前兆はあったのに
グッと伸びをすると、背中からパキパキと骨が鳴る音がした。うあー…寝る前にストレッチをするべきだったか、と眉をひそめたけれど、ストレッチよりも睡眠を優先してしまったのだから仕方がない。
昨日、臣くんを部屋まで見送った後、結局明け方近くまで課題と格闘しちゃったんだよね。おかげであともう少し、という所まで進められたから結果オーライではあるんだけれども。眠気はひどいけどね。
「7時半か…学生組がご飯食べてる時間帯かなぁ」
着替えや朝の準備を済ませてから談話室へと顔を出すと、予想通り学生組がわいわいとご飯を食べていた。朝から賑やかだなぁ。
「おはようございます、東雲さん」
「おはよ、……あれ?臣くんまだなんだ」
「今日はまだ見てないっすよ」
珍しい…当番でなくともアイツは大体朝早くに起きてキッチンに立ってるのに。ああそうか、あの時間に起きてたんだもんね。まだ夢の中かな。
アラームはかけてるだろうし、寝坊することはないだろうけど…今日は何限からなんだろう、臣くん。談話室に設置されているホワイトボードで皆の予定を見ていると、カチャリとドアが開く音がした。
音がした方へ視線を向けると、そこにいたのは少しボーッとしている臣くんだった。皆に挨拶をする姿は普段とあまり変わりがないように見えるけれど、どことなく違和感を感じて首を傾げる。
(―――あ、もしかして…)
嫌な予感がして綴くんと話している彼の腕をグッと掴めば、本人含めそこにいた皆が驚いた顔になっている。でもそれを気にしている余裕はない。掴んだ腕は案の定あっついし、近くで見れば臣くんの顔は薄っすらと赤くなっている。これ完全に熱あるじゃんかこのバカ!!
「はる?」
「臣くん、ソファに座って。熱測ろう」
「えっ臣クン熱あるッスか?!」
「いや、そんなことは…」
半ば無理矢理にソファに連行し、共用の薬箱から体温計を引っ張り出した。大丈夫だ、と渋られるのは目に見えてるので、勝手に電源を入れてそれを脇の下に差し込んだ。
抵抗らしい抵抗をされなかったので、臣くん自身かなり体調が悪いことを自覚しているとみた。自覚しているなら申告するなりしてほしい、誤魔化そうとするんじゃありません。
体温を測り終わるまでそう時間はかからない。ピピピッと音をたてた体温計をまたもや勝手に抜き取れば、朝食を食べ終えたらしい太一くんと万里くんが後ろから覗き込んできた。
「…臣クン〜〜〜〜!」
「臣、お前なぁ…」
表示されていた体温は、38.5度。これでよく動いてるね、あんた?!
大人になってからのこの体温は結構キツイのに…そりゃ太一くんも怒るし、万里くんも呆れた表情を浮かべますよ。当の本人はやっぱり自覚していたようで、気まずそうに目を逸らした。うん、本当に怒りますよ?
