さよならは静かに告げる
泣きすぎれば涙は枯れると思っていた。でもそれはただの勘違いで、どれだけ泣いても、泣いても、決して枯れることはない。きっと水分補給をしなければ枯れていくのかもしれないけれど、それは世話焼きの我が幼なじみが許してくれません。
あの日、お父さんが亡くなったと知らせを受けた日からほぼ毎日、私は幼なじみ―――臣くんの胸を借りて泣きじゃくっている。もう泣きたくない、と思っているのも本当なのに、勝手に流れてくるもんだからどうしようもない。思っていた以上にダメージが大きいみたいだ。
「臣くん、…それにいづみさんと左京さんも」
お母さんは外出中。私以外誰もいない家に、インターホンの音だけが大きく響いた。泣きすぎてぼんやりしている頭のままドアを開けると、時間があれば訪ねてきてくれる幼なじみといづみさんと左京さんが立っていた。臣くんはいつも通りの格好だけど、いづみさんと左京さんは黒い服を着ていて…ああ、お線香をあげにきてくれたのかと理解する。ちゃんと笑えているかはわからないけど、今の私にできる精一杯の笑みを浮かべて3人を中に招いた。
ええと、案内するのは客間、でいいかな…そこにお骨、置いてあるし。あ、お茶も用意しないと。申し訳ないけど2人の案内は臣くんに任せ、私はキッチンへと進路変更。冷蔵庫に常備してある冷茶を4人分用意して、またふらふらと客間へ。
その途中で臣くんが来てくれて、コップを載せたトレイを奪われました。いや、奪われたって表現は多分適切じゃないけど。この人、最近の私の状態を知っているから来てくれたんだろうなぁ…もうずっと心配させっぱなしだ。
「遥ちゃん、ごめんね?連絡もせずに」
「いえ、大丈夫です。お茶、飲んでくださいね」
トレイを持っていってくれた臣くんがそのまま配膳したお茶を私が勧める、というのも、些か不思議な光景ではあるけれど何かもう…細かいことを気にする余裕はない。臣くんの隣に腰を下ろすと、ずっと黙ったままだった左京さんが線香をあげても構わないか、と腰を上げた。彼に倣うようにいづみさんも立ち上がったので、私はぼんやりと眺めながらただ頷いた。
臣くんは2人が戻ってくるまで私の隣でじっとその光景を眺めていたんだけど、戻ってくるのと同時に私の頭を撫でて、俺もあげさせてくれ、だって。何度も来てくれているのに、その度に律儀にお線香をあげていってくれるんだよね…臣くん。小さい頃から知っていたから、なのかな。
「忙しいのに、…いづみさんも左京さんもわざわざありがとうございます」
「親父さんには世話になったからな」
ああ、そうだ。いづみさんも左京さんも、父と会ったことがあるんだった。そうだよね、だから来てくれているんだし…ダメだなぁ、ずっとぼんやりしたままで上手く思考回路が動いてくれない。そんなの考えなくてもわかることだったはずなのに。
きっと亡くなった原因とか、姿を消した理由とか、2人に話さなくちゃいけないんだと思う。臣くんは一緒に来てくれていたから知っているけれど。でも言いたくないというか、まだ私の中でも整理しきれていなくってどう説明したらいいのかがわからないでいる。説明すべきことはこれ以上のことはないだろうってくらい明確で、悩むことなんてないのかもしれない。
(―――ああ、そうか…)
違う。どう説明したらいいかわからない、じゃない。理由はもっと簡潔じゃないか。私はまだ、父が死んだことを認めたくないんだ。認めたくなくて、言葉にするのが怖くて、改めて現実として受け止めたくないんだ。できることならこのまま、うやむやにしてしまいたいとさえ思っているんだ。父の死を認めないままでいれば、これ以上、泣くことをしなくていいのかもしれないから。
でもそれはただの私のわがままなのだろう。きちんと向き合って、時間をかけて噛み砕いて、受け止めて、認めなくちゃいけないんだ。父はもういない、戻ってこないという現実を。事実を。真実を。
「置いていかれるのって、やっぱり辛いなぁ…」
死は誰にでもやってくるものだ。生きている以上、それだけはどんなことをしたって避けることはできない。
できないとわかっていてもどうしたって辛いし、悲しいし、いつまでだって泣いてしまう。泣いてばかりいたら安心してあの世に逝けないんだよ、って聞いたこともあるけれど、もちろん納得もできるし私だってそうしたいと思うけど…今回ばかりは、笑ってなんかあげられない。
目が腫れるまで泣いて、呆れられるくらい泣いて、飽くまで泣いて、どこかで見ているかもしれないお父さんが困ればいいんだ、って思ってすらいる。それくらい、許してよ。バカな行為だってわかっているけど、どうしようもないんだ。
あの日、もうこんな思いはしたくないって思ったのに存外、早く経験することになっちゃったよ。
―――…那智くん
久方ぶりに呟いた名前は、静かに、とろりと溶けていくように消えた。誰の耳にも、届かずに。