これが、夢の始まりだったなんて


確かに細々と曲を作っていて、様々な縁が繋がって劇団に曲を提供する機会も頂いていた。サークルの定期公演に使う曲も、作らせてもらってはいる。でもまさか、まさかいづみさんがそれを知っているとは…夢にも思わなかった。だって話したことがなかったから。
ひょんなことからお父さんのことは話してしまったけれど、いくら父親が作曲をしていたからといって娘も、なんて思いはしないだろう。普通。まぁ、もしかしたらって思う可能性はなくはないけれど、それにしたっていづみさんのように断定してくることはないと思うんだ。まずは確認すると思うんだよね、曲を作っているのかどうか。断定してくるということは、それはもう確実に知っているということだから。

「え…私、いづみさんにその話……?」
「あっごめんね、急に!あの、人づてに聞いて…」

いづみさん曰く、夏組の旗揚げ公演が決まって曲を作ってくれる人を探していたんだそうな。春組の時と同じ人に頼むか、それとも違う人を探すか…悩んでいた時に私のことを紹介された、らしい。
恐らく、その紹介してくれたのは私の先輩か同級生、または知り合いなのだろう。そしてたまたま私が曲を提供した劇団の舞台を観たことがあったらしく、その曲もよく覚えていたんだそうだ。

「すごく素敵な曲だった。だから、夏組の旗揚げ公演の曲を遥ちゃんにお願いしたいの」
「えええ…私、知名度も低い学生ですよ…?」
「知名度があるとか、そういうのも大切だと思うけど…でも私は、あの素敵な曲で舞台に彩りを加えた遥ちゃんに作ってもらいたい」

真っ直ぐな瞳。真っ直ぐな言葉。真摯な思い。演劇への情熱。
その全てに胸を打たれたような気がした。何より自分が頑張って作った曲を素敵だ、と言ってくれたのが嬉しくて…この人の力になりたい、と思ってしまった。端的に言えば絆されたのかも、しれない。いづみさんは人タラシなのかもなぁ、と失礼なことを思ってしまったのは、私だけの秘密である。

「……わかりました。そんなに言ってくれるなら、作らせてください」
「本当?!ありがとう、遥ちゃん!」

彼女は嬉しそうに笑って、いそいそとカバンの中から1冊の冊子を取り出した。何だろう、と思っていたら、どうやら夏組の台本らしい。もしかしたら受けてもらえるかもしれない、と思ってあらかじめ持ってきてくれたんだって。その場で渡せた方が手間を取らせないだろうから、って。でもまぁ、確かにそうなのかも…?私としてもどんな舞台なのか、早めに知れた方が曲をイメージしやすいとは思うから。
じっくり読み込みたい気持ちを抑えて、パラパラと流し読みをしているとテンポ良く進んでいくストーリー、そして会話に思わずふふっと笑いが零れる。まだ誰も演じていないものだけれど、この感じだと夏組の旗揚げ公演はコメディ調なのかもしれない。ふむふむ、こういうテイストのお話なら明るめの曲調で…うん、アップテンポな感じがいいかもしれない。頭の中でイメージをして、組み立てて、あとは音としてアウトプットしていくだけだ。

「ある程度、形にしたら連絡する形でいいですか?」
「うん、それで大丈夫!それで〆切なんだけど…」

いづみさんから聞かされたスケジュールはなかなかにタイトだな、と思ってしまった。でも引き受けた手前、そのスケジュールは無理です!とは言えない。言いたくない。どうにか、頑張って仕上げたい。
この舞台に彩りを加えたいと、そう思うから。いづみさんにも、役者さん達にも、そして観に来てくれる人達にも楽しんでもらえるいろを作りたい。

「じゃあとりあえず、形にしたら一度データで送るので…」
「お願いします!あ、パソコンのアドレス教えておくね」
「助かります。LIMEじゃさすがに送れないと思うので」
「だよね…はい、これがパソコンのアドレス。何かあったらいつでも連絡してね」
「はーい」

話がある程度まとまった所で、カフェを出ていづみさんと別れた。家へと向かう足取りは軽く、無意識のうちに鼻唄まで歌っていたらしい。思った以上に浮足立っている自分に、ワクワクしている自分に気がついて、思わず足を止めた。

楽しい、ワクワクする、いつも―――曲を作る時に感じている感情だけれど、その感情に気がつく度にのめり込んではダメだと思い直す。

演劇が好き、曲を作るのが好き、自分の作った音が舞台の世界に溶け込んでいく瞬間が好き、…いつか、演劇に関わる仕事がしたい。できることなら曲を作り続けていきたいと、お父さんと一緒に曲を作りたいと思う。
でも、お母さんが守り続けている古書店も守りたい。失くしたくない。どちらを選ぶんだ、と聞かれたら私はきっと『古書店』を選ぶのだろう。ずっと、そう思っている。
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