シンデレラは再び、ガラスの靴をはいた


二階堂さんと話をして、気持ちが晴れたわけじゃない。恐怖感や色々なものがスッキリなくなったわけじゃない。でもどこか、軽くなったような気がしているのも本当で。やっぱり私は単純なんだなぁ、って改めて思う。
あの日から毎日があっという間に過ぎていって、気がつけばゲネ当日になっていた。忙しいと時間の感覚や曜日の感覚が薄れていくと言うけれど、それは本当だと思う。特にこの業界にいると曜日なんて関係あるようで、関係ないから唐突に今日って何曜日だったっけ?ってなるんだよね。うん。


「久遠さんOKでーす!一旦、休憩にしましょう」
「休憩後、15時よりゲネ始めますんでお願いしまーす!」


朝イチで会場入りして音合わせや照明合わせをすること数時間。気がつけばお昼になっていた。もうこんな時間なんだ…早いな、本当。明日がライブ当日だなんて思えないくらい。というか、今日がゲネってことも信じられないくらいなんだけどね。
準備は万全(だと思う)、ブランクを埋める為の練習だって死に物狂いでやってきたつもりだ。かつてのボイスレッスンの先生にも、昨日ようやく及第点をもらうことができた。不完全かもしれない、失敗するかもしれない…それでも私は、精一杯歌いたい。会場へ来てくれる人達に、届けたいの。ありがとうや、ごめんなさいや、たくさんの思いを。


「あ、いたいた。久遠ちゃん、ケータリング届いてるよ」
「はい、今行きます」
「ブランクあるからどうなるかと思ってたけど、喉の調子はいいみたいで安心した」
「ボイスレッスンでしごき倒して頂いたので」
「ああ、あの人か…相変わらず厳しいのには変わりないんだね」


厳しいことで有名だった、ボイスレッスンの先生。現役時代も大変お世話になりましたが、まさか再びお世話になる日が来るとは思わなかったなぁ…そして万理さんの言う通り、厳しいことに変わりはありませんでした。スパルタ健在です。まぁ、今の私にはその方がちょうどいいと思ったから良かったんだけど。
ずっと歌っていなかったから喉の開き具合は最悪だし、楽に出せていた高音も出せなくなっていたのを知った時にはさすがに愕然としてしまった。いや、レッスンしてなければそうなるのも当然だよね…歌ってそういうものだそうなので。日々の積み重ねが大事。


「そういえば、楽から死んでも見に行くからってラビチャきてました…何してんだ、あの人」
「千と百くんも絶対に見に行くって言ってたよ」
「ああ…やっぱり万理さんにもいってましたか。私の所にもきてました」
「多分、アイナナの子達も来ると思うよ。紡さんがせっせとスケジュール調整に精を出してた」


いやいやいや、紡くん頑張る方面違うからね?!
嬉しい反面、全員忙しいアイドルなのに大丈夫なのかって心配になってしまう…特に千さんと百さん。トップアイドルでしょうに、あの人達。それでも本当に来てくれたら喜んじゃうんだろうな、って考えると、顔がニヤけてしまうのだけれど。
ひとまず、今は腹ごしらえをしよう。そして15時からのゲネに備えるとしよう。そう思って楽屋へと向かったら―――TRIGGERの3人が揃っていらっしゃった。


「あ、久遠ちゃん!」
「よう。もうゲネ終わっちまったか?」
「…ゲネは15時からだけど…何してんの。楽、龍さん、天くん」
「ゲネを見に来たの。楽から連絡いってるでしょう」


死んでも見に行くから、とはラビチャきてたけど、ゲネを見に行くなんて爆弾発言は今初めて聞きましたよ。私。初耳だ、とジト目で楽を睨むと、万理さんが「あ、ごめん。言い忘れてた?俺」って言い出して。驚いて彼の顔を凝視しちゃいましたよね。当然ながら。
言い忘れてたも何も…今さっきもそんな話してたじゃないですか?!あ、言ったつもりでいたとしたら思い出すこともないのか。そうか。


「ごめん、ごめん。姉鷺さんからも連絡もらってて、ゲネの日付と大まかな時間を連絡してあったんだよ」
「本番前日にこんなサプライズいらないです…」
「あとで四葉と和泉兄弟と逢坂も来るぞ」
「えっ?!」
「和泉兄弟は菓子作ったから楽しみにしてろ、って言ってた」


