久しぶりじゃないけど久しぶり


卒論に使えそうな本を移動の合間に読んでいたら、案外集中していたらしく気がついたら天鵞絨町に着いていた。慌てて本をしまって電車を文字通り飛び降りると、間一髪だったらしい。すぐ後ろでドアが閉まる音がした。
危ねぇ…乗り過ごす所だった。昼間や夕方の早い時間ならまだいいが、もう22時を回っている遅い時間に乗り過ごしなんてしたくない。人のほとんどいないホームでグッと伸びをしてから階段を下りていると、改札口付近に見慣れた後ろ姿を見つけた気がした。

 side:臣

「はる!」
「わっ…!あ、お、臣くん…?」

あ、しまった。つい腕を掴んじまったが、こんな時間に突然腕を掴まれたら驚くよな。名前を呼んだとはいえ、それが彼女の耳に届いていたかはわからないし。悪いことをしちまった。

「ビックリした…不審者かと思っちゃった」
「悪い、名前を呼んだんだが…」
「音楽聴いてたから聞こえてなかったみたい」

イヤホンをはずしながらごめんね、と苦笑しているが、うん、お前は悪くないと思うぞ。
それにしても帰りが同じくらいになるとは思わなかった。久しぶりという程ではないはずなんだが、まともに顔を合わせない日々が続いているからどうしても『久しぶり』という感覚が抜けないんだよな。
ああでも、今みたいに何でもない世間話をするのは本当に久しぶりだ。最近は友人達と話す時も内容は課題や卒論、それから就活のことだったりするから…世間話自体、あまりしていなかった気がする。この前、少し橘と話したくらいだろうか。…あ、橘で思い出した。

「そういえば本受け取った。ありがとな」
「あ、橘くん渡してくれたんだね」
「でもあいつに預けなくても、直接渡してくれれば良かったのに」

橘経由になったいきさつは聞いたし、それを責めるつもりは全くないんだが…少し、ほんの少しだけ、直接渡すことをはるが選択してくれていたら良かったのに、と思ってしまった自分がいる。そうすればほんの数分だったとしても、話をすることができたかもしれないのにってな。…まぁ、それを望むなら俺自身も時間を作った方が絶対にいいんだけど。

「あー…LIMEしようか迷ったんだけど、忙しそうだったし…時間も合わなかったでしょ?」
「まぁな…こうやってゆっくり話すのすら久しぶりだし」
「でしょ?それに疲れた顔してるのもあったから、偶然会った橘くんに…同じ講義とってるし、ゼミも同じだって聞いたしね」

確かに最近ははると会うよりも、橘と会う方が多かったかもな。講義もかぶってることが多いし、はるの言う通りゼミも同じだし、そもそも学部自体同じだからなぁ。一緒に行動してることも多いから、当たり前と言えば当たり前なんだろう。
はるも同じ学部なら、もう少し顔を合わせる時間はあったのだろうかと思ったことがないわけではないが…それはもう、たらればだよな。考えても仕方がないと思う。元々、興味をもつものが違うし。

「それにしても結構遅い時間に帰ってきてたんだな」
「臣くんこそ」
「今日は少し早い方だよ」
「えっもっと遅かったの?」
「大体…23時過ぎだったか」

図書館の閉館時間ギリギリまで課題をやって、その後は電源があるカフェに移動してやってたからなぁ…さすがに終電になるのはな、と思ってあの時間に帰ってはいたけれど。でもそろそろコンビニ飯じゃないものが食いたい…遅くなるのがわかっていたから、夕飯はいらないと先に言ってあったんだよなぁ。ここまで忙しくなって、尚且つこんなに手こずるとも思っていなかったから…少しの間ならコンビニ飯でも、って思っちまった。
うーん…もう少し早めに帰ってきて、寮で夕飯を食ってから作業した方がいいのだろうか。気持ち的にも。そんなことを考えていたら、小腹が減ってきたな…と苦笑が浮かぶ。だが、それは俺だけではなかったらしく、隣を歩くはるもぼそりと「お腹空いた」と呟いた。

「食べてないのか?夕飯」
「んー…ゼリー飲料なら…」

まずいという認識はあるのか、そっと目を逸らした状態ではるはそう呟いた。そういう奴だと知ってはいたが、寮に引っ越してきてからは比較的ちゃんと食っていた―――正しくは食わせてる―――からすっかり忘れていた。忙しくなると食事を疎かにする奴だということを。
遠慮なく溜息を零してやれば、居心地悪そうにしているが…原因はお前だからな?わかっているとは思うが。コンビニに寄ってもいいが、はるのことだから遠慮しそうなんだよな。もう今日はさっさと寝て、朝食をガッツリ食べるという手もあるにはあるけど…腹が減ってると寝つきが悪かったりするしなぁ。
それに帰ってから作業をしないとも限らない。それならば軽く腹に入れた方がいいと思う。最近は料理にノータッチだから、冷蔵庫に何があるのかさっぱりわからない。冷凍か冷蔵のご飯があればいいんだが、どうだろうな…食べ盛りの学生が多いから、米はあまり残ることがない。

「冷蔵庫を確認して、何か作るか…俺も腹減ったし。まぁ、軽めのものだけど」
「えっ」
「……いやに嬉しそうだな?」
「だって臣くんの料理久しぶりだから」

臣くんの作るものはどれも美味しいから好き!
屈託のない笑みを浮かべてそんなことを言うもんだから、ここが外だということを忘れてうっかり抱きしめそうになった。寸での所で堪えたけど。
ああもう、こいつは平気で爆弾を投下してくるんだからなぁ…はるが不足している所にそんな爆弾落とされたら、瀕死もいい所だ。そんな俺の事情なんて知る由もないんだろうが。

「臣くん?立ち止まってどうしたの?」
「いや、…はる、手ェ繋ごうか」
「それは嬉しいから全然いいんだけど…いつもはそんなこと言わないじゃない。熱でもあるの?」

ひどい言い草だな。それでも素直に差し出された手を握り、指を絡めれば、ゆるゆると口角が上がっていくのを自覚した。寮に帰ったらメシを作って、それから―――抱きしめさせてもらおう。
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