言われなくてもわかってる
臣くんはモテる。確かに背が高いから威圧感とか圧迫感はあるかもしれないけれど、いざ話してみたらそんなこと全然ないし、人当たりもいいから、少しでも関りを持ってしまえばすぐに打ち解けられるタイプだと思う。
笑顔も柔らかいし、世話焼きな所もあるから飲み会にアイツがいると安心して参加できる、って女の子も多いんだって教えてくれたのは、橘くんだったっけ。
そんな性格をしているので、恋愛感情を持たれることだって少なくはないのです。まぁ…それは昔からのことだから、わかってはいたけれど。
「ねぇ、東雲さんが伏見くんの彼女ってほんと?」
「……へ?」
食堂で千鶴と偶然会った橘くんと昼食を食べていたら、突然そんなことを言われた。あまりに突然すぎるし、そもそもこの人誰…?臣くんと同じゼミとか、そういうこと?だとしても、何で私の名前を知ってるの?状態ですけども。
だって私、そんなに目立った覚えはないし、有名人なわけでもないのに。というか、何故にそんな質問をされるのかもわからないんですけれども。知らない人相手だし、さすがに不躾すぎる気もするからこのまま無視を決め込みたいが、変な噂を流されても嫌だしなぁ。
「ええっと、…そう、ですけど…それが何か?」
「えー?!あの噂、マジだったんだ。伏見くんが幼なじみとつき合い始めたってやつ!」
「ねー。でも伏見くんだったら年上の方が合いそうなのにねぇ」
きゃらきゃらと笑いながら、突然声をかけてきた知らない誰かは立ち去っていった。いったのだが、…遠回しに臣くんに私は釣り合わないって言われたのか?今。
ハッキリ言われたわけではないけれど、何となくそんな意味が込められているんだろうなっていうのは、私でもわかるわ。さすがにそこまで鈍くはないと思っている。
「東雲、気にするなよ」
「誰が何と言おうと、伏見くん自身がしのを選んだんだから大丈夫よ」
「―――…うん、ありがと」
2人の言葉は有難かった。気にしないでいいと、流してしまえばいいんだと、…そんなことわかっているはずなのに、いつもならそうできるはずなのに。
どうしてだろう、臣くんのことに関しては上手く受け流せない。千鶴の言う通り、臣くんが私を選んでくれたんだ…それは真実だし、今更嘘だとかそんなことは思わないけれどそれでも、―――どうしたって、どこか自信を持ちきれない私がいる。
(何であんたが?って目を、してたな…さっきの人達)
臣くんに釣り合っていないだろうなんて、そんなこと言われないでも十分にわかってる。もったいないなっていうのもわかってるけど、それでも好きなんだ。
やっと恋人として隣に立てたんだ、まだ…この立ち位置は、他の誰かに譲りたくなんてない。その気持ちは確かなのにどうして、こんなにもぐらぐら揺れているんだろう。
「はるチャン、はるチャン!これから皆で映画見るんだけど、一緒に見ない?」
「…映画?」
「そう!左京にぃに借りたから、せっかくだし談話室で見ようかなって」
普段だったら何か参考になるかも、って即決で参加する所だけれど、今日はそんな気分になれなくて。せっかく誘ってくれた太一くんには申し訳ないけど、お断りしてしまった。
案の定、ちょっと寂しそうな顔をされてしまったけれど、また誘うね!ってすぐに笑ってくれて。太一くんのこういう所、いつも救われてるんだよなぁ…なんて思いながら、談話室を後にした。
今日はもうこのまま部屋に引きこもろう…さすがにお風呂は入るけど、いづみさんと私が入るのは皆が入った後だから、まだ時間はある。今は確か冬組が入浴中だったかな…少なく見積もってもあと30分くらいはあるはず。
こういう鬱屈した気持ちの時に1人になるのは良くないのかもしれないけれど、今はどう頑張ってもあの空間にいるのが辛い。皆と話したり、楽しそうにしている光景を見るのは好きだったはずなのに…マイナスの感情で埋め尽くされている時って、ダメダメになるんだなぁ。
下手に誰かと話すと本音がポロッと出てしまう気がして、少し落ち着くまでは離れていたいのです。
「はぁ……」
溜息を吐きながらベッドに倒れ込む。お気に入りのクッションを手繰り寄せて、ぎゅうっと少し強めに抱き込めばほんのちょっとだけささくれだった気持ちが和らいだような気がした。
このままマイナスな感情が全部、溜息と一緒に流れ出てくれれば楽なのになぁ…そんなこと有り得るわけないか。無理に決まってるよね、うん、知ってた。
スマホをいじるわけでもなく、音楽を聴くわけでもなく、本を読むわけでもなく…ただクッションを抱きしめたまま、ベッドの上でじっと目をつむっていたらノック音が聞こえた気がした。…誰か、来た?