もう色々爆弾を落とされすぎて、私はどこに驚けばいいのかわからなくなってきた。
お昼……そうだ、お昼を食べよう。そして落ち着こう。これでRe:valeの2人まで来たら心臓、止まるかも。


「楽達は本番見に来るかと思ってた」
「そうしたかったんだけど、どうしても都合つかなくて…ごめんね」
「謝らなくていいよ、龍さん。ビックリはしたけど、…嬉しいし」
「珍しい、久遠も素直になることあるんだね」


ちょっと天くん。それはどういう意味ですか。そして万理さんと楽、笑い過ぎだからね?顔を背けていても肩が震えてるから、バッチリバレてるからね?!隠せてないからね!!でもきっと指摘をした所で何の意味もないとわかっているから、もう諦めるしかない。
いまだ笑っているであろう2人に背を向けて、廊下に設置されたテーブルにズラリと並べられているケータリングに視線を移した。うわ、種類豊富…すごい量だなぁ。こういうのを見ると、たくさんの人が支えてくれてるんだなぁって思う。有難いことですね、本当に。


「はー…笑った、笑った。久遠、これ差し入れな」
「んぐ、……そんなに気を遣わなくていいのに」
「いーんだよ。俺達が持っていきたかったんだから」
「久遠ちゃん、ここのマドレーヌ好きだったでしょ?」
「種類も増えてたから、とりあえず全種類2個ずつ買ってきたよ。あと食事するなら楽屋に行ってから」


あ、はい。すみません。天むすをもりもり食べてたら、天くんに睨まれてしまった。昔からこうだった気がする。でも事務員として働くようになって、付き添いでドラマやバラエティの撮影に行くようになってからは、天くんからの指摘は正しかったんだな〜と思うことが増えたように思う。思ってはいるんだけど、いざ自分のことになると直ってないものなんだなぁ。
最後の一口を放り込んで、楽から紙袋を受け取り中を覗き込めば、確かに私の好きなマドレーヌが入っていた。大量に。全種類2個ずつって言ってたけど、まず何種類あるのこれ…1人じゃ食べきれないし、一番好きなチョコレート味とプレーン、それから気になるメープル味を頂いて残りはスタッフの皆さんに食べて頂こう。
そして楽屋に戻り、持ってきたケータリングのパスタを食べていたらノック音が響いた。私は食事中だったので万理さんが対応してくれたんだけど、いやにいい笑顔を浮かべてる…社長が来たのかな?


「久遠ちゃん、アイナナの皆が来てくれたよ」
「姐さーん来たぞ!」
「お邪魔します…あっTRIGGERの皆さん?!」
「逢坂さん、3人が来るの知らなかったんですか?」
「天っ…じゃない、九条さんお久しぶりです!」
「クオン、調子はいかがですか?」
「差し入れのお菓子、作ってきた!フィナンシェとクッキーと…」


さっき楽から来るとは聞いていた。ええ、聞いていましたとも。でもまさか、二階堂さん以外のメンバーが勢揃いするとは思っていないじゃないですか。来て頂けたのは嬉しいですが、何故に勢揃い…!!


「二階堂は別の仕事か?」
「そうなんだ。来週からクランクインするドラマの顔合わせ。マネージャーもそっち」
「ふぅん…相変わらず引っ張りだこだな、アイツ」
「八乙女だって変わんねぇだろー?ん、これ3人で食って」
「お、さんきゅ」
「わっいいの?俺達までもらっちゃって」
「作り過ぎちゃったんで、良ければ食ってください!」


何ていうか…ここって誰の楽屋だったっけ、って感じだなぁ。TRIGGERとアイナナ(二階堂さん除く)勢揃いとか、もしかしなくてもすごい画だと思う。
あ、三月さんと一織さん作のお菓子は相変わらず美味しそうです。楽達からの差し入れと一緒に持ち帰って、大事に大事に頂きましょうか。お父さんと紡くんも一緒に。
一気に騒がしくなった楽屋内にクスリ、と笑みが漏れてしまう。もうビックリの連続だけど、なんかもうどうでも良くなってきたなぁ。


「七瀬さんと六弥ナギは来れないんじゃなかった?」
「予定していた仕事がひとつ延期になっちゃって…ね、ナギ!」
「Yes!なので、ワタシとリクも一緒に連れて来て頂きました!」
「あ、そうだったんですか」


ですよね。確か七瀬くんと六弥さんのスケジュールは、7人での仕事の後に雑誌の撮影が入っていたはずですから。それなのに皆さんと一緒に来たものだから、ちょっとビックリしてしまいました。仕事をすっぽかすような方達ではないので、恐らくは延期か中止になったんだろうとは予測していましたけど。
二階堂さんにも会いたかったけれど、仕事ですしね。そんなわがままは言えません。ライブは必ず行く、とラビチャがきていましたけれど…無理だけはしてほしくないなぁ。そうでなくともドラマや映画を掛け持ち、なんてことが多い人なんですから。しっかり休める時には休んでもらいたいと思ってしまうのは、当然でしょう?


