始まりを告げる物語
私は料理と演劇が好きだ。
でもどっちかといえば、演劇の方が僅かに料理を上回るかもしれない。あの独特の緊張感とかが何とも言えないと思う。何もない空間に少しずつ世界を作り上げる瞬間を見るのも、作り上げられた世界に飲み込まれていく感覚も、どっちも好き。
だからできれば、将来は演劇に関わる仕事がしたいと小さい頃から漠然と思っていた。その気持ちは今でも変わっていない。きっかけをくれた父が―――姿を消してしまった、今でも。
「遥ちゃん!」
「あ、いづみさん。お疲れ様です」
「遥ちゃんこそ!…ねぇ、遥ちゃんって今回みたいなお手伝いたくさんしてるって前に言ってたよね?!」
今日も今日とて、知り合った劇団の主宰さんからの頼みで手伝いをしていた。手伝いといっても受付とか、雑用係だけど。まぁ、その手伝いを終えてそろそろ帰ろうかな、と思っていた時に、私と同じく手伝いに来ていたいづみさんに声を掛けられた。
何だかとんでもない気迫…というか、切羽詰まった感じ?何かあったのかなー、と思いつつも、彼女の質問に頷きだけを返す。確かに言われた通り、今回みたいな手伝いをするのは何度もしているので。それをいづみさんに話したこともあったと思う。
「友達の紹介とか、そういうので色々と」
「じゃあ慣れてるよね…?!」
「まぁ…やったことない人よりかは」
ますます首を傾げるばかりだ。というか、質問の意図が見えないというか…何となく言いたいことの推測はできているけれど、決定的な言葉がまだ彼女の口から聞けていないので問いかけるわけにもいかない。だって間違ってたら恥ずかしいじゃん。なに、自意識過剰なの?って微妙な雰囲気を作り出しちゃうよ。絶対に。
肩を鷲掴みにされたままでいること数分。綺麗な顔をしているのに眉間にグッとシワを寄せたまま考え込んでいたいづみさんが、パッと顔を上げた。お、どうやら言いたいことをまとめ終わったみたいです。
「一生のお願い!ウチの劇団も手伝って〜!!」
いづみさんのお願いであれば、断る理由もない。にっこり笑っていいですよ、と言えば、それはもう花が咲いたような笑みを浮かべてくれました。ああもう、可愛いなぁこの人は。私より年上のはずだけど、こういう時はちょっとだけ年下みたいだ、と思ってしまうのです。本人に言うとショックを受けるので、絶対に言わないでおこうと決めているけれど。
彼女の名前は立花いづみ。最近、着々と知名度を上げている『MANKAIカンパニー』の監督さんだ。
かつて、父が作曲家兼音響監督として所属していた劇団。その時に監督を務めていたのは、いづみさんのお父さんだった。彼女のお父さんもいなくなってしまったらしくて。何か手がかりがあるかもしれない、といづみさんは劇団を訪ねてきたらしい。
そして色々あり、元より演劇が大好きだった彼女はそのまま監督のポストに落ち着いたということだそうです。いづみさんはとてもキラキラして、輝いていて、幸せそう。ふふ、本当に演劇が好きなんだなぁ。
「でもそれぞれの旗揚げの時は、手伝いなんて募集してませんでしたよね?」
「うん、そうなんだけど…その時とは状況も少しずつ変わってるし、皆のおかげで知名度もうなぎ上りなの」
「そうですね。大学でもよく聞きますよ、MANKAIカンパニーの名前」
「だからさすがに受付とか、手が回らなくなってきたよね…って、支配人とも話をしていて」
ああ、成程…確かに冬組の旗揚げを観に行った時もすごい人の数でごった返してたっけ。ロビー。一生懸命に誘導している他の組の団員さんの姿を見かけたけど、それでも大変そうに見えたし。他の組の団員さん全員が手伝えるわけでもないだろうしね。
それを踏まえて考えると、いづみさんの考えや行動は正しいと思う。手伝ってくれる人を捜すのは賢明な判断だ。それがたった1人だけだったとしても、受付の設営を任せることだってできるし、劇場内の掃除をしてもらうことだってできる。
その分、いづみさんは監督さんとしての仕事をする時間が増えるし、団員さんだって練習する時間を確保できるもの。その手伝いをできるのなら、こんなに嬉しいことはないから。
「でもほら、ウチって裏方は少数だから…できれば慣れてる人がいいな、と思って」
「否定しませんけど、私よりももっと慣れてる人達なんてたくさんいるじゃないですか」
「そうかもしれないけど、でも私は遥ちゃんの仕事ぶりを見てすごいと思ったし、貴方に手伝ってもらいたいな」
うっ…常々思ってはいたけれど、いづみさんって天然無自覚の人タラシだと思う。我が幼なじみも似たような感じだけど、また系統が違うか。こんな風に言われたら余計に断れないじゃん。断る気なんて毛頭ないし、もう引き受けたあとなんだけどさ。
それでも何だか悔しくて仕方ないなぁ、と笑えば、いづみさんも満面の笑みを浮かべてありがとう!と再度お礼を口にした。詳しいことは今度話すから、と彼女はパタパタと劇場を出て行った。きっとこれから稽古か打ち合わせでもあるのだろう。その背中を見送り、ひとまずいづみさんからの連絡を待とうと内心頷いた。
「MANKAIカンパニーか…父の手がかりも、いづみさんのお父さんの手がかりも、少しでも見つかればいいのに」
ねぇ、一体どこにいるの?何で母と私を捨てたの?どうして―――連絡ひとつくれないの?
ただ一言でいい、生きていることさえわかればそれで構わないのに。