そんな顔をしないで
「はる、何かあったか?」
目の下に薄っすらとできたクマと、擦ったような赤い跡。
何かあったことは一目瞭然なのに、親指で目の下を撫でながらそう問いかけても返ってくるのはぎこちない笑顔と、聞き飽きた「何もないよ、大丈夫」の言葉だけだった。
side:臣
いつもなら言いたくないんだな、とひとまずそっとしておこうと身を引くけれど、この日はあまりにもひどい顔をしていたから聞き分けのいいフリも優しい言葉もかけてやれなくて、そのまま彼女の腕を引いて自室に連れ込んだ。
太一はもう出かけていないし、この時間に朝食を食っている面々にはもう配膳済み。片づけは咲也がしてくれるはずだったから、今日は任せてしまおう。申し訳ないけど、今日ばかりははるを放っておけるわけもなかったから。
最初こそ何かを言っていたけれど、反応しない俺を見て諦めたらしく黙って着いてきてくれた。部屋に入って鍵をかけた瞬間、睨まれはしたけどな。
「鍵までかけることないでしょ…太一くん、もう出かけてるじゃない」
「ああ。けど、此処に来るのは太一だけじゃないからな」
「そりゃそうかもしれないけど、朝っぱらからなにっ……」
うるさい口は塞いでやろうかと一瞬だけ思ったけど、そこまでしてしまうとまともに話をできそうにないな。彼女の体を持ち上げて共有スペースに腰を下ろした。
胡坐をかいて、その上にはるを座らせればサッと顔が赤くなる。赤みが増して少しはマシな顔色になったけど、それでもやっぱり顔色は良くないな。
食事はちゃんと摂っていた気がするから、そこは安心なんだが…夜、寝れていないのだろうか。
「―――泣いた?」
「泣いて、ない…」
「悪いが、今日は逃がすつもりはないぞ」
目尻に触れれば肩が微かに揺れ、ぎゅっと目を瞑った。何もするつもりなんてないのに、そこまで身構えられると…触れたくなるだろ。
瞼にそっとキスを落とせば、潤んだ瞳がゆっくりと開いていく。少しばかり拗ねた表情を浮かべているのが、堪らなく可愛くて。ふ、と笑みが零れてしまう。ああ、本当に―――どうしたって、手離せそうにないな。
涙が零れ落ちる前にそっと抱き寄せれば、観念したのかわからないが肩口に顔を埋め、そのままぎゅうっと抱き着かれた。何があったのか話してくれる気はないかもしれないが、少しは甘える気になってくれたかな。
「おみくん、…臣くん……っ」
「ああ、此処にいるよ。はる」
ゆっくりと髪を梳くように頭を撫でていれば、微かにはるの背中が震えた。同時に顔を埋めている肩もじんわりと熱を持ち始めて、泣き始めたことを悟る。泣くことで少しでも気分が晴れればいいんだが、恐らくはそう簡単なことじゃないんだろう。
記憶の中の彼女より、かなり静かに泣くようになったな…まぁ今は年齢も関係しているかもしれないが、気がついた時にはもうこうして嗚咽も漏らさず、膝を抱えて静かに泣いていたような気がする。
でも次第に泣くことも減っていって、中学に上がる頃にはすっかり泣き顔を見ることもなくなっていた。誰にも見られない場所で、ひとりで泣いていたのかもしれない。
(今みたいに、せめて傍に来てくれればいいのに)
甘えてほしい。頼ってほしい。―――あんな顔をして、ひとりで耐えようとしてほしくない。欲を言えば俺だけに頼って、甘えてほしいけど…それが無理なら、せめてカントクにだけでも頼ってくれ。ひとりで抱え込んで、耐えて、苦しむくらいなら…その方がずっといい。
どれくらいこうしていたか、時間なんて見ていなかったからわからないけれど、気の済むまで泣けたのかはるはポツリポツリと最近夢見があまり良くないこと、それの原因と思われることを時折言葉に詰まりながらも話してくれた。すでにカントクと左京さんには報告済みなことも。
相変わらずの抱え込むクセに溜息を吐きかけたが、カントク達に話せていたのはまぁ…良かったのかな。その後どうしたかは聞かせてくれそうにないが、もしこいつが何もしなくていいとあの2人に告げていたとしても、きっと何かしら手を打っているんだろう。俺達に話が下りてこなかったのも多分、はるが言わないでほしいと頼んだんだろうし。そうでなければ誰も知らない、なんてことにはならないから。
はる本人は実害は今の所ない、って言ったけれど、体調崩すほどに思い悩んでいたらそれはもう実害があったってことと変わりないんじゃないかと思うんだけどな。
「なぁ、はる」
「はい……」
「俺にできることは少ないとわかってるけど、それでも…話や愚痴を聞くくらいはできるし、こうして傍にいることもできるから…もう少し―――寄り掛かってくれよ」
潰れる時は、一緒に潰れてやるから。
「臣くんを、潰したいわけじゃない……っ」
「ああ、わかってる。…わかってるよ」
でも、お前が嫌がったとしてもそのくらいの覚悟はあるよ。告げることはないかもしれないが、そのくらい大切なんだよ。はるのことが。