見透かされてしまう


「遥ちゃん、出かけるぞ」
「………はい?」

ノック音がしてドアを開けたら、そこにいたのは万里くんだった。彼が訪ねてくるのは珍しいなぁ、と思っていたら、開口一番さっきのセリフ。今暇?とかそんな問いかけもなく、もう出かけることが決定事項だったかのように。
一瞬、約束してたっけ?と思ったけれど、今日は特に何の用事もないことをすぐに思い出した。だから卒論をちまちまと進めていたんだけど…え、マジで出かけるの?万里くんと2人で?何も言い返せずポカン、としていたら、万里くんは合点がいったのかポンッと手を打った。

「紬さんと3人だし、臣にも許可とってあるぜ」
「だぁから何で私にでなく、先に臣くんに許可とるの…?!」

何なの?皆の中の臣くんはそんなに心が狭い人なの?それとも違う理由があるの?左京さんも、至さんと千景さんも、何故か臣くんに許可をとってから私に声をかけるんだよね…面倒なことにならない方がいいでしょ、って至さんは言っていたけれど、別にならないと思う。
嫉妬するかどうかは本人にしかわからないけれど、多分、勘違いされることはないと思う…臣くんにも、他の人達にも。そりゃーカンパニーじゃない人はわからないけれど、そもそも友人とカンパニー以外の人は臣くんと私がつき合ってることなんて知らないし。

「まぁ、そんなわけだからさ?行こうぜ」
「まずは私の予定を聞きなさいよ、君は…行くけど!上着とバッグ取ってくるからちょっと待ってて!」
「へーい」

きっと談話室のホワイトボードを見てから、此処に来てるんだろうけどね。万里くんのことだから。今日は1日寮にいます、って書いた覚えあるし。それはわかってるけど、でも急に言われたら色々とビックリするからやめてほしい。せめて暇かどうかの確認をしてほしいと、切に思うわけで。
出かける予定はなかったとはいえ、ラフすぎる格好にしていなくて良かったかも。ささっと準備を整え、待ってくれていた万里くんと一緒に1階へ降りると玄関ホールに紬さんが立っていた。

「あ、無事に誘えたんだね」
「おー」
「…すみません、お待たせしました…?」
「あはは、そんなに待ってないよ。大丈夫」

じゃあ行こうか、と微笑む紬さんは本当癒し枠だなぁと思う。
そういえば何処に行くのか聞いてなかったな、と思ったけど、この2人はコーヒーが好きでよくカフェ巡りをしてるって聞いたことがあるから今日もそこかな?
でも…何で私まで?考えれば考えるほど、万里くんと紬さんに誘われる理由がわからない。暇そうにしてたから、とかならわかるんだけど、自室に引きこもってたからなぁ。暇してるかどうかなんてわからないじゃない?寮にいます、と書いてはおいたものの。作業している可能性だってゼロではないわけだし。
―――こんなことを思ってしまうのは、とてもとても失礼だとわかってはいるんだけども…

(なぁんか、嫌な予感がするんだよなぁ…)

万里くんと紬さんがいたずらとか、そんなことを目論むわけはないと思うんだけど、突然のお誘いとなると…変に勘ぐってしまう。
実際は理由なんて何もなくて、ただ寮にいたからついでに誘った〜っていうだけかもしれない。ただ私が必要以上に勘ぐって、理由を探しているだけで。
気になるのなら2人に面と向かって聞いてしまえばいい、それができないほどに距離があるような関係ではない、と、思うので。それをしないのは…理由を聞いてしまうのが怖いから、なのかなぁ。察しのいい2人だから、そして私自身に…少なからずとも隠したいことがあるから。
前を歩く2人の背中を見ながらぼんやりと歩いていたら、紬さんがこっちを振り返ってにっこりと笑った。

