あったかごはん
偶然、駅で会った臣くんと一緒に寮へ帰ると、談話室は真っ暗だった。夜中と呼ばれる時間まではまだもう少しあるけれど、平日ど真ん中だしねぇ…皆、早めに部屋へ戻っているのだろう。
今日ばかりは晩酌している左京さんや東さんの姿は見当たらない。まぁ、部屋で飲んでいる可能性もあるけどね。ガイさんも巻き込んで。
「ひとまず、先に風呂とか済ませちまうか」
「そだね。臣くん先にどーぞ」
「俺はあとでいいよ」
「…臣くんの方が疲れた顔してるのに」
いっそのこと一緒に入ってしまえばいいのでは?と思ったけど、さすがにそれはマズイかと思い直す。私も疲労が溜まってきているんだな、思考回路がとんでもない方向へ飛んでいっている気がする。
臣くんに提案してみても良かったけれど、多分却下されると思う。即座に。私も彼から提案されたら却下するもの、絶対。ああでも、私と同じように思考回路が鈍っていたらOKしそうな気もするけどね。
ここで押し問答になっても仕方がない、こういう時の臣くんは譲らないと思うのでさっさと入ってしまおう。それが一番いいことだ。言葉通りさっと入って臣くんと交代して、彼がお風呂に入っている最中に冷蔵庫の中身を確認しておこう。
「んー…使っても大丈夫そうなのは卵と鮭フレークくらい…?」
あまり材料を減らしてしまうのも、明日の朝ご飯とかに支障をきたしてしまうから避けたい所だ。こうなったらホットケーキでも焼くか?ミックスが確か棚の中にあったはずだし。
でもこの時間にホットケーキはさすがにかなぁ…あと今は何となく甘いものの気分ではないんだよね。こう、さらさらっと食べられるもの…お茶漬けとか雑炊とか、そういったものを食べたい。炊飯器にはもうご飯は残っていないと思う、すでにタイマーがセットされているから朝ご飯分だと思うのです。
「そこにある皿、おにぎりか?」
「ぅわ…っ?!」
「あ、悪い。気がついてるかと思った」
ビックリしすぎて思わず冷蔵庫を勢い良く閉めてしまった。気がつくわけないでしょーよ!そんなに気配に聡くないよ、私。
文句でも言ってやろうと思っって振り向いたら、臣くんと冷蔵庫に挟まれてる状況だということに気がついて動きが止まりました。何でこんな状況になってるのかな?!
「ちょ、臣くん近い…!てか、髪の毛乾かしてから来なさいよ!」
「お前だって乾かしてないだろ。ドライヤー持ってきたから、あとで乾かそう」
「用意周到だなぁ、あんた…」
どうせ食べ終わったら歯磨きをしに洗面所へ行くんだし、それからでも良かったんじゃないの…?何かもうどっと疲れが出てきたから、言い返す気力も削がれてしまったけれど。
…そういえば、さっき臣くんおにぎりがどうのって言ってなかったっけ?冷蔵庫におにぎりがいたってこと?あ、でもゲームをしているであろう至さんの夜食とか?
「至さんの夜食なら、大体部屋に持っていくから冷蔵庫に入れてあることはまずないぞ」
「あ、そうか。あんたも綴くんも直接持っていってるもんね」
「ああ。でもだとしたら誰のだろうな…この時間に食べる奴なんてそうそういないけど」
だよねぇ。もう一度冷蔵庫を開けてお皿を取り出してみると、そこには4つのおにぎりと1枚のメッセージカードが貼られていた。
「…臣くんと私宛ですねぇ」
「だな。綴と三角と…あと咲也か」
「ふふっ3人で作ってくれたのかな?落ち着いたらお礼しなくちゃ」
―――おみと遥のご飯!さんかくだよ〜 三角
―――遅くまでお疲れ様です!良かったら食べてください 咲也
―――斑鳩さんと咲也が作ったんで、夜食にでも 棚の中にインスタントの味噌汁もあるんで一緒にどーぞ
あんまり無理しすぎないでくださいね、お疲れっす 綴
メッセージカードには3人からのメッセージがぎゅうぎゅうになって書かれている。少しだけ窮屈そうで、でも温かいメッセージに臣くんと顔を合わせて思わず笑顔になった。
だってこんなの、めちゃくちゃ可愛くて、嬉しいに決まっている。
「雑炊でも作ろうかと思ってたが…」
「温めてこれ食べよ。食べなきゃもったいないよ」
「ははっだな。せっかくだしお湯を沸かして、味噌汁も飲むか」
「うん、そうしよ」
その前に髪の毛を乾かすことになり、何故か私は臣くんの足の間にすっぽり収まっております。まぁ…確かに乾かしやすいとは思うけどね?
