そんなつもりはないのに


MANKAIカンパニーの手伝いを終えてから、今日で1週間。私はあれ以降、あの寮には一切お邪魔していない。いづみさんに手伝いを頼まれる前の生活と、何ら変わらない生活を送っているだけ。
大学でたまに臣くん、週3くらいの確率で皆木くんに会うし、たまには寮に遊びに来ればって言われることだって一度や二度じゃないんだ。それにいづみさんや瑠璃川くんからも他のメンバーが会いたがってるとか、そんなメッセージがきたことだってある。…差し障りのない返信で、のらりくらりと躱しちゃってるんだけど。

(手伝いを終えた後も関わったりなんかしちゃったら、今度こそ私はダメになる気がする…)

今回は短い期間だったし(それでもダメージ大なんだけど)、ようやく今までの感じを取り戻しつつあるんだけど、次は無理だと思うんだよね。もう一度、MANKAIカンパニーに近づいたら…THE・ENDだと思う。何が終わるんだ、と聞かれたら何だろう?ってなるから、上手く説明はできないんだけどさ。
ええっと、要約すると―――できれば、皆には会いたくないといいますか、…ね!


「…本の続き、読も」


これ以上、考えるのは放棄しようそうしよう。そんな思いでレジ横に置いておいた本を手に取り、開いた。
活字を追い始めればすぐに意識は本の世界へ飲み込まれてゆく。この瞬間も、私は演劇と同じくらい好きだと思う。本も、演劇も、自分がいる世界とは違う所へ連れて行ってくれるからなんだろうなぁ…もちろん、リアルなお話も好きだけど。

―――キィ…

本の世界へ意識を飛ばして、どれくらいの時間が経っただろう。ドアが開く音がした気がして、沈んでいた意識がふわりと浮上していく。うーん、この感覚は何度味わっても飽きないけれど、店番している時は控えた方が良さそうだなぁ。
グッと伸びをして、開いていた本をそっと閉じた。ドアが開いた音がしたはずだから、きっとお客さんなんだよね。いらっしゃいませは言わないとなぁ、さすがに。どこにいるのだろう、と立ち上がると、赤毛の髪が見えた。
なんか、…とても見覚えのある色なんだけど。それとも似ているだけかな。似ているだけだったらいいな、うん。


「…あれ、東雲さん?」
「え?…あっ本当だ、遥さん!」
「佐久間くん、皆木くん…入ってきたの、君達だったんだね」


赤毛のお客さんは、最初の予想通り佐久間くんでした。見間違いでも、似ている色でもありませんでした。れっきとした本人です。そして皆木くんも一緒です。うわぉ、すっごい偶然だな!
でもウチはMANKAIカンパニーの寮がある辺りから割と離れているし、商店街の中にあるわけでもないから知っている人しか知らないお店、って感じなんだけど…よく見つけたな。それとも臣くんに聞いた、とか?
疑問は早目に解決しましょう、ということで、どうしてここに?とストレートに聞いてみた。


「綴くんが次の脚本のネタを探しに行く、って言ってたんでついてきたんです!」
「ここ、前にフラッと通りかかったことがあって…それからずっと気になってたんすよ。まさか東雲さんがバイトしてるとは思わなかったっすけど」
「バイトというか…このお店、私の実家なんだ」
「……えっ?!」


驚く2人に思わず苦笑が漏れる。表の看板見てみなよ、『東雲古書店』って書いてあるでしょーって言えば、何と素直なことか。すごい速さで外に出て行き、そして戻ってきた。本当だ…と呟きながら。


「でもいっすね、色んな本に触れられるじゃないっすか」
「まぁね。でも取り扱ってるのが少しマニアックでさ、有名どころの方がわからなくなっちゃうけど」
「あ、だからしょっちゅう図書館に?」
「んー…話題集めに、ってわけじゃないんだよ。ただ単に本が好きなだけ。―――そうだ、こっちに戯曲の本もたくさんあるよ」
「えっ見たいです!」


こっちだよ、と奥の本棚に案内すると、佐久間くんも皆木くんも目を輝かせて本棚を見つめている。その姿はまるで新しいおもちゃをもらって喜んでいる子供みたい。気になるものを手にとっては嬉しそうに、楽しそうに文字を追っている。可愛いなぁ、佐久間くんは。
クスクス笑いながら2人の背中を見ていると、昼食の準備をしていたお母さんがひょっこり顔を出した。お店と家を繋ぐドアからでも、私達がいる奥の本棚はよく見える。まぁ、だから私もお母さんが顔を出したなーっていうのがわかったんだけど。


