少女は静かに涙を流す


お父さんはMANKAIカンパニーの作曲家兼音響監督だった。
古書店を継いでほしい、と願っていたおじいちゃんとおばあちゃんの反対を押し切って劇団に入って、たくさんの曲を作っていたらしい。お父さんの作った曲を私はよく覚えていないけど、でもよく劇場についていってそこで出会ったお兄ちゃんとお姉ちゃんに遊んでもらっていたことだけは…よく覚えているの。それが左京さんといづみさんだってことも。
私はお父さんが大好きだった。いつかお父さんと同じ仕事がしたい、一緒に曲を作りたいって思っていたのに…それが夢なのも、幼い頃からずっと変わっていないのに。なのにお父さんは、お母さんと私を置いて何処かへ行ってしまった。少し出かけてくる、とだけ残して。どれだけ捜しても、劇団仲間に聞いても、誰も行方を知らなくて。―――気がつけば、私は大学生になっていたんだ。

いつかは見つかる、きっと帰ってきてくれる。そんな希望を持って生きてきたのに、それは粉々に砕け散ってしまった。まるでぽっかり穴が開いてしまったみたい。お父さんは、隣の県の病院で静かに生涯を閉じていた。自分が死んだらここに電話をしてほしい、と担当の看護師さんにメモを託して。
先生の話だと、お父さんは病気で…完治が難しいものにかかっていた、らしい。病名とか聞こうとしたんだけど、生前のお父さんに絶対に病名は明かさないでほしいと頼まれているから教えられない、って言われちゃった。家族なのに何も教えてもらえないなんて、そんなのひどすぎるでしょう?


「迷惑をかけないように、って何なのよ…!」


免許証も、保険証も持っていた。住所だって載っていた。いくらでも私達と連絡を取る手段は残されていたのに、病魔に侵されたお父さんがとった行動は家族には一切知らせない。知らせる時は、自分が死んだ時だ―――説得を試みる先生に、そうハッキリと告げたんだそうだ。何度話をしてみても頑なに意見を曲げないお父さんに、先生が折れるしかなかった、と。
バカだと思った。迷惑なんていくらでもかけてほしかった、傍にいてほしかった、たくさん…話したいこともあったのに、もう何も伝えることができないなんて。家族なのに、たった1人のお父さんなのに、看取ることすら許してくれないなんて。滅多に泣かないお母さんが、一筋の涙を流して「最期までバカな人ね」と呟いた。





「―――あ、いづみさん?」
『遥ちゃん!』
「すみません、夜遅くに」
『ううん、大丈夫だよ』
「あのね、いづみさん。お父さんが―――亡くなりました」


心配だから、と一緒に来てくれていた臣くんは、一足先に帰ってもらった。劇団のこともあるし、大学もあるから、私のわがままでこれ以上つき合わせるわけにもいかないしね。構わないのに、と言ってくれたけど、甘えてばかりじゃいられないもの。
彼を見送って、ホテルに戻ってきて一息ついて、私はいづみさんに電話をかけた。現状の説明と、公演の手伝いに行けそうにないことを伝える為に。


『こっちのことは気にしないで。…遥ちゃん、辛くなったらいつでも呼んで』
「え…」
『私でも、臣くんでもいいから。2人まとめてでももちろん歓迎するよ!』
「ふっ……うん、ありがとうございます」
『落ち着いたらで構わないから、お線香を上げに行かせてね』
「はい。また連絡します」


通話を終了させて、そのままベッドへ倒れ込んだ。テレビも何もつけていない室内には、お母さんがシャワーを浴びている水音だけが響いている。
ゆっくりと目を閉じれば、冷たいものが流れ落ちていった気がした。
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