ひとりじゃないのに
学校から帰ったら、監督先生や紬サンがパタパタと走り回って何かを準備していた。
珍しく仕事がお休みで一緒に帰ってきた天チャンと思わず、無言で顔を見合わせてしまった。
side:太一
「な、何事だ…?」
「お客さんでも来るんスかねぇ?」
靴を脱ぐことも忘れてポカーンと突っ立っていたら、シーツと枕を抱えた東サンが「おかえり」と声をかけてくれた。
ただいま、と返して何かあったのかと聞いてみれば、はるチャンが高熱を出してしまったらしく、談話室に彼女の寝床を作っている最中なんだと教えてくれました。
…えっはるチャン大丈夫なの?!
「今、病院で点滴を受けてるって。それが終わったら帰ってくるみたいだけど…熱がずいぶん高いみたいで」
「ええ〜…心配ッス…何か手伝えることあるッスか?」
「布団は今、三角が運んでくれているし……カントク、何か足りないものある?」
「あー…飲み物がないかもしれないです。あと食欲なくても食べられそうなものとか」
「じゃあそれを天馬とワンコくんにお願いしようか。2人共、ちょうど帰ってきた所なんだ」
パタパタと足音がして、ひょっこりと監督先生が談話室から顔を出した。
「天馬くん、太一くん。帰ってきてすぐの所、申し訳ないんだけどお願いしてもいい…?」
「ああ、そのくらいいいぞ」
「お任せあれッス!」
「ありがとう!助かる」
監督先生はまだ準備が終わっていないのか、すぐに引っ込んでしまった。その後を追うように東サンも消えていってしまい、エントランスに残されたのは俺と天チャンだけ。このままここでボーッとしているわけにもいかないし、とりあえず買い物に行くとしよう。
回れ右をしてドアを開けたら、バッタリ幸チャンとむっちゃんに出くわした。どうやら2人も今帰ってきた所みたい。制服のまま出てきた俺達を見て、ちょっとビックリしてる。
そりゃあそうだよね、この時間に制服のままで何処行くの?って話だし。
「制服のまま何してんの、天馬、太一」
「何処か行くの?」
「商店街だ。遥さんが体調崩したらしくて…」
「飲み物とかゼリーとか買いに行くんだ」
「えっ遥さん大丈夫なの…?!」
「まだ病院にいるらしい。熱が高いことしか、俺達も聞いてない」
「そっか…」
もしかしたらまだ何か手伝えることがあるかも、って幸チャンとむっちゃんは駆け足で中へ入っていった。それを見届けて、俺達も急いでお使いを済ませようと商店街へと向かう。
近くのコンビニでも良かったんだけど、ドラッグストアやスーパーの方が安く買えるから、なるべくそっちを使えって教えてくれたのは左京にぃだ。教えてくれたというか、何と言うか…だけど。
でも確かに行ってみると、値段が違うんだよねぇ。コンビニは楽だけど、スーパーとかに比べると値段は高め。数を買うとなるとスーパーとかの方がいいと思う。実際に行ってみないとわからないことだったよなぁ、これも。
「飲み物とー…はるチャン、ゼリーとプリンだったらどっちが好きかな?」
「甘いものは割と好きな方だよな」
「うん。でもほら、体調悪い時って普段食べられてるものが受けつかなかったりするし…」
「じゃあゼリー多めにしておくか?余ったら十座さんが食べるだろ」
そうだね、すぐに腐るものでもないし…今食べられなくても、元気になった時に食べてもらえればそれでいいし。ゼリーを少しだけ多めにして、あとは飲み物…スポーツドリンクがいいんだよねこういう時は。
えーっと、うん、買い忘れはなさそう。ひとまず俺達のお使いはこれで大丈夫かな!