ああ、でも他人にやってもらのって何でこんなに気持ちいいんだろ…それともやってくれているのが臣くんだから?臣くんの手に撫でられると無条件で安心して、眠くなってきちゃうんだよなぁ。
ウトウトとしていると「終わったぞ」と後頭部をぺしん、と叩かれた。何も叩かなくてもいいでしょうよ…声をかけられれば起きるよ、それだけで。…多分。ちょっとだけ自信はないけども。
「臣くんの髪の毛は私がやってあげる。こっちに座って」
「…じゃあお言葉に甘えて」
そういえばやってもらうことは多かったけど、逆は初めてかもしれない。お風呂上りに遭遇することはあるけど、髪の毛はしっかり乾かされてるし…昔だって臣くんは乾かさないでおくってことはあんまりしていなかった気がする。
いつだって私がやってもらっている立場だったような…?
「やってもらうのは初めてだな…」
「でしょうね。やったことないもん」
「結構気持ちがいいものだな、人にやってもらうの」
「ああ、それはわかる。…はい、乾いたよ」
「ありがとう。お湯を沸かして、おにぎり温めるか」
臣くんがおにぎりを温めてくれたりしている間に、私はドライヤーを戻しに洗面所へ。あとでもいいかな、と思ったんだけど、おにぎり食べてお味噌汁まで飲んでまったりしてしまったら、戻すのを忘れてしまいそうだから。
放置したままにしておくと怒られちゃうからね、動けるうちに・覚えているうちに済ませてしまうのが一番いいのです。此処が寮でなければ絶対に放置すると思うけど。うん。起きてから片づければいいや〜ってなる。そんなことをつらつらと考えながら談話室へ戻ると、何故か人数が増えていた。
「増えとるがな…」
「お、遥ちゃんもおかえりー」
「おつ〜」
「おかえりなさい、東雲さん」
「なに呆けた顔してやがんだ、お前は」
「ふふっ人数が増えてビックリしてるんじゃないかな?」
「おかえり、東雲。ずいぶんと疲れた顔をしているな」
スマホをいじりながら声をかけてきた至さんと万里くん、キッチンに立っている綴くんと左京さんとガイさん、至さん達の向かいに座って楽しそうに笑っている東さん…臣くんは苦笑しながらダイニングテーブルに腰を下ろしていた。
ええ?私が洗面所に言っていたのってものの数分だよね?なんでこんなにも人数が増えてるの…。
「皆、それぞれ用事があって此処に来たのだが…伏見と居合わせてな。今、佐久間と斑鳩が作ったおにぎりを温めているから少し待っていてくれ」
「おら、いつまでそこでボーッと突っ立ってやがる。お前も座れ」
「あ、ハイ」
「ははっまぁ、戻ってきて人数増えてたら驚くよな」
「伏見さん、東雲さん。軽くおかずになるもの作りましょうか?卵焼きとか」
「いや、この時間だし大丈夫だ。ありがとな」
どうやら至さんと万里くんはこの時間まで共闘していたらしいんだけど、小腹が空いて何かないか探しに来たらしい。そうしたら飲み物を取りに来た綴くんとバッタリ会って、夜食をお願いしたそうな。
3人揃って談話室に来たのを見た臣くんは夜食を作ろうとしたらしいんだけど、綴くんにすごい勢いで止められたみたい。そこに左京さん達も来て…お前は座ってろ!と無理矢理座らされ―――今に至る、ということらしいです。
左京さん達はやっぱり東さんとガイさんの部屋で飲んでいたらしく、おつまみになるものとお酒の調達に談話室へ来たんだそうです。
気がつけば、左京さんが温めたおにぎりとお味噌汁を配膳してくれていました。うわ、めちゃくちゃ珍しい光景…!左京さんにこんなことをさせてしまうの、ちょっと申し訳なくなってしまうのですが…?!
