ドッキリですか?なんて、口が裂けても言えない


『ちょっと相談があるんだけど、今大丈夫…?』
はるの体調がすっかり全快して少し経った頃、そんなLIMEが届いた。いつもなら部屋を訪ねてきたり、談話室で声をかけられたりするのに、LIMEで聞いてくるなんて珍しいなと思ったんだよな。
でも彼女の相談―――というか、話を聞いて納得した。これはまだ、誰にも聞かれたくないことだったんだって。

 side:臣

「臣クン?ボーッとしてるけど大丈夫?」
「あ、…悪い、呼ばれてたか?俺」
「ううん、そうじゃないけど…心ここにあらずって感じだったから」

ハッと我に返ると、太一が心配そうな顔でこっちを見上げていた。しまった、うっかり考えこんじまってたのか。

「大丈夫?臣くん。疲れたならどこかで休憩でもしていく?」
「いや、大丈夫です。ちょっと考え事を…」
「歩きながら考え事すると危ねぇぞ、臣」
「そうだな、気をつけるよ」

万里の言葉にそう答えて再び寮への帰り道を歩き始める。何処かで休憩を、と言ってくれた紬さんの言葉は有難いけれど、寮までそう遠くない。それに元々体力はある方だし、別段疲れているわけでもなかった。強がりでも何でもなく、本当に。ただあの日のはるの言葉や表情を思い出していただけで。
悲壮な表情を浮かべていたわけではなく、俺のよく知っている表情だったと、思う。少し緊張しているようには見えたけれど、それはまぁ…内容が内容だったからなんだろうな。きっと。

(週末にカントクと左京さんに話すって言ってたか)

今日はその週末で、まるで示し合わされていたかのように団員のほとんどがバイトだったりプライベートの用事で寮を空けている。
俺も万里、太一、紬さんと一緒に買い出しに行く予定が元々あったしな。残っているのははるとカントクと左京さんくらいだったと思う。話をするにはうってつけだな、と皆の予定が書かれているホワイトボードを見て思ったのは、今朝のことだった。
今頃は3人で話し合っているか、それとももう終わっているか…うーん、微妙な所ではあるな。はるのことだからまだカントクと左京さん以外には、話すつもりがないんだと思う。2人に話して、意見やらアドバイスをもらって―――皆に話すのは、最終結果だけな気がする。
あいつの中ではもう決定事項だと感じているから、よっぽどのことがない限り、覆ることはないだろう。

「ただいまッスー!」
「まだ寮内は静かだね」
「だな。まぁ、帰ってくるのは夕方以降が多いんじゃね?」
「―――…?」

真っ先に中に入った太一が談話室のドアを開けようとした格好のまま、固まっていた。ある程度の事情を知っていた俺は何となく、まだ3人が話しているのかなと察しがついたけれど、太一は当然それを知らない。万里と紬さんも同じだ。だから固まっている太一を見て、どうしたんだ?と首を傾げている。
そんな3人の背中を横目に見つつ、スマホを確認したけれど特にまだ帰ってくるな、という類のメッセージはきていなかった。だから多分、談話室に入っても問題ないとは思うんだが…どうなんだろう。でも食材も買ってきているし、これをそのまま放置するわけにもいかない。
それにきっとさっきの太一の元気な声が、談話室へも届いていると思うんだよな。俺達が帰ってきていることに、気がついていないってことはないはずだ。いい加減固まったままの太一に声をかけるかと思った瞬間、太一は勢い良くドアを開けた。

「はるチャン、ここ辞めちゃうんスか?!」

太一の言葉に万里と紬さんが息を呑んだような気がした。
多分、ビックリしたんだと思うけど―――ちょっと待て。辞めるって、どういうことだ?

「七尾、ドアを思いっきり開けるんじゃねぇ。壊す気か」
「ごめんなさいッス!で、でも今はるチャン…っ」
「あ、万里くん、臣くん、紬さんおかえりなさい!」
「…おー、ただいま」
「ただいま…」
「ただいま。食材しまいたいんだが、入っても大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ!どうぞ」

朗らかな、いつも通りの笑みを浮かべたカントク。左京さんも太一に説教をしているが、特に狼狽えているとかそんな様子はない。狼狽えているのは、俺達の方だと思う。
もちろん、万里と太一と紬さんは知らないから当然なんだが…先に相談を受けていた俺まで狼狽える羽目になるとは思わなかった。あの日聞いた内容とは僅かに違う、その結果に驚きを隠せないでいる。
いつも通りの笑みを浮かべた気でいるが、上手く取り繕うことができただろうか。渦中にいるはるは、どこか呆けた顔で左京さんと話をしている太一を見つめていた。

「それではるチャン!ここ辞めて出ていっちゃうんスか?!嘘だよね?!」
「え?えっと、」
「MANKAIカンパニーが好きだって前に言ってたじゃないッスかぁ……!」
「わっな、泣かないで太一くん?!」
「はぁ…お前ら、どこから聞いていた?」

泣き始めてしまった太一を一瞥し、溜息をひとつ吐いた左京さんはそう問いを投げた。
どこから、と言われても…俺達はそこまで聞き耳をたてていたわけじゃない。事実、俺は話の内容なんて聞こえていなかったし。万里と紬さんはわからないけれど、3人の声もそこまで大きかったわけじゃないからなぁ。

「あー…ほとんど聞いてないっすよ。確かに3月末には出ていく、とは微かに聞こえたけど」
「俺も万里くんと同じくらいですかね」

最後に俺へ視線を向けた左京さんに、ふるりと首を横に振った。言葉にはしなかったが、言いたいことは伝わっただろう。…多分。
何とも言えない沈黙が談話室内を包み込んで、本能的に口を開いてはいけないような気がした。実際はそんなことはないんだろうが、そんな気分になっちまう。
そんな空気の中、太一を宥めていたはるが恐る恐る口を開いた。

「あのー…ね、私、辞めないです…ここ」
「へ…?だ、だって、」
「卒業したら寮は出ていくけど、辞めないよ。辞めるつもりなんて更々ないもの」
「お、俺っちの早とちり…?!」
「そもそも東雲は一言も辞めるなんて口にしてねぇよ。最初から最後まで」

ちょうど太一が耳にしたのが、いつまで寮にいられるのかって話をしていた時だったらしい。それを聞いた太一が3月末ではるがMANKAIカンパニーを辞めて出ていく、と誤解してしまったらしい。誤解が解けたらしい本人は涙も引っ込んだようで、顔を真っ赤にしている。
ちゃんと話を最初から最後まで聞いていればわかることだったんだろうが、突然出ていく話が耳に入ったらビックリするのもわかるし、その考えになっちまうのもわからないでもないんだよな。
それに俺も太一のことをとやかく言える立場ではない。あの日、はるから話を切り出された時、最後まで聞かないで「辞めちまうのか?」ってポロッと零しちまったからなぁ。だから太一の気持ちも、わかるんだ。

「でも出ていくのは決定事項なのか?」
「あー…もう少ししたら皆にも報告しようと思ってたんだけど、就職先が無事に決まってさ…」
「えっおめでとう、遥ちゃん!」
「ありがとうございます。―――それで社員寮がね?あるんだって。私が就職する所」
「ああ、そういうことか。そっちに住むことになったから、3月末で出るってわけな」
「そういうことです。防音がしっかりしている所らしくて、曲作るのにもちょうどいいかなって」

ひとまずこの日の騒動は丸く収まったけれど、改めて皆に就職が決まったことと寮を来年の3月いっぱいで出ることをはるが報告したら―――また大騒ぎになったのは、言うまでもない。
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