「よし、帰るか。そろそろ遥さんも帰ってきてるかもしれないし」
「うん!」
買い忘れがありそうで怖いけど、それならまた買いに行けばいいか。今すぐ必要になりそうなものは飲み物だけだし、それ以外はお願いされていない。ということは、ある程度のものはきっと寮にあるってことなんだと思う。
社会人組はまだ帰ってきてなかったし、最悪LIMEのグループに投げれば誰かが買ってきてくれそうな気がするんだよね。談話室にはるチャンを寝かせるってことは、きっと他の皆にもお知らせするだろうし。先に言っておかないと帰ってきた時にビックリするだろうし。
「そういえば、はるチャンひとりで病院行ったのかな…」
「臣さんが一緒なんじゃないか?」
「ううん、臣くんは今日就活だって言ってたから、大学行ってないと思う」
「…ああ、朝スーツ着てたな」
そう。今日は珍しく私服じゃなくてスーツを着ていて、どうしたんだろう?と聞いてみたら「今日は就活なんだ」って少し緊張した笑みを浮かべていたのを覚えてる。もう夕方だし、もしかしたら終わって付き添ってるかもしれないけど…可能性としては綴クンか十座サンが高そうかなって。
ガサガサと袋を揺らしながら天チャンと2人、寮への道をちょっとだけ早足で歩いていたら、ちょっと先に綴クンと十座サンが歩いているのが見えた。
「綴クン!十座サン!」
「…太一、天馬」
「2人共おかえりッス!はるチャンに付き添ってるの、2人じゃなかったんだ」
「俺達はまだ講義があったから…千景さんが早退してくれたんだよ」
それはまた、意外な人選だなって目を丸くしたけれど、よくよく考えたら高熱を出しているらしい彼女を病院に連れて行ったり、寮に連れて帰ってくるなら車を持ってる人だよな。どう考えても。電車で帰るなんてめちゃくちゃ辛いだろうし…千景サンが捕まって良かったかも。
丞サンは客演の稽古だって朝言ってたし、左京にぃも仕事が忙しくてバタバタしてたし…そうなると、至サンか千景サンの2択になる。きっと都合がつけられ遥たのが千景サンだったってことなんだろう。
あんまり見ないツーショットなのは確かだけどね。千景サンとはるチャンって。そう思ったのは天チャンも同じだったらしく、「珍しい組み合わせだな…」ってボソッと呟いた。綴クンは苦笑を浮かべてる。
「まぁ…確かに滅多に見ない組み合わせではあるよな」
「さんは臣さんか監督と話していることが多いっすよね」
「あーそうかも?割と満遍なく話す人だけど、千景さんにはあんまり近寄ってない気がする」
そんなことを話しながら歩いていたら、あっという間に寮へ辿り着いた。
「ただいまッスー!」
「あ、おかえり。お使いありがとうね、天馬くん太一くん。綴くんと十座くんもおかえり」
「ただいまです」
「ただいま。遥さんはまだっすか?」
「ついさっき千景さんと一緒に帰ってきたよ。今はうとうとしてる」
買ってきたものは監督先生に預けて、俺達は手洗いうがいと着替えることにした。ささっと済ませて談話室へ顔を出すと、今寮内にいる人は大体が此処に集まっている感じがする。
はるチャンをひとりにするのはちょっと危ないから、皆で交代で看病することにしたみたい。ひとりの方がゆっくり休めるのはわかってるんだけど、監督先生曰く今のはるチャンは不安定らしい。プラス高熱で意識が大分朦朧としているし、フラフラしているから自室に寝かせておくより談話室の方が、トイレも近いし安全だろうって判断みたい。
でも不安定って、どういう意味だろう?朝会った時はいつも通りのはるチャンのように見えたけど。
「監督、左京さんと臣くんがこれから帰ってくるらしいんですが、何かいるものはありますか?って」
「さっき天馬くんと太一くんが飲み物とゼリーとかは買ってきてくれたので…」
「あ、監督さん。冷えピタがストックなかったよ」
「えっ本当ですか?」
「じゃあ冷えピタを頼んでおきますね。あとはー…」
監督先生と紬サン、それと千景サンが必要そうで、尚且つ寮にはない・もしくは少なそうなものを改めてピックアップしている。いざ準備をしてみると足りないものって割と出てくるんだよね。