「すみません、左京さん」
「謝罪はいいから、お前も東雲もさっさと食って今日はもう寝ろ」
「え、私もう少し進めたい…」
「ああ?んな顔して何を言ってやがる」
どうやら臣くんも私も、顔色があまり良くないらしい。睡眠時間をそこまで削っているわけではないんだけど、多少寝不足なのは否めない…あとまともに食事をしているのが朝だけ(たまにお昼も)だからなぁ。私。集中しているとお腹があまり空かないから、食べないまま過ごしちゃう。寮に帰ってきてからお腹空いたな、と思うことも多々あるけど、飲み物だけで我慢して無理矢理課題と卒論に集中するようにしてたから。それが顔に出てるってことなんだろう。あと疲労。
左京さんの怖い顔に、臣くんも私も苦笑を浮かべてしまう。どうやら私達には頷くしか術は残されていないらしい。徹夜に近いことをしなければいけないほど、今は切羽詰まっていない。少し前までは終わるかどうかわからなかったから必死にやっていたけれど、大分枠組みもしっかりしてきたし…あともう少し、という所まできていた。あくまで私は、だけど。臣くんはどうかはわからないです、さすがに。
だから今日くらい、温かい気持ちのままぐっすり眠ってしまうのもいいのかもしれない。一応、今日のノルマは大学で終わらせられたし。大人しくはぁい、と間延びした返事を返せば、珍しく左京さんは満足そうな笑みを浮かべた。
「あ、おかかだ。美味しい」
「もしかして全部味が違うのか?」
「そっす。おかかと肉そぼろと梅とー…あと炒りじゃこっすね」
「塩おにぎりかと思った…」
「あー…それも考えましたけど、2人とも最近は寮で全然メシ食ってなかったんで…こういう方がいいかなって」
「うん…有難い…お味噌汁も沁みる…!」
「んな大げさな。味噌汁はインスタントっすよ?食べるかどうかわからなかったんで、そこまでは作るのやめたんす」
「いや、温かいメシを食うの自体、割と久々だからな」
朝ご飯は寮で食べていたけれど、その他はコンビニとかだったしねぇ。臣くんもきっとそうだったんだろう、あの口ぶりだと。コンビニで買っても温めてもらえば温かいけれど、私達が言いたいのはそういうことではないから。
『誰かが自分の為に作ってくれた温かいご飯』というものは、当たり前のようで当たり前じゃない。それがただお湯を注いだだけのものだとしても、有難いし嬉しいものなのだ。
「ごちそうさまでした!」
「ごちそうさま。綴、ありがとな」
「いえいえ、礼なら咲也と斑鳩さんに言ってあげてください。至さん、万里ーチャーハンできたぞ」
ああ、このいい香りはチャーハンだったのか。綴くんのチャーハンはパラパラで美味しいんだよねぇ。
今度作ってもらおうかな、とお皿とお椀を持って立ち上がれば、気配なく近づいてきていたガイさんにさっと奪われてしまった。おおう、さり気ないけどビックリした…!
「片づけは俺が承ろう。2人はもう休むといい」
「至れり尽くせりですね。…すみません、ありがとうございます。ガイさん」
「このくらい構わない。ゆっくり休んでくれ」
ここまでされてしまったら、もう休まないわけにもいかない。まだ談話室にいる様子の皆に就寝の挨拶とお礼をして、私達は談話室を後にした。