お礼の方が明らかに高いのはやめてほしい
裏路地と呼ばれるような場所に足を踏み入れたのは、ちょっとした勘のようなもので。かつて、幼なじみとその親友がまだやんちゃをしていた頃に培われたものだった。
何となく嫌な予感がするとか、この辺にいそうな気がするとか…まぁ、大して役に立たないものではあるんだけどさ。今回ばかりはその勘に従って動いて良かった、とちょっとだけ思ったわけです。
「…迫田さんと救急車、どっち呼ぶべきなんです…?!」
「東雲、…?お前、何でこんな所にいやがる…!」
「今、そんなこと言ってる場合ですか!」
ふっと視線を落とした先にいたのは、怪我をした左京さんだった。この人がヤクザだというのは聞いてはいたものの、私自身が知っているのは『役者の古市左京』だけだったから、こんなにボロボロになっている姿を見るのは初めてだ。
寮にはあまり本業のことを持ち込まないようにしているからなのか、それはきっと左京さん自身にしかわからないことだろうけれど。
とりあえず、迫田さんを呼ぶにしても槙田さんを呼ぶにしても、応急手当はしておいた方がいいだろう。救急車を呼んだ方がいいか?とも思ったけれど、呼んでいいのかわからないし…もしかしたら、組の方でお抱えの医者とかいるかもしれないし。
「お説教ならあとで聞きますんで、今は暴れたりしないでくださいね」
近くに水道なんてないだろう。リュックの中からハンドタオルと、水の入ったペットボトルを取り出した。まだ口をつけていないやつがあって良かった…!
蓋を開けてハンドタオルをしっかり濡らしてから、血や砂などで汚れている箇所を丁寧に拭いていく。見た目はひどい怪我のように見えるけれど、汚れとかを拭き取っていくと想像よりはまだマシかもしれない。いや、それでも怪我は怪我だし、しっかり治療した方がいいに決まってるんだけど。
とは言っても、あと持っているのは絆創膏数枚と消毒液くらいで包帯やガーゼなんて代物はありはしないんだけれども。
でも私はその道に精通しているプロの看護師とかではないしなぁ…下手にやるよりは、病院に連れて行った方が確実だと思う。悪化させてしまうようなことしたくないし。…けれど、消毒くらいならやってもいいよな?多分。
「左京さん、さっきよりもしみると思いますけど我慢してください」
「ッ、……お前、何でそんなに準備がいいんだ…?!」
「昔の名残です。よく怪我をする人達が傍にいたので」
「……ああ、なるほど」
「誰かに連絡ってしてありますか?」
「迫田に連絡はしてある、そろそろ―――」
左京さんの言葉を遮るように、少し遠くから「アニキ」と呼ぶ迫田さんの声が聞こえた。ああ、確かにいらっしゃいましたね。
でもこれで一安心かな。そっと息を吐いて、消毒液やらペットボトルやらをリュックの中にしまいこんで立ち上がる。迫田さんの目印になれるように。
「あっアニキ!!大丈夫っすか?!」
「見た目ほどひどくはねぇよ…応急処置をしてもらったしな。助かった、東雲」
「いーえ、このくらい全然。いづみさんには伝えておきますんで」
「すんません…オレからも頼みます。多分、しばらくは寮に顔を出せないと思うんで」
「はーい。適当に誤魔化しておきます」
すぐ傍に車を横付けしていたらしい。私のことも送っていく、と言ってくれたけれど、丁重にお断りをして2人を見送った。だって明らかに早く連れて帰った方がいいと思うから、左京さんを。
さて…いづみさんにはちゃんと説明をするとしても、他の皆にはどう説明するべきかなぁ。単純に仕事が忙しくて泊まり込みになった、っていうのが一番妥当かなぁ。
運がいいのか悪いのかわからないけれど、次の公演は秋組ではない。基礎稽古やエチュードの自主練はあるけれど、公演前の稽古を抜けてしまうよりは…まだいいだろう。いや、良くはないんだろうけどあの怪我の状態では、稽古もキツイだろうからいづみさんからストップが入りそうなのよね。万里くん達も止めるんじゃないかなぁ?さすがに。
後日、応急処置のお礼にとお菓子をもらったんだけど…まさかの会長さんや槙田さん、迫田さんからの分も入っていてビックリしたのは言うまでもない。
(待って待って左京さん…!!!)
(なんだ?)
(明らかに高いやつ入ってます無理ですもらえません…!)
(突っ返してもいいが、気持ちを踏みにじることになるぞ。それでもいいか?)
(うーわ、それ絶対に断れないやつだ…!)
(こういう時は有難くもらっときゃいいんだよ)