんの紹介なら心配はいらないか。…でも、それだったら寮に来れば良かったのに」
俺の部屋で話をしても良かったんじゃない?
隣を歩く二階堂さんは首を傾げて、私を見下ろした。ひどく不思議そうな顔で。きょとん、とした顔が何だか可愛くって、自然と頬が緩んでしまう。でもここで声を出して笑ってしまったら、きっと二階堂さんの機嫌を損なってしまうから我慢しよう。
「姐さん?」
「ええっと、…寮でも良かったんですけど、皆さんが気を遣ってしまうでしょう?それが申し訳ないので…」
三月さんは私の分まで夕食を準備しようとしてくれるだろうし。皆さんの気遣いや親切心や優しさが嫌だとか、窮屈だとか、そういう風に感じているわけじゃない。ただ本当に申し訳なく思ってしまうのだ。気にしないでくださいって叫びたくなってしまう。
だったら最初から外で話せばいいのでは?という結論になり、今に至ります。はい。
「ん、うま。さっすが百さん」
「本当にどれも美味しいですね、ハズレがないです…!」
「だな。あ、姐さん、その月見つくね1個ちょーだい」
「いいですよ、どうぞ」
お店に着いてそろそろ1時間。目的をもって来たはずなのに、いまだにそれは実行に移されることなくひたすら美味しい焼き鳥や、その他の料理に舌鼓を打っている。いや、さすがに…と思いはしているものの、食事中にする内容の話でもないしなぁと思ってしまって。そして最初に戻る、の繰り返しです。
でもそろそろお腹もいっぱいになってきたし、切り上げて本題に入るのも―――いいかもしれない。そう決心した途端に喉、というか口の中が渇いたような気がして、ウーロン茶を一気に飲み干した。緊張しているとでもいうのだろうか…ああいや、してもおかしくはないか。だって今から二階堂さんにするお話は、今まで誰にも言うことができなかったもの…私の過去、だから。
話し終わった後になんて言われるか、どう思われるか、それを考えると怖くて仕方がない。でもこの人には聞いてほしい、本当の私を知ってほしいと強く思ってしまったから。
「あの、…少しだけ、私の話を聞いて頂けますか?」
「嫌だって言うと思う?今日はそのつもりで来てるんだけどな、おにーさん」
「あはは…そう、そうでしたね」
膝の上に置いた手をギュッと握り込む。そうでないと、震えてしまいそうだった。
「ご存知の通り、私は―――久遠という名前で、歌手をやっていました」
「うん」
「順風満帆だったと、思います。自分でも」
そう、順調だったと思う。少しずつ売れて、TRIGGERの3人にもライバル的存在だって言ってもらえて…私の歌を好きだと言ってくれる人がたくさんいたんだ。あの時、私は確かに幸せだと感じていた。この世界の仕事が好きかもしれないと、そう思った。
思っていたはず、だったのに…私は、あの世界に歌手として居続けることはできなかったんです。
「前に言ってた…ストーカー?」
「始まりはそうです。だけど、…それだけじゃなくって」
カタカタと震え始めた手を更に強く握り込む。それこそ、爪が掌に食い込むほどに。痛いほどに。テーブルの下だから見えないだろうと思っていたのに、二階堂さんは全てお見通しだとでも言うように向かいから私の隣へと移動してきた。
何となく顔を見れないでいると、握り込んだ手をゆっくりと開かせ、そのまま抱きしめてくれました。何も言葉は発していないけれど、大丈夫だと言ってくれているような気がして。知らず知らずのうちに詰めてしまっていたらしい息を吐き出した。…二階堂さんの香り、落ち着くかもしれない。
「親が社長だからデビューできたくせに」
「ッ」
「そう…言われました。言い返せなかった」
だってその通りだと思ったから。言い得て妙だと、自分でも思ったから。だから気にしないでいた、いた…つもりだったのに。少しずつ少しずつそれは蓄積されていったらしく、今でも時折思い出しては泣きたくなってしまう。
固く目を瞑り、二階堂さんの肩口に額を擦りつけるようにして背中に腕を回す。彼はただ黙って、私の背中や頭を撫でてくれて、少しずつ気持ちが落ち着いてきた。
「そんな人ばっかりじゃなかった。それはちゃんと理解してはいます…でも、それでも何度も何度も言われると…人ってダメになるものなんですね」
「……うん」
「私に対する言葉だけならどうにでもなりました。だけど、…突き飛ばされた私を庇って、」
あの日―――…ライブのリハーサル中だった私を、バックダンサーとして参加してくれていた誰かが突き飛ばした。
いきなりのことだったから何もできなくて、そこら中から悲鳴が上がる中を私はゆっくりと落下していったのを覚えている。ああ、こんなにもゆっくりと感じるものなんだな…なんて、斜め上すぎる感想も抱いた。でもいつまでも痛みはやってこなくて。いつの間にか閉じていた目をそっと開けば、私は誰かに抱きしめられていたんだ。
見慣れ始めたスタッフTシャツが一番最初に目に入って、嫌な予感がしたから慌てて顔を上げればそこには万理さんが、いて…一気に血の気が、引いた。だって万理さんは目を閉じていたから。
「こわ、かった…私のせいで怪我をしてしまっていたら?息をしていなかったら?って…そればっかりで」
でもその恐怖と不安はすぐに打ち消された。「ビックリした…大丈夫?!」って、パッと目を開けた万理さんがすぐそう口にしたから。大丈夫か、って聞きたいのはこっちなのにって思ったりもした。だけど、それ以上に万理さんが無事だってことにホッとしたんです。
ライブは何とか成功のまま終えることができたし、リハーサル以降は何も起きなかった。誰も怪我をすることはなかった。けど…もう限界だ、って思っちゃったんですよね。そして私は逃げるように表舞台から姿を消した。『活動休止宣言』を出して。
「私はあの日、引退するつもりでいました。だけど、社長や万理さんと色々話をして…結果的には活動休止って形になりました」
「…そっか」
「誰にも、言わなかったんです。言えなかったんです。良くしてくれたRe:valeの2人にも、ライバル的存在だと言ってくれたTRIGGERの3人にも」
それがどれだけ彼らを傷つけることになるのか、心配をかけることになるのか、今なら痛いほどにわかるのに…あの時の私は、自分のことしか考えていなかったんだ。ただ逃げたいとしか。
全てを吐き出して縋るように彼の服を掴めば、一層強く抱きしめてくれる。沈黙が支配する空間も、然程嫌だとは思わない。今はそれすらも心地良いと感じているくらい。
「…悪い。辛いこと思い出させた」
「二階堂さんが謝ることないです。私が、勝手に…」
「話してくれてありがとな。―――縁」
名前を呼ばれただけなのに…何故だか、涙が止まらなかった。