僅かにズレる
いつものように脚本を書き上げて、これまたいつものようにぶっ倒れたらしい。重い瞼を開けると自分の部屋ではなさそうな天井が見えて、またやっちまったなぁ、と思いながら起き上がると、談話室は何だか気まずい空気が流れていた。…え、なんだ?これ。
side:綴
俺が爆睡している間、どうやら東雲さんが遊びに来ていたらしい。脚本をもらいに来てくれたらしいんだけど、監督は出かけてて、俺は爆睡したまま起きなくて仕方ないのでそのまま帰ったんだそうだ。…ほんとすみません。
まぁ、それだけなら普通だし、何の問題もないんだけどさっきも言った通り、俺が起きた時には談話室に気まずい空気が流れてたわけだ。万里と太一はビックリした顔してるし、伏見さんはショック受けてる顔っつーか…明らかに何かあっただろって感じで。思わず「え?何事?」って声を出しちまったけど、これ、普通の感想だよな?
それでようやく万里達は俺が起きたことに気がついたらしく、伏見さんがメシ温めるな、と立ち上がったことであっという間に気まずい空気は霧散した。でも気になることには変わりないから、スマホに視線を戻していた太一にこっそり何があったのか聞いてみたんだ。そしたら太一もよくわからないけど、何か東雲さんが伏見さんとケンカした?らしいと教えてくれた。
何で疑問形、と思ったら、東雲さんが帰るまではいつもと同じような雰囲気で話してたからなんだと。ケンカした感じはなかったけど、東雲さんの様子はおかしいし、伏見さんも何かおかしいし、極めつけは彼女の声が聞いたことないくらいに冷たかったらしい。だから憶測でケンカした?らしい、って結論になったみたいだな。
「って聞きましたけど、そうなんすか?」
「…そっとしておいてくれない辺り、すごいよね。皆木くんって」
「まぁ、踏み込んでんなーって自覚はあります。けど、伏見さんと東雲さんってケンカしそうにないから」
「というか、ケンカしてないし」
脚本を渡したいから、と昼休みに食堂へ東雲さんを呼び出し、単刀直入に聞いてみた。案の定、彼女の眉間にはくっきりとシワが刻まれ、あんまり見たことない不機嫌モード突入だ。
「あれは、…私が全面的に悪いんだよ。機嫌悪かっただけなの」
「それまで和やかな感じで話してたって聞きましたけど」
「うー…ちょっとね、気持ちの整理がおっつかなかっただけ。ちゃんと謝るから、大丈夫」
さっき渡した脚本をパラパラと捲りながら、そう呟く彼女。眉間にシワは刻まれたままだけど、でも多分、嘘はついてないんだと思う。声音がさ、なんつーか…心底申し訳なさそうな感じだから。この人のことだから昨日、家に帰った後、めちゃくちゃ後悔して悩んだんだろうなぁ。根がすげー真面目だから。伏見さんもそうだけど。
きっと伏見さんも何かしてしまったんだろうか、とか悩んで考えてると思う。幼なじみだと聞いた2人は、何でもお互いのことわかってそうな雰囲気だったけどどうやらそういうことではないらしい。噛み合っているようで、噛み合っていないんだろう。思っていたより伏見さんも、東雲さんも、不器用なのかも。
「そうしてください。また手伝いに来てくれるんでしょ?」
「うん、行く」
「だったら尚更っすよ。伏見さん、今日2限から来てますよね?俺、図書館行きますから一緒にメシ食ったらどうっすか」
「無理。今はほんと無理。顔見て話せる自信ない!」
ええー…そんなに?ガバッとテーブルに顔を伏せてしまった東雲さんを見て、苦笑い。どうやらまだ昨日のを引きずったままだったらしい。本人曰く、謝らなくちゃいけないっていうのはわかってるし、自分が悪いのもわかってるんだけど、やってしまった手前、会うのが気まずくて仕方ないんだってさ。そりゃあ気まずいだろうけど、そこを乗り越えないとずっとこのままなんじゃねーの?
どうすっかな、この人…まだ時間はあるし全然いいんだけど、昼休み中ずーっとこの状態だったらどうするか。食堂に来る前に買ったパックジュースをズズッと飲みながら考えていると、向こうから見慣れた人がキョロキョロしながら歩いてくるのが見えた。トレイを持ってるから、空いてる席を探してるんだろう。チラリ、といまだ伏せったままの彼女に視線を向けてみるが、しばらく顔を上げそうにない。俺の隣が空いてるし、呼んじまうか。
声は出さず片手を挙げると、向こうも気がついたらしくホッとしたような笑顔を浮かべてこっちに向かってくる。そして近くまで来た所で東雲さんに気がついて、僅かに目を瞠っていた。んでちょっと困った笑顔になってる。まぁ、そうだよな。
「さっきからこんな感じなんで、よろしくっす。―――伏見さん」
「ああ、わかった。悪かったな、綴」
―――ガバッ
「えっ臣くん?!」
「…よ」
「東雲さん、俺行くんで。また寮で」
「ちょ、皆木くん!!」
次に会った時、恨み言をわんさか言われるんだろうな〜と思いつつ、あの2人の仲が気まずいとか、険悪とか、そんなの落ち着かないから。鬼だとか何だとか言われようと、さっさと仲直りしてくんないと困るんすよ。気まずくても無理矢理顔を合わせちまえば、言葉を紡がなくちゃいけなくなるし?これで元鞘に収まったのも同然だろ。
さっきよりも僅かに胸の内が軽くなったような気がした。
(み〜な〜ぎ〜く〜ん〜?!)
(ぅわっ!)
(お昼休みはよくもやってくれたわね!ありがとう!!)
(怒るかお礼言うか、どっちかにしてくださいよ…)