「太一くん、部屋に入っても平気?」
「あ、臣クンの布団下ろす?俺っちやるッスよ!」
「太一はそろそろ出る時間だろ、俺がやるよ」
キッチンから出てきた綴くんがそう言ってくれたので、その言葉に素直に甘えることにした。どうやって下ろそうかなぁと思っていたので、正直助かりました。
「ほら、学生組はそろそろ出ないと」
「遥さん、今日は仕事ないから何か必要なものあったら帰りに買ってくる。LIMEくれ」
「俺っちも!」
「あっ僕と幸くんにも何かあれば連絡してください!」
「俺達にも頼ってくれていいからね、遥さん!」
「ん、わかった。そうさせてもらうね」
太一くん、天馬くん、真澄くん、九門くん、莇くん、椋くん、幸ちゃん、そして1限から授業のあるらしい万里くんを送り出して談話室へ戻ると、さっきよりもぐったりしている臣くんがソファの肘置きに頭を預けている。恐らく、皆が出て行ったから気が抜けたんだろうね。
そっと近寄れば目は閉じられていて、苦しそうに呼吸している。辛いんだったら大人しく寝ててくれれば良かったのに…どうして無理をしようとするのかなぁ。冷蔵庫から冷えピタを取り出し、おでこに貼りつけると少しだけ表情が和らいだような気がする。ホッとしていいのか複雑な気分のままでいると、布団を下ろしに行ってくれていた綴くんが戻ってきた。
「うわ、顔真っ赤っすね伏見さん…」
「熱以外に症状は今の所なさそうだけど、病院連れて行った方がいいかもね」
「っすね。東雲さん、今日講義は?」
「3限から。綴くんは2限からでしょ?そろそろご飯食べないと」
「あー…そうなんすけど…」
ぐったりとしている臣くんを目の前にして、講義に行っていいものかと苦笑している。うん、それは私も思ったけど…単位が危ないわけではないが、看病の為に講義を休んだとこいつが知ったら自分を責めそうな気がするんだよねぇ。だから行った方がいいのは理解しているんだけど。
とりあえず、朝早くから他劇団のお手伝いに行っているいづみさんにLIMEで連絡を入れておこう。そして本当に臣くんの看病どうしよう…ひとりで寝られない子どもではないけれど、何かあっても誰かを呼ぶってことをしなさそうで怖いんだよ。
冬組の誰かにお願いできたりするだろうか…十座くんはまだ起きてきていないけれど、あの子も今日は講義があったはずだ。隣で一緒に悩んでしまっている綴くんに朝ご飯食べな、と促していた時、誰かがそっと入ってくる気配がした。
「おはよう…臣くんが体調崩したって聞いたけど、大丈夫?」
「紬さん、おはようございます。…見ての通りです」
「わ、熱高そうだね…今日、丞いるから病院に連れて行こうか。遥ちゃんも綴くんも大学でしょう?」
「そうなんす。監督も朝から出かけてるので、どうしようかと思っていた所で…」
「看病は俺に任せて。バイトもないから」
「すみません、お願いします。帰ってきたら替わりますから」
その後、紬さんに呼ばれた丞さんが臣くんを病院に連れて行ってくれた。紬さんも付き添いで一緒に行ってくれたし、ひとまずは安心だろうか。それでも心配なことに変わりはないんだけども。
今思えば、昨日から前兆はあったんだよな…臣くんは体調を崩す前に決まって夢見が悪くなる。それを知っていたのにあの時、思い出せもしなかったんだ。成長して風邪をひいたりすることが減っていたから。だから私も今の今までそのことをすっかり忘れてたんだよね。気がついていれば何か対策ができたかもしれないのに。…悔やんでももうあとの祭りでどうしようもないんだけれど。
「今日の夕食当番、俺が替わるんで東雲さんは伏見さんについててあげてください」
「え、でも朝も作ってくれたし…」
「普段は伏見さんと東雲さんに頼りっきりですし、こういう時くらいはやらせてください」
「うー…じゃあお言葉に甘えることにする。ありがとう」
「いえいえ、このくらいいいっすよ」
「冷えピタとかは帰りに買ってくるかな…」
冷えピタ・スポーツドリンク・ゼリーやプリン…結構な荷物になりそうな気がしてきた。
「冷えピタはまだあったはずだし、飲み物とかは太一達にLIMEしておいたらどうっすか?」
「あ、そうか…グループに投げておこう」
簡潔なメッセージになってしまうのは申し訳ないけど、こっちのがわかりやすいよね。うん。送ってから気がついたけど、大学行く前に買い出しに行ってしまえば良かったんだ…でももう送っちゃったし、いいか。
食欲はあまりわかないけど、こっちまで弱ってしまっては意味がない。そうならないように食べておかないとだよね。