「此処だよ、遥ちゃん」
「カフェ……」
「そ。ここのコーヒー美味いんだよ」
「あとケーキも美味しいんだよ。遥ちゃんも好きだと思うな」

万里くんがドアを開けると、ドアベルがカランと鳴った。内装は落ち着いた雰囲気で、流れているクラシックもとてもいい感じだと思う。隠れ家みたいだな、と入った瞬間に思うくらい、静かなカフェ。
普段足を運ぶのはチェーン店のコーヒーショップが多いから、どちらかと言うと賑やかな所だから。あまりこんな静かで落ち着いたカフェに来ることって、なかったかもしれない。優紀くんのカフェも静かな方ではあるけど、ここまでではないと思う。というか、天鵞絨町に住んで長いけどまだまだ知らないお店があるんだなぁ。
万里くんオススメのコーヒーと、紬さんセレクトのケーキを頼んで水を口にしながら、もう一度ゆっくりと店内を見回した。アンティーク調の棚やテーブル、椅子…あ、照明もちょっとレトロな感じなのかな。初めて来るお店ってこう、何か装飾とか色々見たくなっちゃうんだよね。このカフェみたいに見たことのないものがたくさんあると、余計に。
キョロキョロと周りを見ながら歩くクセがあるらしい私は、臣くんと一緒に出掛けるといつも「危ない」って怒られるんだよなぁ…気がつけば手を引かれて歩く、なんてこともたくさんあった気がする。
そんなことを思い出していたら、頼んでいたコーヒーとケーキが運ばれてきたので、一旦中断。

「あ、美味しい…」
「な?酸味少なめだから、あんまりコーヒー飲まない奴でも飲みやすいと思うぜ」
「うん、飲みやすい。ケーキとも合うし」

美味しいコーヒーと美味しいケーキ。何だか優雅な午後だなぁ、と和んでいたら、向かいの席に座っている万里くんと紬さんとバチッと目が合った。紬さんはにっこり笑みを浮かべてくれたけれど、万里くんはさっきと打って変わって真剣な表情でこっちをじっと見つめている。
真っ直ぐ見つめられるのは、昔から苦手だった。嘘をつくことや隠し事をすることが、そんなに得意ではない私は…目を見つめられることで全てを暴かれるような気がして、怖いんだ。特に臣くんや左京さん、あと太一くんもそうかな…彼らに真正面から見つめられるのは、知られたくないことまで知られてしまいそうで、暴かれてしまいそうで、逸らしたくなる。
でも今気がついた、万里くんの真っ直ぐな瞳も―――彼らと同じだって。人の気持ちに、態度に聡い人の目は苦手だ。

「遥ちゃんさぁ…」
「え、あ、はい」
「―――寮を出る理由って、本当に就職するからってだけ?」

ドクリ、と心臓が嫌な音をたてた。でもそれを気づかれたくなくって、平静を装うことに努めて…にっこりと笑みを浮かべる。
大丈夫、…あまり深くツッコまれないように誤魔化す術は、あるはずだ。

「なぁに?急に。それ以外に出る理由なんてないよ、私」
「ねぇ、遥ちゃん。最近、体の調子は大丈夫?」
「えっ…?」
「ちょっと前に体調崩してたことあったでしょう。食欲もあんまりなかったよね?」

紬さんと話すのは、楽しいと思ったことがある。それは今でも変わらない事実で真実なんだけれど、時折―――…口にしてはいけないことまで、ううん、口にしたくない余計なことまで話してしまいそうになることがある。
決して誘導尋問されているとか、詰められているとか、そういうことじゃないんだけど…いまだによくわからないんだけれど、そんな気持ちになることが何度かあったんだ。そして、今も。
少しでも油断したら、黙っているつもりだったことを全部根こそぎ零してしまいそう。

「体調は、大丈夫、です…今はちゃんとご飯も食べれてますし」
「そっか、それなら良かった」
「……もしかして私、いまだに迷惑かけてますか…?」
「迷惑じゃないよ。俺達がしているのは心配だから」
「そーそ。…高熱出してた時、遥ちゃん泣いたの覚えてっか?」
「えっと、」
「その時、ずっと謝ってただろ。ごめんなさい、って。多分、俺と臣にしか聞こえてなかったけど」

