新しい居場所


手伝ってほしい、といづみさんから頼まれた数日後。彼女から天鵞絨駅に16時半に来てほしい、と連絡があった。その日は何も用事がなかったから、二つ返事でOKを出す。その直後、幼なじみに買い出しにつき合ってくれないかとお誘いを受けたけど、たった今用事ができたから断ることになったよね。
でもよくできた我が幼なじみはそうか、と笑っただけ。まぁ、誘いを断るのって今回が初めてじゃないし…元々、断っただけで怒るようなタイプでもないんだけどね。

(でもまぁ…丸くなったよなぁ)

小さい頃からずっと一緒にいたから、一番荒れている時期も知っている。心配する周りを余所に、私は距離を置くことは一切しなかった。それを母以外の人は心配していたけれど、私自身は一体何の問題があるんだろう?と首を傾げることしかできなかった。
ただひたすらに、何で皆は幼なじみを避けようとするのか、距離を置こうとするのかが疑問だったんだよね。口を揃えて危ないから、と言われたけど、アイツのどこが危ないのよと思っちゃうくらいだったし。
そんな私を見て幼なじみは「はるは物怖じしないよな」と、見慣れた笑顔で笑うんだ。アイツの親友も豪快に笑って同意して。―――父がいなくなっても笑っていられたのは、幼なじみとその親友がいたからだと今でも思っている。


「さて、頭を切り替えよう。いづみさんは…」
「あっ来た来た、遥ちゃん!」


改札を出て彼女の姿を捜すように辺りを見回していると、元気な声で名前を呼ばれた。振り向けば手をぶんぶんと振っているいづみさんを見つけました。本当に年上に見えないなぁ…ああいうことしていると。
クスリ、と笑みを零して軽く手を振り返し、早足で彼女の元へ。


「どこかカフェで、と思ったんだけど、どうせだったら皆を紹介しようと思って」
「皆って…団員さん?」
「そう。学生組が帰ってきてるし、左京さんもいるから」


秋組の公演を観るまですっかり記憶の彼方へ飛んでいってしまっていたけれど、まだ私の父もいづみさんのお父さんも劇団にいた頃、よく出入りしていて男の子がいた。引き入れたのはいずみさんだったらしいけど。その男の子がまさかMANKAIカンパニーに所属しているとは思わなくて、秋組の公演・フライヤーを見てビックリした覚えがある。
まだちゃんと顔を合わせたことも、話をしたこともないから向こうが私を覚えているかはわからないんだけど。でもいづみさんのことを覚えていたみたいだし…覚えられている可能性は高そうかなぁ。
いづみさんは団員さんを紹介してくれる、と言ったけど、一方的には知っているんだよね。春組も、夏組も、秋組も、冬組も。たまたまストリートACTを目撃して、フライヤーをもらって、MANKAIカンパニーが再始動したことを知った。うずうずして仕方なくって春組の旗揚げ公演を観に行って、それからは全ての組の旗揚げを観に行ったくらい魅力的だった。でも挨拶をしたことなんてないから、実質初対面です。当たり前だけどね。





「…寮?」
「うん!全員、この寮に住んでるんだよ」


劇場にでも行くのかと思っていたら、まさかの寮でした。いいのか、プライベートの空間に踏み込んで。それも見ず知らずの女が。ヒクリ、と口の端を引きつらせたけど、そんな私をお構いなしにいづみさんはドアを開け放ち「ただいま!」と言ってしまっている。あ、これ行かないとダメなやつだ。
いづみさん、どこまで説明してあるのかなぁ…さすがに何も言っていないってことはないと思うんだけど。ビクビクしながらも彼女の後を追うようにして、玄関に足を踏み入れた。靴を脱いでリビング?に向かうと、確かにそこには学生っぽい子達が数人寛いでいらっしゃる。その奥には懐かしい顔―――左京さんが新聞を読んでいた。


「監督先生、おかえりっす!…あれ、はるチャン?!」
「えーっと…久しぶり、太一くん」


案の定、ちょっとした顔見知りである太一くんに驚かれました。


「太一くん、遥ちゃんと知り合い?」
「そうっす!GOD座で裏方してたんすよ、ねっ!」
「えっじゃあ丞さんとも知り合い?」


あ、そうか。いづみさんには話したことなかったっけ。というか、GOD座で少しの間だけ裏方をやっていたのは、誰にも話していないような気がする。色んな劇団で手伝いしてたから、細かいことは言わなくていいか状態になってたし…主に私が。
とりあえず、いづみさんの質問には曖昧な返事しか返せません。だって高遠さんはGOD座のトップに君臨していた役者さんだから、多分、私のことなんて覚えてないと思うんだよなぁ。少し会話したことがある程度だし。