「あ、久遠ちゃん。そろそろ準備し始めないと」
「もうそんな時間ですか、わかりました」
「皆は席に案内するよ。楽屋は施錠するから、荷物とか置いていっても大丈夫だよ」
「あー…じゃあひとまとめにしておこうぜ。邪魔にならないように」


ソファの一角にアイナナとTRIGGERの荷物がまとめられ、皆さんは万理さんに連れられてゾロゾロと楽屋を出ていく。でも何故かTRIGGERの3人だけはそのまま残っていて首を傾げてしまった。どうしたんだろう?


「お前、割と緊張してるだろ。顔、ひっどいぞ」
「それでも少しはリラックスし始めたみたいだけどね。ほら、笑って笑って」
「…大丈夫だよ。久遠の実力はボク達が太鼓判を押してる、失敗なんかしない」
「楽、龍さん、天くん…」
「自信持って、ボク達に最高のステージを見せて。…客席から応援してるから」


頭、背中、肩にそれぞれの手が触れて、彼らは楽屋を出ていった。





「…っていうことが昨日ありまして」
「キザだなぁ…それにしても、久遠ちゃんはそれを俺に言ってどうしたいの。妬かせたいの?ん?」
「………何でしょうね。わかりません」
「ったく…お前さん緊張してるだろ」


コツン、と額を小突かれて、そうかもしれないと目を閉じた。昨日もなかなかのものだったけれど、今日の度合いはその比じゃない。それもそのはずだ、だって今日は本番―――ゲネと同じように進むけれど、お客さんがいる、熱気も違う。
ライブはいつだって一発勝負の大博打。この1回で全員を満足させたい、思いを、何もかもを届けきりたい。誰もが笑顔で帰れるように。締め括れるように。そう、…願ってやまないんだ。


「九条の言う通り、お前さんは自信を持っていい。大丈夫だよ」
「ッ…は、い」
「社長も、マネージャーも、万理さんも、Re:valeの2人も、TRIGGERの3人も、それに俺達だってついてる。ほら、今日のお前さんは―――久遠ちゃんは、最強だ」
「ぷっ…ふふっ……あははっそうですね、最強です」


目を開けて、二階堂さんにしっかりと視線を合わせる。すると、彼は優しい笑みを浮かべて、もう一度「大丈夫だよ」と呟いた。失敗なんてしない、絶対に最高のステージになるから。昨日、天くんが言っていたことと同じ言葉を並べ、頭を2回ポンポンと撫でた。
ただそれだけなのに、あれだけうるさかった心臓が少しずつ落ち着いていく。二階堂さん効果ってすごいなぁ…。


「ありがとうございます。…もう、大丈夫です」
「なら良かった。久遠ちゃん、手ぇ出して?」
「?はい」


何をするのかはわからないけれど、素直に左手を出せば彼は手首に何かを巻き付けた。うん?ブレスレット…?
できたよ、と言われて、それをじっくりと見てみると…7色の糸で編まれたミサンガと、深い緑色をした二重巻きのレザーブレスレットだった。


「アイドリッシュセブンからと、俺個人からお守りのプレゼント」
「えっこ、こんな素敵なものっ…!」
「連れてってやって。一緒に」


涙が、溢れそうになる。本当に今日の私は無敵だ、誰にも負ける気さえしない。過去の私にも、出来事にも、恐怖にも、不安にも…全てに勝てそうだって、そう思わせてくれる。
左手につけられたそれらにそっと触れ、ギュッと握りしめた。


「いってらっしゃい、久遠ちゃん」
「はい!いってきます、大和くん!」


ステージに向かって走り出す。色んな思いを抱えて、届けたい言葉達を胸に秘めて。見ててください、大和くん。絶対に最高のステージにしてみせるから。





「―――愛してるよ、縁」


ここで見守ってる。応援してる。
だから、…笑って。俺だけのシンデレラ。
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