別離は突然やってくる
夏組第二回公演。手伝っている衣装も終わりが見え、公演初日が近づいてきた。
今回は本当にガッツリ関わらせてもらってて、時々稽古にも顔を出させてもらっています。何もアドバイスはできないから遠慮してたんだけど、いづみさんに「遥ちゃんの感想はものすごく的確だからお願い!」と頼まれて…断るに断れなかったんだよね。
というか、私が言わずとも役者本人が一番わかっているだろうし、雄三さんという立派な指導者がいるので本当に行かなくていいと思うんですよ!でも正直、稽古を生で見れたのは面白かったです!!
「はる、今日もこっちに来るのか?」
「もう少しで衣装も完成だから、仕上げのお手伝いに行くよ」
「ならお前の分も夕飯を用意しておかないとな」
「いつもありがとね、臣くん」
「いや、それはこっちのセリフだろう。手伝ってくれて助かってるよ」
そんな会話をしながらスーパーに向かう。これも最近では当たり前の光景になっていて、たまに一緒に行く相手が臣くんじゃなく皆木くんだったりもするんだけど、大体はこうして夕食の材料を買って寮に行くことが増えたかなぁ。前回の時はここまでガッツリ関わっていなかったから、臣くんと一緒に寮へ行くってことも全然なかったんだけどね。
一度、気まずくなってしまったものの、あれ以来は今まで通り良好な関係を築けていると思う。元々、幼なじみだからこれ以上のことはあるのか?って感じだけどさ。…でもこの前のことで改めて思った。私は本当に臣くんのことが好きで、好きで仕方ないんだなぁって。それと同時にきっとコイツの隣に、恋人として立てる日は一生来ないんだろうって思い知ったんだ。
だってコイツは、臣くんの心の中には―――大切で、忘れられない人がいるから。その相手は男だし、臣くんの恋人ってわけでもないんだけど、それでも…一生、彼は臣くんの心の中に居続ける。忘れられることなんてないのだろう。もちろん、私にとっても大切な人なのだけれど。だけど臣くんにとっての彼は、本当に特別って言葉がよく似合っていたからなぁ。ああ、この人達の間には割り込めないなって割と早い段階で感じていたくらいだもの。
(忘れてほしいなんて思わないけれど、改めて気が付いた事実は痛いなぁ)
私を見て、私を一番にしてなんて…そんなこと言えるはずもない。だからひたすらに仮面をかぶって、想いを隠して、幼なじみとして隣に立つの。この関係さえ崩すことをしなければきっと、恋人になれなくたって臣くんの傍にはいられるはずだから。彼が、新しく大切だって思える人に出会えるまでは絶対に。
はは、我ながら重たいなぁ。苦笑いしたくなっちゃうよ。そっと溜息をついた時、パンツのポケットに入れていたスマホが振動していることに気が付いた。LIMEかなぁ。持っていた袋を一時的に臣くんに託し引っ張り出すと、液晶画面には『お母さん』の文字。それも電話だった。珍しいなぁ、どうしたんだろう?隣を歩く彼にちょっとごめんね、と断りを入れてから通話ボタンを押した。
「もしもし、どうしたの?お母さん」
『…遥、大学は終わった?』
「うん。これから劇団の手伝いに行く所」
『あのね、落ち着いて聞いてちょうだいね。…お父さんが、』
スマホを落とさなかった私を褒めてほしい。だって、だってそんなの……っ!
「はる?おばさん、何だって?」
「お、みくん、どうしよう、お父さんがっ…!」
「落ち着け。おじさんがどうしたんだ?」
「お父さん、が、病院で亡くなっていたって、連絡が…それで、」
「―――電話、まだ繋がってる?」
臣くんの問いにコクコクと頷けば、震える私を抱き寄せて持っていたスマホを抜き取った。まともに話ができない私の代わりに改めて状況と、お母さんのいる場所と、これから私が向かうべき場所を聞き出してくれている。本当は自分でそれをしなくちゃいけないのに、お母さんにも落ち着いて聞いてちょうだいって言われたばかりなのに、どうしたらいいかわからない。
わからなくて、怖くて、不安で、泣いたらダメだってわかっているのに涙が溢れて止まらない。だって、何で、どうして―――!
「わかりました。はるの奴、大分動揺しているみたいなんで俺も一緒に行きます。…はい、着いたらまた連絡しますので」
―――ピッ
「臣く、」
「おばさんは一足先に病院へ向かってるって。とりあえず、食材を置きに寮に寄らせてくれ。そしたら駅に向かおう」
大きくて温かな手が、優しく包み込んでくれる。それだけでも少し、ぐちゃぐちゃになっていた気持ちが落ち着いてくるような気がする。でもやっぱり涙は止まらなくて、傍から見れば彼氏に泣かされた彼女って絵面なのかな…きっとすれ違う人達は何だあれ?って顔で見てきているんだろうけど、それを気にしている余裕は一切ない。転ばずに臣くんの後を追いかけるので精一杯だ。
寮から一番近いスーパーで買い物をしていたから、辿り着くまでそう時間はかからなかった。玄関に座らされて、ここで待っててと言い残した彼は荷物を抱え談話室へと消えていく。どうやら中高生組はまだ帰ってきていないらしく、しんと静まり返っていた。わずかにいづみさんらしき人の声が聞こえるけど、姿が見えないからそれも定かじゃない。
玄関に座ったまま、どれくらい待っただろう。数十秒なのか、数分なのか、上手く働いてくれない頭ではそれをしっかり把握するのは難しかった。
「はる、お待たせ。行こう。立てるか?」
「だ、いじょうぶ」
ドアが開いた先にいたのは、臣くんといづみさんだった。いづみさんの顔には焦っているような、心配しているような色が浮かんでいたけれど、今は事情を説明する元気も余裕もない。もしかしたら臣くんが話しているかもしれないけど、割とデリケートなことだと思うからきっと詳しくは話していないのだろう。問題が起きて、ちょっと出かけてくるとか…そんな風に濁して話している可能性は高い。
「じゃあカントク、申し訳ないけど夕食は頼むな」
「うん、任せて!遥ちゃんのことよろしくね?臣くん」
「ああ。落ち着いたら連絡するよ」
帰ってきた時と同じように、臣くんは私の手を握ってくれた。落ち着くように、安心できるようにギュッと。
そこからの記憶は、ほとんど残っていない。