でもぼんやりしていたから、私の聞き間違いかもしれないと思って、何も答えず黙っていたら今度はハッキリとノック音と、私の名前を呼ぶ臣くんの声が耳に届いた。―――臣くん…?
返事をしようかどうしようか迷ったのは、ほんの一瞬だったと思う。あまり心配をかけたくなくって、「はーい」と返事をしながらドアを開ける。そこにいたのはやっぱり臣くんで、マグカップ2つとお菓子が載せられたトレイを持っていた。ほんのりと甘い香りがする。
「入ってもいいか?」
「…ん、どーぞ」
どんな理由を述べたとしても、結局心配をかけてしまうことになるのなら、素直に受け入れてしまった方が早い。
温かいミルクティーの入ったマグカップを受け取って、そっと口をつける。ミルク多めで甘めのそれは優しくて、落ち着く気がする。
ほう、とそっと息を吐けば、ホッとしたような笑みを浮かべた臣くんが、隣に腰を下ろした。
「おいし…」
「ミルク多めにしたんだが、大丈夫だったか?」
「うん、大丈夫。好みの甘さだし」
「それなら良かった」
頭を撫でてくれる手は、いつも通り優しくて温かい。さっきまではあんなに誰かと一緒にいたい、という気持ちが湧いてこなかったのに、不思議。
でもその反面、昼間の出来事が頭をよぎって自然と眉間にシワが寄ってしまう。臣くんの前ではなるべく笑っていたいのに。
でもこういうことは隠さないでいるべきなのか…?いや、でもこれ以上面倒だって思われてしまうのも嫌だなぁ。
「臣くんのさぁ…」
「うん?」
「好きなタイプって年上?」
「…………は?」
臣くんの顔から笑顔が消えた。真顔、というよりは、眉間に僅かにシワが寄っている気がする。
まぁ、そりゃそんな顔にもなるか…突然、そんなこと聞かれたら。
「ちょっと待て、いきなり何を言い出すんだ…?」
「聞いたことなかったなって思って。恋人遍歴全然知らないし」
臣くんに恋人がいたことは、風の噂で聞いている。共通の知り合いはたくさんいたし。でもその件の恋人に会ったことはないし、会わせて!って思ったこともないから、実は彼の好きなタイプって知る機会がなかったんだよね。
だけどきっと、昼間の出来事がなかったら聞こうって思わなかっただろうし、気にもしなかったと思う。今まで通り。…なんだけど、一度気になってしまったらどうにもならないのが人間の嫌な所だと思う。ある意味。
「年上の綺麗なおねーさんの方が、…臣くんには合ってるのかなぁって」
あの時、声をかけてきた2人はスタイルのいい綺麗な人達だった。歳は多分一緒だと思うけど、美人で…確かに臣くんと並んだら映えるだろうなって感じの。
ああ、もしかしてそれを知っている人だったのかな…臣くんの好きなタイプを知っていたから、あんなことを聞いてきたのかもしれない。
ぎゅっと握り込んでいたままのマグカップをそっとローテーブルに置いた瞬間、頬をむぎゅっと掴まれた。え?!ちょ、なに…?!