「おい、監督さん。いつまで油を売っている。詳しい話をするんじゃねぇのか」
「あっそうだった!ごめんね、遥ちゃん。こっちに座って」
「はーい」


左京さんが座っている向かいに腰を下ろし、彼の隣にいづみさんが慌てて腰を下ろした。ああ成程、左京さんも一緒に説明してくれるのか。でも圧が怖いっすよ…ヤクザか、この人。そして興味津々で見ている学生組は何なんですか。あんまりじーっと見られると穴が開きますよ。顔が整っている子ばっかりだし。
視線は気になるけど、ひとまず2人の説明に耳を傾けないと怒られる…!集中してメモを取ろう、うん。カバンの中からペンとメモ帳を出し、まだ白いページを開いた。


「じゃあ改めまして…MANKAIカンパニーの総監督、立花いづみです」
「秋組で役者をしている古市左京だ。経理も担当している」
「…東雲、遥です」


ペコリ、と頭を下げると、左京さんが「東雲…?」と訝し気な声を上げた。ああ、これは私の父を覚えている感じですかね。そんな彼にいづみさんが東雲恭介さんの娘さんです、と補足をすると、わかりやすく目を見開かれた。そしてすぐにあの時、監督さんと一緒にいたがきんちょか、と零す。
おお、私のことも覚えていらっしゃる…!内心感動してしまったぞ。相変わらずこっちを見ている学生組はなんのこっちゃ?って顔をしているけれど、いづみさんも左京さんも詳しいことを話す気はなさそうだ。まぁ、関係ないことだもんね。彼らが知っているのは今のMANKAIカンパニーなんだし、昔のことを話すことはしなくても何ら問題はないだろう。


「それで監督さん。東雲を手伝いとして呼ぶ、ということでいいのか?」
「はい。仕事ぶりは私がこの目で確認しているので問題ないですよ」
「…そうか。なら、次の公演は手伝いを頼むとするか」


ただ、謝礼は期待しない方がいい。まだまだ貧乏劇団なんでな。
左京さんの言葉に思わずぽかんとしてしまった。私のマヌケ面を見て彼はなんだ?と眉間にシワを寄せたけど、うん、ちょっと待ってくださいね?あの、お礼を用意する気でいたんですか…?!
あまりにも衝撃的でポロリ、と零れ落ちた言葉は、向かいに座っている2人の耳にもきちんと届いていたらしい。2人共、もらわない気でいたの?!って顔をしていらっしゃる。いづみさんに関しては口に出した。とても素直な人だ。


「え、いや、だって…知り合いの劇団を手伝っても、謝礼金はほとんどもらったことないですよ…?」


そもそもボランティアのようなものだから、そういうものはないと最初から思っていたので。今までも公演を無料で観させてもらったり、お弁当をもらったり…ってくらいで、お金を頂いたことはほとんどないんじゃないのかなぁ。
稀に謝礼です、と渡されたことはあったけど、逆に申し訳なくなるんだよね。あれ。だってお金をもらう程の仕事ができていたのか、疑問でしかなかったし。むしろ、私としては公演を観させて頂ける方が嬉しかったりするのです。そっちの方が貴重で、嬉しいことだし。もちろん、人によってそういうのは様々だろうけど。謝礼の方が大事だ!って人も、中にはいるだろうからね。


「もちろん公演は無料で観てもらうつもりでいたけど…いいの…?」
「いづみさんだって他の劇団の手伝いをしているんですから、そのくらいわかるでしょ?」
「う、うん、それはもちろん!でもほら、学生の貴重な時間をもらうわけだし…やっぱり考えるじゃない」
「あー…他の人は知りませんけど、私は手伝い自体が好きなので問題ないです」


むー、と眉間にシワを寄せていたけど、何とか納得してくれたのか小さな声でわかった、と言ってくれました。これで何とか契約成立のようです。
その後はこれからの日程や、手伝ってほしい内容を詳しく聞くことになりましたとさ。
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