もう手伝えることはなさそうだと判断し、はるチャンが横になっている布団にそっと近寄ってみる。高熱だって聞いてはいたけど、本当に顔が真っ赤だ…繰り返されている呼吸も熱のせいか浅く、少し苦しそうに見えた。
薬が効いて、熱だけでも下がってくれればまだマシになるかもしれないけれど…僅かに寄せられた眉間のシワに、胸がぎゅっと苦しくなる。早く良くなれ、って祈った所で気休めにもならないというのはわかってはいるけど―――こんな辛そうな顔を見てしまったら、祈らずにはいられない。
「東雲、寝てる所悪ィが少し起きられるか」
「う、……」
夕食が終わっても起きなかったら声をかけよう、と決めたのは、臣クンと左京にぃが帰ってきた頃だった。
眠れているなら無理に起こすことはないってことで、満場一致だったんだけど…やっぱり眠り込んでいる所を無理矢理起こすのは気が引けるんだよね。
病院で点滴は打ってもらったって話だけど、監督先生と千景サン曰くまだ処方された薬を飲んでいないらしいからさ。さすがに何か食べてもらって、薬は飲ませないとだよねって。
「食欲はねぇだろうが、ひとくちでもいいから胃に入れろ」
「はるチャン、ゼリーとプリンあるよ。どっちなら食べられそ?」
「ゼリー、なら…」
「ん、どーぞ」
ペリペリと蓋を剥がして、スプーンと一緒にそっと手に載せれば、緩慢な動きではあるけれど少しずつゼリーを口に運んでいく。良かった、少しでも食べられれば薬が飲めるし、そうすれば少しずつ楽になるだろうから。
隣にいる左京にぃも、キッチンで洗い物をしている臣クンと十座サンも、ソファ越しにこっちの様子を見ていた万チャンとあーちゃんもホッとした表情。
「これ薬と水ね。喉が渇いたらスポドリあるからこっち飲んで。たくさん買ってきたから、どんどん飲んでも平気ッスからね!」
「―――…うん」
俺ははるチャンの枕元にスポドリを置いていたから見ていなかったんだ、彼女の表情を。でも左京にぃが僅かに息を飲んで、戸惑いながら彼女の名前を呼んでいるのが聞こえてパッと顔を上げた。
見えたのは、ポロポロと涙を流しているはるチャンの姿だった。嗚咽を漏らすわけでもなく、ただ静かに涙だけが流れ落ちていく。表情も虚ろというか、無表情に見えて…左京にぃが戸惑うのは無理もないと思った。
俺達の様子に気がついた皆が、どうした?と近寄ってくる。
「東雲?どこか痛ェのか」
「うわ、どうしたんだよ遥ちゃん」
「臣クン、はるチャンが急に泣き出しちゃったッス…!」
妹がいるから小さい子を泣き止ますことなら、それなりに慣れてるけれど、はるチャンは小さい子じゃない。どうしたらいいかわからなくて、オロオロと臣クンの名前を呼んだ。
臣クンはすぐに彼女の前にしゃがみ込んで、顔を覗き込む。でもはるチャンは何も反応を示さなくて、いまだ静かに涙を流し続けているだけだった。
「―――はる?どうした、辛いか?」
「ッ」
「熱が高いから、そりゃ辛いよな…」
臣クンの指が流れ落ちていく涙を拭った瞬間、くしゃりと顔を歪めたはるチャンはそのまま臣クンの肩口に顔を埋めた。
「皆、ここにいるから。大丈夫だ」
微かに震えている背中を臣クンがゆっくりと、そして優しく撫で続けていると落ち着いたのか、それとも薬が効き始めたのか、はるチャンは眠ってしまったらしい。
「…莇、悪いんだがタオル持ってきてもらえるか?」
「わかった」
「臣クン…」
「とりあえず落ち着いたと思う。今は眠ってる」
臣クンの言葉に皆、ホッとする。ひとまず良かったけど…どうしたんだろう。体調を崩すと急に不安になったりするから、はるチャンもそうだったのだろうか。
独り言のように疑問を口に出せば、彼女の一番傍にいた臣クンが「うーん」と首を傾げた。それはどうだろう、わからないなっていうより―――違うと思う、と言いたげなニュアンスで、俺達も首を傾げる羽目になりました。
え、臣クンは理由がわかったの?
「あの感じはそういうのじゃなくて、」
「うん?」
「―――…いや、俺の思い違いかもしれない。忘れてくれ」
ふるりと首を横に振った彼は、困ったように笑った。だから俺達もそれ以上は聞けなかったんだ、どういうことなの?って。