「おい…また何か変なこと考えてただろ」
「う、」
変なことではない、と思う、けど…臣くんからしたら変なことになってしまうのだろうか。そこはさすがに私にはわからないので、何とも言えないんですけども。
いや、でも変なことか…普通、つき合ってる相手に好きなタイプどんなの?とか、年上?とか聞かないもんな。多分。反論した方がいいとは思うんだけど、頬を掴まれている状態なので上手く喋れないんです。
「…なぁ、はる。まだ―――俺の気持ちって、伝わってないか?」
そっと手が離され、臣くんが顔を伏せた。表情が見えなくなって、でも耳に届いた声音が僅かに震えているような気がして、胸がぎゅっとなる。そんな思いをさせているのは、きっと私のひとことで。
悲しませたくない、心配させたくないと思っているのに…いつだって私は、臣くんを傷つけてしまっている。ごめんね、面倒な幼なじみ兼恋人で。愛想を尽かされてしまっても、…私に文句を言う資格なんてないと思う。
臣くんの愛情を、気持ちを疑っているわけではなかった…ただ、私が自信を失くしてしまっているだけで。
「好きだ、…好きなんだ。俺が好きなのは、はるなんだよ」
「ッ」
「不安なら何度だって言葉にするから、…だから」
―――離れて、いかないでくれ。
胸が、詰まる。震える声音に、ぎゅっと抱きしめてくれる腕の強さに、胸も、声も詰まってしまう。
ごめん、そんなことを言わせたいわけじゃなかった。そんな思いをさせたいわけじゃなかった。
「ご、めんなさ、…違う、違うの、…疑ってるわけじゃ、伝わってないわけじゃないの…っ!」
「―――うん」
「ちょっと、…臣くんには年上の方が合いそうなのに、って聞いちゃって…それで、自信がなくなって」
話し終えて臣くんの肩口に顔を埋めたら、頭上から溜息が聞こえた。これは怒り半分、呆れ半分って感じ…ですかね…?
でも怒るよねそりゃ、ってことをやってしまったのは確かなので、怒られるのは仕方のないことだと思うんだよね。それくらいのことを、多分してしまったと思うので。
顔を上げてもう一度謝ろう、と思ったら、苦しいくらいに抱きしめられて身動きが取れなくなってしまった。
「お、臣くん…?」
「こっちが呆れるくらい自信持ってくれていい、って言っただろ…」
「言われた、けど…」
「周りがどう言おうと何だろうと、…俺が選んだのはお前だから」
だから大丈夫、と言われている気がして、泣きそうになってしまう。きっと今は震えた声しか出せないと思うから、背中に腕を回して力いっぱい抱き着いた。伝わりますように、と願いを込めて。
本当に伝わったかどうかはわからない。でも臣くんが笑ったような気がしたから、何となく―――察してくれたのかな、って思うんだ。
「橘と桜井からLIMEきた時は何があったのかと思った」
「え?LIME?」
「ああ。お前のこと任せた、とだけ」
あの時、2人と昼食食べてたから…最初から最後までしっかり見られてたし、聞かれてたのはわかってたけど…臣くんにそんなメッセージを送ってたとは思わなかったなぁ。
ただ臣くん曰く、それはただのきっかけでしかなかったらしいです。本格的に何かあったな、と確信したのは、太一くんと私の会話を聞いた時だったそうな。太一くんにもちょっと様子がおかしいかも、と言われたし、臣くん自身も気になったからこうやって部屋まで来てくれたんだって。
あー…太一くんにも気がつかれてたのか…顔には出さないように気をつけていたつもりだったんだけど、咄嗟に演技できてなかったんだなぁ。ごめんね、太一くん。心配かけてしまったことも、お誘いを断ってしまったことも。
「臣くん、お菓子食べたい」
「ん?ああ、そういえば持ってきてたな…ほら」
「ありがと。マドレーヌだ」
決して疑ってるわけではないし、愛されていないと思っているわけでもない。それでも、…それでもどうしたって、妙に不安に思ってしまう時がある。自信を持てなくなってしまう。
これからも幾度となく不安になって、臣くんを傷つけてしまうかもしれない…できることならそんな思いをさせたくはないけれど、でもハッキリともう傷つけたりしないからって言い切れないのが本音。
そんな思いをマドレーヌと一緒に飲み込んだ。