薄っすらとだけ、覚えてる。
でも何と言葉にしたらいいのかわからなくて、俯いたまま黙っていることしかできない。

「―――臣がさ、」
「え…?」
「泣いて謝ってた遥ちゃんを宥めた後、一瞬だけ苦い顔したんだよな。眉間にシワ寄せて、思い悩んだような顔」
「…臣くんが」
「何となくだけど、臣は遥ちゃんが何か悩んでること…気がついてたんじゃねーのかなって」

本人に聞いたわけじゃねーけど、そう思った。
そう言った万里くんは、コーヒーをひとくち飲んで私から視線を逸らした。どうしよう…万里くんも紬さんも、私のことを心配してくれているのはわかってる。カフェに誘ってくれたのも、きっと2人の優しさだ。問いかけてはくるけれど、無理に聞き出そうとしないのもきっと優しさで。このまま黙っていたとしても、話さなかったとしても、この人達は怒ることはないのだと思う。
その優しさに付け込んで、飲み込んで、黙り込む私は―――…ズルイ。
でもどう言葉にしたらいいのかわからないんだ。誰にも言いたくなくて、言えなくて、…でも寮を出る第一の理由では、ない。それはずっと考えていたことだから。

「寮を出ることは、最初からずっと考えてたの。それこそ移り住んだ時から」
「え、そうだったの?」
「はい。いづみさんも、皆も温かく迎えてくれたけれど…どんどん有名になって、人気になって、公演の回数も増えてくると小道具とか色々増えるでしょう?」
「まぁ、そうだな。衣装とかもそうだけど」
「だからってわけでもないんだけど…倉庫代わりに使える部屋って、多い方がいいだろうなってずっと思ってて」

私なんかの為に、って卑下しているわけではない。単純に『借りている部屋を倉庫にしたら便利だよな』って思っているだけ。
それにお世話になってる、って感覚も抜けなくって、皆と一緒にご飯を食べたり、映画やテレビを見たり、話をしたりすることは楽しいけれど…自立しないとなぁって、ずっと漠然と思っていた。
でも私は未成年ではないけれどまだ学生で、ちまちまと作曲の仕事をもらうことはあったけれど、賃貸を借りれるほどの貯金や安定した稼ぎはまだなかったから。だから卒業と同時に寮を出よう、とそう考えるようになったんだよね。

「寮で暮らすことが嫌なわけでもないし、皆を嫌いになるなんて以ての外だし…」
「うん」
「だから、えっと……うーん」

何を言いたいのか、何を言っているのか、自分でもよくわからなくなってきたなぁ。頭を抱えそうになっていると、ポンポンと頭を撫でられた。
ビックリして顔を恐る恐る上げると、万里くんが困ったように笑って私の頭を撫でている。お、おう…?何故に急に撫でられているんだろう、私は…?!

「ば、万里くん…?」
「なんか悪ィ…そんなに悩ませちまうとは思わなくてさ」
「だい、じょうぶ…ごめんね、気を遣わせちゃった。万里くんにも紬さんにも」
「気を遣ったというか、気分転換になるかな?って思っただけだよ。俺も万里くんも」

そういうのを気遣いって言うんですよ、紬さん。次第に世間話へと変わっていく万里くんと紬さんを見ながら、そっと息を吐く。

――― 何で一緒に住んでんの?
――― 実は全員誑かしたりしてるんじゃないの?よりどりみどりだもんね

脳裏に蘇る言葉。気にしたら負けだし、今の所そう言っているのは極々一部だというのはわかっている。でも極々一部だったものが、もし伝染病のように一気に広がってしまったら…カンパニーの信用問題に関わるのではということに気がついてしまったのだ。
さすがに総監督であるいづみさんには隠し続けておくわけにはいかないし、流れで左京さんにも話はしたけれど、話したことで余計な迷惑をかけてしまったような気がするんだよね。やっぱり言わなければ良かった、とすぐに後悔した。
内容が内容だから冗談ですよ、なんて言えるわけないし、ひとまず皆には内緒にしてください、実害があったわけではないのでって念押ししてはおいたけども。いづみさん達は渋々頷いてくれたけれど、臣くんにだけは話しておいた方がいいと思うって口を揃えて言われてしまった。
あいつには一番、言いたくないことなのに。
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