「あら、遥のお友達?」
「へ?あっもしかして遥さんの…っ」
「母です。いらっしゃい、可愛らしいお客さん」
「オレ達、MANKAIカンパニーっていう劇団の団員で、遥さんには少し前にお世話になって…!」
「咲也、咲也、ちょっと落ち着いて深呼吸しよう」


緊張っぷりが半端ない佐久間くんを、皆木くんが苦笑気味に落ち着けている。何度か深呼吸を繰り返して、彼はようやく落ち着きを取り戻したらしい。改めて初めまして、と綺麗なお辞儀をした。もちろん皆木くんもつられています。別に挨拶に来たわけじゃないんだから、そんなにかしこまらなくていいのになぁ…2人らしいとも思うけど。
ついでに言うと、2人が下げた頭を上げたのはお母さんが声をかけてから。多分、2分くらいはそのままだったと思う。お母さんもさすがに肩震わせて笑ってたからね、その状況見て。笑いたくなる気持ちも、ちょっとわかるけど。


「…というわけで、少し前に手伝ってた劇団の団員さんです。佐久間くんと皆木くん」
「ふふ、遥から話は聞いていましたよ。娘がお世話になりました」
「あっいえ!俺達の方がよっぽどお世話になったんで…東雲さんが来てくれて、ほんと助かりました」


…これ、黙っていると皆木くんに褒めちぎられそう。嫌な予感しかしない。
瞬時に感じ取った私は、佐久間くんにさっきどの本を見ていたの?と半ば強引に話題の方向転換を行いました。そうじゃないと恥ずかしすぎて倒れそうなんだもん。純粋で素直な佐久間くんは、そんな私の思惑に気づかないままこれです!と、さっきまでキラキラした目で見ていた本を差し出してきた。お、なかなかにマニアックな…。


「ずっと探してるんですけど、どこの図書館にもなくって…」
「貴方みたいな若い子が知っているなんて驚きだわ」
「演劇が大好きで、昔からよく読んでいたので。…でもやっぱり高いですね…せっかく見つけられたし、買いたいんですけど」


古書というのは値段がピンからキリまであるもので、安いものは安いけど中にはかなり貴重なものもあるから、そういう本は破格の値段がつくんだ。それこそ簡単には手が出せないような。
佐久間くんが手に持っている本は正に、貴重な本ってこと。でも佐久間くんのような演劇が好きっていう人の手に渡るのが、一番いいことなんだよねぇ。きっとOKは出ないだろうけど、聞くのはただだしいいかな。私はお母さんに声を掛けた。


「ねぇ、しばらくウチでバイトしてもらってそのバイト代代わりにあの本、佐久間くんにあげるっていうのはダメ?」
「えっ?!」
「…遥がそんなこと提案してくるなんて、意外ねぇ」
「どうせ誰かに買われるなら、大好きで、大事にしてくれる人の方がいいんじゃない?って思っただけ!」
「ふふっじゃあそういうことにしておきましょ。ということなんだけど、やってみる?」
「い、いいんですか…?!」


あわあわしている佐久間くんはとても可愛い。提案したのはこっちだもの、今更ダメって言うわけもないでしょうに。いいよ、と頷きを返すと、元気な声でやります!やりたいです!という返事が返ってきました。では、交渉成立ってことで。


「あ、で、でもオレ学生なのと、夜は稽古があって…!」
「春組は公演終わったばっかだから、少しくらいなら休んでも大丈夫だろ。基礎稽古は朝に回せば?」
「バイトに来るのは貴方の都合のいい時で構わないわ。でも事前に遥に連絡をしておいてね」
「わかりました!…あ、遥さん、連絡先…」
「そういえば佐久間くんとは交換してなかったね。LIMEと番号だけでいい?」
「大丈夫です!」


LIMEのIDと番号を書いた切れ端を佐久間くんに渡せば、すぐにメッセージを送ってくれました。あとワン切りも。


「良かったら皆木くんもやってみる?ウチでバイト。本、好きでしょ?」
「好きっすけど…」
「それに現代劇の脚本のネタに繋がる何か、見つかるかもよ〜」
「…東雲さん、絶対に楽しんでますよね」


仕方ない人だなぁ、と笑う皆木くんを見て、私はようやく気がついた。彼の言った通り、今のこの状態を楽しんでしまっているということに。そしてそのことを即座にお母さんが見破っていた、なんて知る由もなかった。
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