離れがたいと思ってしまった


―――千秋楽までは、本当にあっという間だ。
今回も色々とあったらしいけど、後半戦に突入してからグッと芝居が良くなった!といづみさんがとても嬉しそうに笑ってたんだよね。ちなみに私は千秋楽を迎える今日まで観ることが叶わないでいます。まぁ、こういうことは今までにも何回かあったし慣れているから、然してショックを受けているわけでもないんだけどさ。
でも旗揚げ公演を全て観てきた身としては、やっぱり第二回公演もしっかりこの目で見たかったな、という思いはある。ショックを受けていないと言ったけど、やっぱり撤回。めちゃくちゃ観たかった…!


「おい、東雲」
「あ、左京さん。もう始まっちゃいますよ」
「わかってる。だから来たんだろうが」
「へ?」
「行くぞ、観るんだろう?千秋楽」


もうすぐ時間だな、とボケーッと受付に座っていた私の腕を引っ掴んだのは左京さん。そのままグイグイと引っ張られ、連れて来られたのは劇場の客席―――の更に後ろ、明らかに今日置いただろうと言わんばかりのパイプ椅子。簡易的な客席ってやつだ。そしてそこに座らされた。
え、ちょ、これ大丈夫なの…?!そんな意味を込めて左京さんを見上げると、受付は大丈夫だからそこで観ていろと言われてしまいました。おおう、横暴だなぁあの人…確かに今日は満員御礼で空いている席は1つもない。つまり遅れてくるお客さんは1人もいないということで、開演後の私の仕事はないのである。


「今日まで頑張ってくれた礼だ。楽しんでこい」

―――ぽん、

「ありがとう、ございます」


開演を知らせるアナウンスが響き、幕が上がる。
どんな舞台かは台本を読んで知っている、知っているけど…そこに舞台セット、音響、照明、衣装、役者が加わると印象も何もかもが変わる。私はその瞬間をこの目で見るのが、楽しみで仕方がない。





「ううー…!」
「何でコイツ号泣してるの」
「感極まった…大丈夫、お客さんの送り出しはしっかりしてきたから」
「泣くような内容じゃなかったんすけどね…」
「オー、遥。目を擦ったらだめヨ。赤くなるネ」


感想。すごかった、ものすごく良かった。旗揚げを観ているから、尚更その感動は大きかったんだと思う。アリスも、帽子屋も、白うさぎも、チェシャ猫も、王様も―――全員、これ以上のものはないってくらいに最高の演技をしていたと思う。
千秋楽より前の公演は見れていないから比較対象はないけれど、それでも彼らの顔を見ればそれは明らかだった。だって清々しい顔をしてる、やりきったって顔をしてる。そんな彼らを見ると余計に涙が零れてきてしまう。
相変わらずだばーっと涙を流していると、目元にばふっと柔らかいものが押し付けられた。ビックリして変な声が出たことは内緒にしてほしい。


「拭くなら袖じゃなくてそっちにしとけ。でも擦るなよ」
「ありがと、臣くん〜…!」
「…本当に大号泣だな」


そんなに泣いてるとこ久々に見た、と臣くんが苦笑している気配。最後にぽんぽん、と頭を撫でられて、気配が遠ざかっていった。きっと遅めの夕食の準備を再開させる為、キッチンへと戻ったのだろう。擦るな、と言われたのでタオルをぎゅーっと目元に押し付ける。そうでもしないとだばだば流れてくるコレを止められそうになくって。
春組の公演は言うなれば、ファンタジー。アリスをモチーフにしたファンタジー色の強い舞台で、笑い所はたくさんあれど感動的なシーンはそう多くはなかった。だからこそ、皆木くんも泣くような内容じゃなかった、と言ったんだけど。
台本をあらかじめ読ませてもらっていた私だって、それは知っている。最初から最後までワクワクドキドキする内容だったもん。でも、実際に舞台を観て私は今こうして号泣している。舞台の出来が良くて感極まった、というのも本当なんだけれど、決して嘘でもないし、盛っているわけでもないんだけど、…本当の理由は別の所にある。

(今日限りで、手伝いが終わりだっていう事実が…予想以上に淋しくなった、とか)

まるで子供だ。居心地が良くて、皆と話をするのが楽しくて、刺激的で、いいなぁと思ってしまったのが良くなかった。今回限りの手伝いだから、と深入りしないようにしていたはずだったのに、自分でも気がつかないうちにのめり込んでしまっていたらしい。それが舞台が終わった瞬間にブワッと全身を包み込んで、涙へと形を変えた。
しまったなぁ、今まではこんなことなかったのに。お父さんがいた劇団で、いづみさんがいて、臣くんがいて、MANKAIカンパニーの作り出す世界観に惚れてしまったのが敗因ってやつなんだろうか。
そんなに淋しいなら劇団に入ってしまえばいい、と悪魔が囁くけど、そういうわけにもいかない。演劇は好き、いつか演劇に関わる仕事がしたいっていう気持ちもずっと変わらない。でも、それでも…私にだって守りたいものがあるから。自分だけ好きなことをしている、という罪悪感がどうしたって消えてくれないんだ。


「遥ちゃん、大丈夫?涙、止まった?」
「何とか…ぐすっ」
「目が真っ赤だね。今、冷やしタオルを持ってきてあげるよ」
「すみません、雪白さん…」


フラリ、と雪白さんが談話室から出ていく。押し付けていたタオルをずらし、彼の背中を見送った。他の皆は春組を中心に今日の公演のことや、お客さんの反応とか、色んなことを楽しそうに話している。
離れた所から食器同士がぶつかる音や、臣くんのできたぞ、という穏やかな声…何の変哲もない音や声だけど、今日ばかりはそれすらも涙腺を緩める要因らしい。じわりとまた涙が滲むけど、でも聞き慣れつつある音や声をシャットダウンしたくはなくて。矛盾してんなぁ、と苦笑が零れる。
最後にもう一度ぎゅっとタオルで目を押さえて、私はようやくタオルを外した。何度か瞬きをして涙が零れ落ちないことを確認することも忘れない。それじゃタオルを外しても意味がないからね。
これ、明らかに汚した!って感じではないけれど涙も鼻水もバッチリついてるし、洗ってから返そう…さすがにこのまま返すのは気が引ける。まだぐすぐすと鼻を啜っていると、談話室を出ていった雪白さんがタオル片手に戻っていらっしゃいました。多分、冷やしタオル。持ってくる、って談話室を出ていったから。


「遥、どうぞ」
「ありがとうございます…すみません」
「謝らなくていいよ。ボクがしたくてしていることだから」
「はる、食事できそうか…って、目ェ冷やしてるのか。それなら後の方がいいな」
「臣、ボクが受け取っておくよ。落ち着いたら食べさせるから」
「じゃあ…お願いします。そっちは東さんの分ですよ」
「ありがとう」


私は一言も発さず、…というか、口を挟む隙もなく話が終了した模様。まぁ、確かにまた目にタオルを当ててる状態だから食事できないんだけど。少なくとも今は。だから後でもらう、と返事をするつもりだったし、何も問題はないんだけどね。
遅めの夕食がスタートしたらしい音を聞きながら、私はそっと目を閉じた。
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