そばにあるぬくもり


ふっと目が覚めた。ここどこだ…?というか、俺どうしたんだっけ…朝起きて、談話室まで行ったことは何となく思い出せるけれど。
鉛のように重い体を半ば無理矢理に起こせば、ドアが開く音がした。

 side:臣

「…あ、ごめんね。起こしちゃった?」
「つ、むぎさ、…?」

出した声はびっくりするほどしゃがれていて、ひりつくような痛さに噎せてしまった。驚かせちまったのか、紬さんは慌てた様子で背中を摩ってくれる。その温かさに少しだけホッとした。

「はい、喉痛いと思うけど水分補給はしておこうね。ゆっくり飲んで」
「すみませ…けほっ」

渡されたスポーツドリンクをゆっくり、ゆっくり飲み下せば、少しだけ楽になったような気がする。喉を通る冷たさが心地いい。手に持っていたペットボトルはさりげない仕草で取り上げられ、そのまま布団に寝かされる。
…ああ、やっとわかった。ここ、俺と太一の部屋か…布団が下に下ろされていていつもと景色が違うから、すぐにはわからなかったな。頭が働いてないのも理由のひとつだとは思うが。

「朝のこと覚えてる?すごい熱だったんだよ」

枕元に座った紬さんは苦笑しながらそう言って、袋の中から色々と取り出している。冷えピタ、スポーツドリンク、ゼリーやプリン…俺が寝ている間に買い出しに行ってくれていたんだろうか。
その光景をぼんやりと眺めていると、紬さんがゆっくりと俺の頭を撫でる。子ども扱いされているようなそれが、今はどこか心地よくて。ああ、体調を崩すと人恋しくなるとはよく聞くが、あながち間違いではないのかもしれない。

「ちょっと風邪を拗らせ気味らしいから、ゆっくり休もう」
「すみません…迷惑かけちまって」
「迷惑なんかじゃないよ。…臣くんは少し頑張りすぎて疲れちゃったんだ、今は休むのが仕事だよ」

大丈夫だからね。…おやすみ。
優しい声音でそう言われて目を閉じれば、そのままどろりと意識は溶けていった。





『おーちゃんだいじょうぶ…?』
『けほっだいじょうぶだよ、はる。だからそんなかおしないで』
『…あのね、かぜをひいたときにおかあさんがいつもうたってくれるの。おーちゃんにもうたってあげる』

ああ…夢か。ずいぶんと懐かしいな…小さい頃はよく熱を出して、はるが見舞いに来てくれてたんだったな。その度に泣きそうな顔して、でもおばさんが迎えに来るまでずっと傍にいて手を握っていてくれた。
そうか…あの頃は熱を出して寝込んでも寂しい、とあまり思わなかったのは、いつだってあいつがいてくれたから。

「〜♪」
「はる……?」
「目が覚めた?気分はどう?お腹痛いとか気持ち悪いとか、ない?」
「いや、…頭と喉が痛いのと…少し寒いだけだ…」
「まだ熱上がるのかなぁ…ちょっと待ってね」

温もりが離れていくのが嫌で、その姿を目で追うと何かを抱えてすぐに戻ってきた。バサリと広げられたのは、ブランケットか…?

「東さんがね、お見舞いだよって持ってきてくれたの。寒がるようならかけてあげてって」
「そう、か……」
「少しだけ起きられる?水分補給と薬飲まないと」
「ん、だいじょうぶ…」

グッと体に力を入れてゆっくりと起き上がると、彼女が背中を支えてくれた。寒さに震えた肩にはカーディガンとまた違うブランケットがかけられる。カーディガンは俺のだが、このブランケットはまた誰かが持ってきてくれたんだろうか。そっと触れると想像以上にふわふわでちょっとびっくりした。
よくよく周りを見ていれば、元々はなかったはずの加湿器が置いてあるし枕元にもコンビニかスーパーの袋が置かれている。それをじっと見ていれば、視線に気がついたはるが皆からの見舞いの品だ、と教えてくれた。その優しさがくすぐったくて、嬉しくて、でもやっぱり迷惑をかけてしまっている申し訳なさもあって…色々な意味で目頭が熱くなる。

「臣くん、どこか辛い…?」
「……?」
「泣きそうな顔してる」

そういうお前の方が泣きそうな顔してるぞ、とは言い返せなかった。多分泣きそうになっているのが、本当だったから。ああ、まずいな。体調を崩すとどうにも感情のコントロールが上手くいかない。じわりと目尻に滲んだ涙を隠すように、はるから視線を逸らした。
彼女がふっと笑ったような気配がしたけど、逸らした視線を元に戻すことなんてできっこなくて。好きな奴の前ではカッコ悪い姿なんてできるだけ見せたくはない。散々晒している気もしないでもないが、それでも…嫌なものは嫌だ、と熱に浮かされる頭ですらぼんやりと思ってしまう。
でもそれを打ち砕くように頬を両手で挟まれて視線は無理矢理はるの方を向かされた。普段なら文句を言うんだろうが、今はそんな体力あるわけがない。

「紬さんも言ったと思うけど、誰ひとり迷惑だなんて思ってないからね?」
「う、」
「臣くんの仕事は、ゆっくり体を休めること。…皆、心配もしてるけど臣くんの世話を焼けるの嬉しいみたいだよ。私含めて」

不謹慎だけどね、とはるは柔らかな笑みを浮かべた。最後に頬をひと撫でして離れていく。言葉でも、態度でも大丈夫だと言われてしまっては、納得せざるを得ない。
嘘をつくような奴ではないしな…こういう時は。うん、こういう時は。自分に関することはめちゃくちゃ嘘つくけど。

「…はる、ずっといてくれたのか…?」

さっきは気がつかなったが、布団横には座布団代わりのクッションや彼女のスマホ、何冊かの文庫本が置いてあった。多分、寝る前にはなかったものだと思う…紬さんが使っていたというわけでもなさそうだし。
枕元の袋をガサガサ探っているはるにそう声をかければ、さも当たり前だろという声音と表情で「うん」と頷いた。

「帰ってくるまでは紬さんや丞さんが見ててくれたけど」
「朝よりは楽になったし、もうひとりでも大丈夫だぞ…?」
「やだ。何かあってもあんた、絶対誰にも声かけないでしょ」

プリンとゼリー、どっちがいい?
うつしてしまうから、と暗に自室に戻ることを勧めたのに即座に却下され、目の前にはプリンとゼリーが差し出された。プリンの方がまだ食えそうかな…。

「食べられるだけでいいからね。無理に詰め込まないこと」
「…ん」

市販のプリンなんて久しぶりに食う気がするな。料理をするようになってからは、自分で作ってしまう方が断然多かった。
そもそも作ることはあっても自分で食べることはそんなになかったし、コンビニやスーパーで買うなんてもっての外だった。はるが作ったものをもらっていたくらいだったか。

「…はる」
「うん?もうお腹いっぱい?」
「いや、……はるの作ったプリンが食いたい」
「それは全然いいけど、…プリン食べながら言うこと…?」

ああ…確かに、それはそうかも。
やっぱり頭が働いてないんだな、と最後のひと口を飲み込んだ。
- 80 -
prevbacknext
TOP