癒しだと気がついた
side:臣
講義の数は以前よりも減りはしたが、それでもゼロではない。だから課題も出されるし、試験だって存在する。そしてそこに追加される卒論と就活。俺の場合はあと劇団の公演があるから、想像以上に忙しくてちょっとビックリしてるんだよな。3月に卒業していった先輩達もこんな日々を過ごしていたんだろうか。
まぁ、劇団に関しては俺がやりたくてやっていることだし、それは全然いいんだが…今、面倒な課題×4と卒論の資料集めに奔走している真っ最中で、はると話す時間がないのと気分転換にもなる料理が全くできない状態が続いているのが地味に辛い。卒論は気長にやっていくしかないのは仕方ないとして、この時期にこんな面倒な課題が出るとは思わないだろ。何でだよこの野郎、と毒づきたくなるのは仕方ないと思う。
(料理当番を綴とカントクにぶん投げっぱなしなのも申し訳ないんだよな…)
どうやらはるも色々重なって忙しいらしく、帰ってくるのが遅い日々が続いているらしい。綴も課題は出ているらしいが、数がそこまで多くなかったようで今は落ち着いたらしい。
現状を知っている綴とカントクは大丈夫だから、と朝と夜の料理当番を引き受けてくれている。ひとまず、課題が終わったら礼をしないとな。
「伏見ー…うわ、すげぇ顔」
「…橘」
顔を合わせた瞬間にすげぇ顔はねぇだろ、すげぇ顔は。
思わず低い声が出たが、友人歴4年目ともなると大分慣れてくれたらしい。悪い、と謝罪の言葉を口にしながらもカラカラと笑っている。
「それで何か用事だったんじゃないのか?」
「あ、そうだ。これ預かった」
「本?」
渡された本のタイトルを見ると、それは前から俺が探していたものだった。図書館にあるのはわかっていたんだが、どれだけ探しても見つからなかったんだよな…その時はまだ時間があるし、改めて探そうと考えていたんだが。
また探しに行く手間が省けたな、と考えていたんだが、橘の言葉が引っかかった。今、『預かった』って言ったよな?俺の聞き間違いじゃなければ。橘が偶然見つけて借りてきたというわけじゃないんだよな…?
え、預かったって誰からだ?卒論の話をする相手なんて結構限られているし、本の裏を見るとウチの大学の図書館のものだという証拠のバーコードがあるから、葉大生なのは明らかだ。外部の人間ではない、はずだけど。
「東雲から。偶然見つけたから、渡しておいてって」
「は?はる?」
「そう。寮で渡せばって言ったんだけど、時間が合わないからってさ」
「あー…マジか…」
「マジマジ。お前ら、最近時間合わねぇの?」
橘の疑問は最もだ。学部は違うけれど、帰る先は同じMANKAIカンパニーの劇団員寮だから。確かにそうなんだが、はるが言った通り時間がことごとく合わないんだよな。帰るのが大体23時過ぎになることが多いから、帰ると談話室は大体もう電気が消えているか、誰かがいたとしてもそれは左京さんや東さん達大人組が晩酌をしているだけではるの姿はない。
何時に帰ってきているのかはさすがに知らないけれど、俺より遅いか…早かったとしても、部屋で作業をしているんだと思う。帰宅後にはると顔を合わせることは、最近じゃ皆無だった。朝は辛うじて顔を合わせるけど、そんなにゆっくり話す時間もないしな。朝方まで作業していて寝坊することも増えてたし。
「朝、少し顔を合わせるくらいか…すれ違いが多い」
「ああ…向こうも忙しいってことか」
「多分な。卒論とか…ほら、そっちはこの前4年の引退公演やってただろ?」
「やったな。何で今の時期なんだ?!って全員で白目になったわ」
「はは、それは今更な気もするけどな」
「そうなんだけどさ、いざ自分が経験するとな…今の部長に時期を見直せって4年全員で進言してきた」
何で今まで誰も見直さなかったんだよ、と橘はげんなりしている。それは確かにそうだな、見直しが入っていればきっともう少し楽だったんだろう。
それも今となっては後の祭りなんだろうが。
「忙しいのは別にいいんだけどな…」
「めっずらしく疲弊してんなぁ。大丈夫か?」
「大丈夫か大丈夫じゃないかって言えば、大丈夫じゃない」
「…ああ、東雲不足か」
橘の一言に飲んでいたお茶を吹き出しそうになって、何とか耐えて飲み込んだものの、変な所に入ったらしく思いっきり噎せた。
おっまえ、急に変なことを言うなよ!…だが、あながち間違いではないから、何も言い返せない。顔が赤くなっているんだろう。俺を見て橘は楽しそうに笑っている。こっちからしてみれば全く笑い事じゃないんだがな。
ああクソ…第三者から言われると、改めて実感してしまう。あいつが、…はるの存在がどれだけでかかったのかってことに。
「図星かぁ。伏見でもそんな風になるんだな」
「超人でも何でもないからな、そりゃ」
「あははっそりゃそうだ。…いいじゃん、そういう存在がいるの」
ああ、そうだな。橘の言葉はその通りで、でも素直に頷くのは何故か嫌で…赤くなったままであろう顔を隠すように、突っ伏した。
そんな俺を見てまた楽しそうにくつくつ笑っているが、もう気にしている余裕もない。笑いたいだけ笑え。
「―――会いてぇ…」
ぼそり、と呟いた言葉は、喧騒にまぎれるように溶けて消えていった。